第12話

朝、私は美味しそうな匂いで目を覚ました。


うるさい目覚ましで起きるのと比べて、最高な朝だ。のそのそと布団から這い出して、そしてまたのそのそと布団に潜り込んだ。


「寒っ!」


暖かいお布団に逃げ込んでから私はゆっくりと叫んだ。口にしても気温は変わらないんだけど、驚きを外に吐き出しておきたかった。それくらいびっくりした。


まだ9月なのにびっくりする寒さだ。もしかして、私12月まで寝てた?ってくらい。息が白くならないのが不思議な寒さ。


「愛理、起きたのか?」


外からお父さんの呼ぶ声がする。私は一瞬迷って、寝ていることにした。私はまだ起きてないのだ。


「愛理?」


じーっとジッパーを開ける音と、私が寝たフリをするのはほぼ同時だった。目を瞑ったまま、私はできるだけだらしない顔を心がけた。


「……寝相か」


お父さんはそのまま入ってきたみたいだった。私が雑に潜り込んだことでぐしゃぐしゃになった布団をかけなおして、あれ?かけなおしてくれるんじゃ?持ち上げられた布団が帰ってこない。


「愛理〜起きてるだろ〜」

「………」


寝てます。すやすやです。


「あー、昨日愛理に誘惑されてドキドキするなー、寝てる間にこっそり触ろうかなー」


ぴくり、とだけ動いてしまったかもしれない。私が起きてると認めさせるための罠だとわかっていても、体が少し強ばってしまったかもしれない。


「…………」

「…………」


沈黙のまま、お父さんが私に近づいた気配がする。やがて、ちゅ、と私の額にお父さんのちゅーが降ってきた。


「朝ごはんもうすぐできるから、できたて熱々が食べたかったら起きてきなさい」


そのままお父さんは私の返事を待たずにテントを出てしまった。


私は寝たフリも忘れて、足をじたばたと暴れさせた。お父さんのちゅーは久しぶりだった。中学生になる頃にぱったりしてくれなくなって、されると嫌だけどされないのも寂しい気がしていた。


私はパジャマのままテントを飛び出した。


「お父さん!ちゅーして!」


あっ、お父さんの目が冷たい。


「お父さんは愛理がえっちなことを好きなのは否定しないよ。でも、お父さんは愛理とえっちなことをする気はないよ」

「違うの違うの!おはようのちゅー!」


私は全身で駄々をこねた。両手両足をふんだんに振り回し、ちゅー!と叫ぶ。どうだ、この恥も外聞もない振る舞いは。流石に可哀想になってきたはず。


「お父さん、おはよう!」


私は満面の笑顔で唇を突き出した。はぁ、とため息が聞こえて、額にちゅっ、と音が鳴った。


「勝ったッ!第3部完!」

「ほーお、愛理はこのホットサンドがいらないらしい」

「いりますぅー!」


私は情勢が読める女なのだ。これだけいい匂いのするホットサンドをみすみす逃すわけにはいかない。


「その格好だと寒いから、とりあえず着替えてきなさい」


はーい、と元気よく返して、私はテントに引き返した。そんなに種類があるわけじゃないから、服選びに時間がかかることもない。パパっと着替えてすぐテーブルについた。


「ほら、召し上がれ」

「いただきまーす!」


かぶりついたホットサンドは熱々だった。表面はサクサクなのに、中はたっぷりチーズでしっとりとろとろだ。溢れてくるたっぷりのチーズと、ぎっしり詰まったお肉。玉ねぎとトマトも入ってるから、重たいだけじゃないところが心憎い。……心憎いって使い方合ってるかな。


「美味しーい!」


私はテンションに任せて叫んだ。味付けはなんだかメキシカンな感じで、寝起きの目が覚めるようなスパイシーな香りがする。


「コーヒーは?」

「ミルクもあるの?」

「クリープならあるよ」

「じゃあ飲む!」


湯気の立つほかほかのコーヒーに、私はクリープをたっぷり入れてもらった。


うーん、マイルドで美味しい。


具材たっぷりのホットサンドは美味しくて、私は2つも食べた。すっかりお腹いっぱいだ。


その後は使った調理器具なんかをまとめて、小屋へ持って行って洗った。乾かしておくとまた取りに来るのが面倒なので、洗ったあとはタオルで拭く。


それから、昨日と今日で使ったタオルや、昨日の服を洗濯することに。水道とガスはあるけど電気はないらしくて、私は初めて洗濯板を使った。洗濯機を開発してくれた技術者は偉大だった。1枚1枚手洗いするのは大変だし、腕も腰も痛い。小屋と少し離れた木との間にロープを張って、タオルと服を干した。一応、私の下着類だけは小屋の中に干させてもらった。


片付けと洗濯物が終わって、これでやっと今日の予定に手を出すことになる。


だけどその前に私はホクホクでトイレタイムを宣言した。


諦めていたけど、こんな山の中でウォシュレットのある水洗トイレが使えるなんて最高。電気がなくても使えるなんてすごい。便座は冷たいかなと思ったけど、可愛い花柄の便座カバーでその心配もなし。ゆったりとトイレタイムを過ごした。


お父さんも山中のウォシュレットを堪能したので、私はいよいよと思って今日の予定を聞いた。持ってきた食料にも限りがあるし、山菜採りとかするのかな。


「今日は何するの?」

「物々交換の用意だよ」

「……物々交換?」

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