第8話

パックから取り出されたそれは、圧倒的な存在感だった。残念なことに、私はこの子をバーベキューでしか食べたことがない。


約束された勝利のお肉。その名は骨付きカルビ。骨の周りという、そりゃあ美味しいよという部位。


網の上に乗った瞬間、じゅあぁっという音と、タレの焼ける暴力的な香りがそこら中に広がる。この香りの香水があったら私は買ってしまうかもしれない。


お父さんはさらに違うお肉も網に乗せた。

同じくタレに浸かっていたみたい。周りの木々に悪影響が出るんじゃないかと心配になるくらいの香りが広がる。


「ほら、これも食べなさい」


私が火に炙られてらてらと光る脂に見とれていると、口に何か押し込まれた。


苦い。


ピーマンだ。いや、別に嫌いなわけじゃないの。でも苦いじゃない。苦味がいいとか言う人もいるけどさっぱりわからないから、好きじゃないってだけ。嫌いじゃないの、ほんとに。


「そんな顔しなくていいじゃないか」


お父さんが笑って頭を撫でる。

まだまだ食べられるけど、お肉とごはんで少し満たされるとふっ、と最後の力が抜けた気がした。


段階を追ってリラックスしてきて、美味しいごはんで今やっと本当に肩の力が抜けたみたいだった。


頭を撫でられたまま、ぐぅーっと力が抜けて、私は背もたれに完全に体重を預けた。


これ、寝ちゃうやつだ……。



愛理は寝てしまったようだった。姿勢が悪いからか、微かにいびきをかいている。


まだ秋口とは言え、山の夜は冷える。


バーベキューコンロを少し愛理の傍に寄せて、車から予備の毛布を持ってきて肩から掛けた。


明日残念がるだろうから、焼けた肉を皿に上げておいた。紙皿をもう1枚ひっくり返して蓋にするのも忘れずに。ピーマンだけはすべて食べておく。


毛布が温まったのを確認してから、愛理をテントに運ぶ。布団に転がすと変な声を上げたが、起きることはなかった。


テントから戻ると、テーブルの上にビニール袋が置かれている。


『清掃費』と書かれた請求書だ。


それと、新しい氷とゼリー飲料。


請求書を財布にしまい、バーベキューコンロに蓋をする。出していた肉や野菜と新しい氷をクーラーボックスに片付ける。


火は大丈夫。外に出しっぱなしの食べ物もない。後は寝るだけというところまで、始末を終えた。


ふぅ、と息が漏れた。


「そんなところまでお母さんに似なくていいのにな」


最近、仕草や振る舞いが母親に似てきているとは感じていた。会ってもいないのに、これが血の繋がりなんだろうかとも。


息が詰まる。


胸が苦しいような息苦しさを感じる。


血なのか。育て方が悪かったのか。環境が悪いのか。何も分からない。


堪らなくなって、吐いた。


ピーマンしか食べていないからか、苦味と酸味の混じった不快な味だ。ほとんど胃液しか出ない。


味も、臭いも、吐く時に反射で出る自分の声も、何もかもが気持ち悪い。


口をすすいで、吐いたものは土で埋めた。


まだ、母親のようになると決まったわけじゃない。まだまだ子どもだ。多少の男遊びくらいするだろう。避妊はちゃんとしていると言っていたし、交友関係に少し影響する程度のはずだ。


自分に言い聞かせて、やるべき事を整理する。切り替えよう。動いていれば余計なことは考えずに済む。


まだ8時前だし、夜中に愛理は起きるだろう。その時に1人だと不安がるだろうし、早めにお風呂の用意をしておいてやろう。


ドラム缶風呂は初めてだろうから、喜ぶか恥ずかしがるか……。


僕は愛理の寝息をもう一度確認してから備品小屋を目指した。愛理は伝える前に寝てしまったが、この施設には一応自由に使っていい備品小屋がある。


トイレもあるし、いざと言う時の保存食や水もある。電気は無いものの、燃料の備蓄もあるし水道もある。


そういった中に、ドラム缶風呂用のセットも用意がある。


今日はずっと緊張がほぐれなかったようだし、リラックスの意味でもゆっくりお風呂に浸かる時間は必要だろう。


備品小屋は記憶の通りの場所に変わらずあった。備品小屋というにはかなり大きく、ほとんどログハウスだ。


他に利用者はいないはずだが、念の為に使用中の札がかかっていないことを確認してから中へ入る。


手入れはされているので、埃っぽさなどは感じない。入口のすぐ横に掛けてあるガスランタンを取る。簡単に点検してから灯りをともした。


さて、ドラム缶の場所も変わってなければいいが。

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