第9話

どうやら私は寝てしまっていたようだった。


いつの間にかテントの布団の中で寝ていた私は、ぱっちりと目を覚ました。普段寝る時間に比べて早かったからだと思う。


お父さんが横に寝ていなかったので、ごそごそとテントから這い出た。


バーベキューコンロの火は消され、テーブルの上も片付けられている。そしてお父さんもいない。寝る前のトイレかもしれない。


山の中だし、茂みの中に入っていったらわからない。ただ、月や星が照らしてくれているとは言え暗くて怖かった。


私はランタンを探した。お父さんのことだから、テントの入口付近かテーブル付近には置いてあるはず。


案の定、テントの入口横にランタンは置いてあった。スイッチを押すとパッと白い灯りがつく。一瞬だけ目が眩んで、すぐに周りが見えるようになる。やっぱり、お父さんの姿はなかった。


どうしよう。


怖いし探しに行きたいけどトイレ中だったら悪いし、戻ってきた時私がいないと心配するはず。


……この山、クマとかイノシシとかいないよね。大丈夫だよね。


そんなのに襲われたら戦えない。戦えないけど、念の為お父さんが薪を割っていたナタを探してみた。見つからなかったけど。


いや、戦わないからいいんだけどね、うん。立ち向かう勇気もないし。


木々の間の暗闇から、誰かに見られている気がして私はテントに引き返した。


ランタンも消して、布団の中に隠れる。


すると、外から足音が聞こえてきた。タッチの差ってやつだろうか。だけど問題は、明かりを持っている様子がないことだ。


ライトか何か持ってたら、テントの中からでも多分わかるよね。明るさは感じないのに足音だけがするのはほんとに野生動物かもしれない。だってこの暗さで明かりもなしに歩き回るのは大変なはず。


私はなるべく音を立てないように、そーっと布団から出た。もし、テントを壊されたら逃げられるように。


足音はどんどんテントに近づいてくる。


そして、じぃーっと音がしてテントの入口が開けられた。


「愛理、起きたのか」


もちろんお父さんだった。


「お風呂、入るか?」

「入る!」


私は飛びついた。


「よし、行こう」


ていうかお風呂、あるんだ。


お父さんは私にランタンを持たせて、木々の間をずんずん歩く。やがて見えてきた小屋と、その横に鎮座するドラム缶に私はまさかと戦慄した。


「お父さん、お風呂ってあれ……?」

「そうだ」


お父さんはニッコニコだ。私は頭を抱えたくなった。男の子的にドラム缶風呂に憧れる気持ちはわかるけど、私は女の子なのだ。こんな屋内どころかついたてもないような場所で、すっぽんぽんになれと言うんだろうか。


私の葛藤に気づいたのか、お父さんの表情が曇る。


「あー、もしかして女の子的にはドラム缶風呂はダメだったか?」


それはそう。そうなんだけど。そんなしょぼくれた顔をしないで欲しい。私が悪いみたいだ。いや、私が悪いのかも。キャンプ中にお風呂に入れることを考えたら、これくらい我慢すべきなのかな。


「大丈夫!入る!」


私は覚悟を決めた。


考えたらこんな山の中に他の人なんていないはず。お父さんはまぁ、見られたところで大丈夫!……多分。


お父さんはニッコリして、小屋の中に私を案内してくれた。案外綺麗にしてる小屋で、山の中だということを忘れそう。


「もうお湯は沸かしてあるから、ここで服を脱いだらすぐドラム缶までおいで」

「わかった」


お父さんはそう言うと小屋を出ていった。どうせ裸は見ることになるんだから、ランタンだけの薄暗い部屋に放置されるくらいなら傍にいて欲しかったような気もする。


「女は度胸!」


私は思い切って服を脱いだ。この後熱々のお風呂に入れるんだから、肌寒いくらいの気温はむしろプラス要素だ。


しかし問題は距離だ。


扉を出てドラム缶風呂までたどり着くまでの間、全裸で歩くことになるわけで。ドラム缶風呂は入口から斜め後ろの方向にあった。そこまで全裸をさらして歩くのはやはり恥ずかしい。


スタイルに自信がある人は、こういうの平気なんだろうか。自信があれば水着も恥ずかしくないとは聞くけど、私は自信がない方だ。


おっぱいは正直大きい。実は自慢だ。数々の男の子たちを夢中にさせた実績もある。だけどウエストは別に細くもないし、脚も太ももはちょっと太めだ。ちょっとだよちょっと。


これがクラスメイトとかの前なら平気だ。えっちぃ目で見られるのは優越感がある。というかどうせおっぱいばかり見て、脚の太さなんかは気にならないだろうなと思う。


しかし、見られるのはお父さんだ。


お父さんが娘のおっぱいをガン見する姿は思いつかないし、なんならその辺の石みたいなものだと思う。


そんな中を全裸でスタスタ歩いていくのは、むしろ間抜けな姿なんじゃないだろうか。


いや、これは私はまだ寝ぼけてるな。考えていることが変だ。そんなわけが無い。えっちぃ目で見られる方が恥ずかしいわ。


無の境地だ無の境地。


私は考えるのをやめて飛び出した。全裸とか関係なく寒いんだし、お風呂までは全力ダッシュだ。


全裸に靴を履いて、ドラム缶風呂まで走る。


お父さんはお風呂に手を入れて温度を見てくれていた。


「愛理、来た、か……」


お父さんが振り向いて、目をむく。


「外を歩く用にバスタオルを置いておいただろう……」

「え?」


そんなのあった?

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