第11話
使い古しのそういうグッズは衛生的にも気分的にも嫌でしょ。
「流石にそれはないよ、お父さん……」
私の声が冷たかったからか、お父さんは少し身じろぎしてから言い直した。
「今度そういうグッズを買ってみるか」
「まだそっちの方がいいかも」
お父さんにそれを買ってもらうのはめちゃめちゃ気まずそうだけど。
男の子たちが家に押しかけてくるよりはマシなはずだと思いたい。
「お父さんとこんな話することになんて思わなかったな」
「お父さんはこの歳になった娘にお風呂に誘われるとは思わなかったな」
お父さんが珍しくニヤリと笑って言った。こうなると、まじめなお話は終わりだ。
「成長した娘のスタイルにドキドキしちゃう?」
「娘の突飛な言動にドキドキしちゃうかもしれないな」
楽しくなった私はふふふ、と笑った。お父さんもふふふ、と笑った。
顔におっぱいを押し付けたら動揺してくれるかもと思ったけど、さすがに怒られる可能性の方が高い気がする。
「そろそろ上がろうか。お湯の温度も下がってきた」
お父さんはざぱぁ、と先に立ち上がった。
「ちゃんとタオルを巻いて小屋に戻るんだぞ」
はーい、と私も立ち上がった。脚立を使ってお風呂から出て、すぐに置いてあるバスタオルを体に巻いた。体はほこほこしてるけど、かなり肌寒いこの気温だとすぐに冷めそう。
濡れた足で靴を履くのは嫌だなと思っていたら、お父さんはバスタオルだけじゃなくサンダルまで用意してくれていた。神だ。靴が濡れるのはほんとに嫌だった。
私がバスタオルを巻いたりサンダルで大喜びしている間に、お父さんはのしのしと小屋へ歩いていた。左の肩甲骨の辺りに傷があるのがかっこいい。だけどそれ以上に、自分のお父さんが股間をぶらぶらさせながら屋外を歩く姿は、なんだか笑っちゃいそうだ。
というかお父さん大きい。私の見た男の子たちより2回りくらい違う。あれもやっぱり年をとって成長していくんだろうか。
いや、まじまじとは見てないよ?えっちな目で見るんじゃなくても、全裸だとついそこを見ちゃうよね、うん。
男の子だって、普段の教室でも視線が私の顔と胸を交互に行き来するし。そういうつもりじゃなくてもついつい見ちゃうものなんだと思う。
私はなんとなく走って、お父さんを追い抜いた。小屋に入って、しっかりと体を拭く。すぐにお父さんが追いついて入ってきたけど、追加のタオルを出して髪を拭いてくれた。
「ねぇ、お父さん」
「どうした?」
「お父さんはどうして私のおっぱいを見ないの?」
「……のぼせたのか?」
お父さんは真剣に首を傾げた。
「学校の男の子は普通に話しててもおっぱい見てるのに、お父さんは裸でもおっぱいに目が行かない。なんで?」
そういうことか、とお父さんは呟いた。
「お父さんも若い頃はついおっぱいを見ることもあったさ」
「今は?」
「お父さんくらいになると、おっぱいのありがたさを忘れてしまうんだよ」
「……意味わかんない」
「……今のはお父さんもわからなかった」
かっこいいことを言おうとして失敗した、とお父さんは苦笑いした。おっぱいの話でどうしたらかっこよくなるのかはまったくわからないけど、お父さんはまじめな顔で続きを話してくれた。
「男の子はついおっぱいを見てしまうものなんだ、それは事実だよ」
だけど、ある程度の年齢になると落ち着いてくるんだ。とお父さんは続けた。
「えっちな気分になるにも体力を使うというか、スイッチが入らないとそういう目で見れないんだ」
それはお父さんがお母さんに裏切られたからじゃない?とは言えなかった。みんなそうなんだろうか。
「女の人をえっちな目で見る前に、1人の人間としてどうかっていう内面を気にするようになるって言うのかな」
内面とか言ってるし、お母さんの影響だよね……。これはあんまり宛にならないかもしれない。今度松田さんにも聞いてみよう。
「後はやっぱり、自分の娘だからね」
「知らないナイスバディのお姉さんだったら見ちゃう?」
「どうかな……意識してないだけで見ちゃってるかもしれないね」
うーん。参考にならない気がする。お父さんを世間一般だと思ってはダメかもしれない。
お父さんちょっとズレたとこあるしね。
しっかりと体を拭き終わったら、お父さんとまた木々の間をキャンプまで歩いた。
色んな片付けはもうお父さんが終わらせてくれてたから、後はもう寝るだけだった。
布団に入って、普段だったら聞けないようなことをたくさん聞いた。性教育の時間だと割り切ってしまえば、授業や女子トークではわからないリアルな男性を知れて楽しい時間だった。
お父さんも多分、この際だと割り切ってかなり赤裸々に教えてくれたと思う。
まじめな感じのお父さんもキャバクラに行ったことがあるのは意外だった。綺麗なお姉さんにチヤホヤされるなら、私もちょっと行ってみたいけどそれはダメらしい。
色んなことを聞いて、多分明日になったら覚えてないことも多いんだろうけど、私は話してるうちにまぶたがだんだん重くなってきた。
「あとね、あとね……」
「うん。どうした?」
「…………」
「おやすみ、愛理」
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