第7話
ほかほかのごはんは反則だ。
浅い蓋に盛られた真っ白なごはん。私はタンでねぎ塩を包み、ごはんの上に1度着地、そのまま弾みをつけて口へ。そしてすかさず口いっぱいにごはんをほおばった。
溢れ出る肉汁の激しい主張も、ごはんと一緒になってしまえば可愛いもの。強い旨みとねぎ塩の塩気でごはんの甘みを引き立てる脇役。それほどまでにごはんは圧倒的過ぎた。
しかし、何度かそれを味わっていると迷いが生じる。タンをタンとしてもっと味わいたい気がする……。圧倒的にごはんが進む美味しさに変わりはないけど、もっとタンとしての主張を味わいたい。
「野菜も食べような」
皿の上に焼き上げられたピーマンが載せられた。1つ取ってかじった。苦い。
やがて、私が気になっていたお肉がお皿に載せられた。切れ込みででこぼこになっているものの、厚さ2センチはありそうな極厚のタン。切れ込みの角はカリカリだけど、その奥はどうみても肉汁たっぷりジューシィな脂の照り具合。
「これはスパイスかかってるから、そのままかじって食べるといいよ」
もういい匂いが漂っていて、言われなくてもそのまま食べてしまいそうだった。
欲望のままにかぶりついた。
薄切りとは比にならない弾力。でも、噛みきれないわけじゃない。力を入れるとぶつっ、とちぎれる。ちぎれたところから果汁のように脂と肉汁がほとばしる。
「〜〜〜〜!」
熱い!熱いけど美味しい!香ばしいスパイスと強めの塩気がしたたる肉汁にも負けずに主張している。
私はこれはと思いごはんをかきこんだ。天啓だった。このぶ厚いタンなら、タンの味わいに影響せずごはんの美味しさを引き立てることができる。
大きく開けた口にごはんをほおばろうとして、私は気づいた。ここでごはんを食べきっていいんだろうか。
テーブルの上を見る。
野菜もまだたくさんある。そしてもちろん、お肉も。お肉の種類もたくさんある。ここでごはんを食べきってしまって、もといお腹いっぱいにしてしまっていいのか。
実際、網の上には既に違うお肉が載っている。バーベキューコンロには薪も足された。
私は一旦落ち着くために、お水のペットボトルを手に取った。危ない危ない。キャンプでのバーベキューに慣れないからって、ペース配分を間違えるところだった。
私はずっと焼き続けてくれているお父さんにも、食べてもらうことにした。厚切りタンをお父さんの口もとまで持っていく。
「あーん」
もぎゅもぎゅ、と噛んでお父さんも笑顔になる。美味いな、と言って私の頭を撫でた。
それから、私はとろとろに甘く焼けたたまねぎ、じゅわっと甘いとうもろこし、ピーマンを次々にお父さんの口に運んだ。
「愛理も野菜を食べてごらん。美味しく焼けてるよ」
そう言って、お返しとばかりにあーん、とされる。遠火でじっくり焼かれたたまねぎだ。へなへなになるまで焼かれて、すっかり甘味を引き出されている。それでもまだしゃきしゃき感も維持しているのは、私と違って根性があると認めざるを得ない。
そもそも私は別に野菜嫌いじゃない。焼きたてのお肉を前にして、それでも野菜を食べようと思わないだけ。そう、優先順位の問題。
私は何食わぬ顔でお父さんに追加でピーマンを食べさせながら、次は何を焼いているのか見た。お父さんが新たに手に取ったお肉、それは約束された勝利のお肉。
「愛理、次の肉が焼けたよ」
「え?」
お父さんはお肉のパックを手に持ったままだ。それはまだ網の上に置かれてない。私はバーベキューコンロを振り返った。
不覚だった。しばらくお肉がお皿に追加されないから、野菜ターンなんだと思ってた。だけど、網の端っこの火が少し弱いところでしっかりと焼かれているお肉がいた。
お父さんがトングでまとめてお皿に回収する。薪がもう炭になっているからか、白い肌に黒い煙がまとわりついてさらに美味しそうに見える。
「せせりだ。好きだろう?」
「お父さんより好きかも」
お父さんの手に持ったお肉で、もうタレの口になっていた私は少し意地悪を言った。
「そういうことを言う口にはこうだ!」
ねぎ塩を載せたせせりが、私の口に突っ込まれた。タンよりも軽快な歯応えで、ぶちん、ぶちん、とはじけるような弾力。弾む食感と脂と肉汁。濃厚な鶏の旨みがねぎ塩で臭みなく味わえる。
だけど、個人的にはこれはごはんのお供にはならない。これ単体で楽しむものって認識だ。
私は期待してお父さんを見た。
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