第6話
私とお父さんは、大量の魚を抱えてテントまで戻った。
あの後、どんどん釣れる魚に楽しくなってしまった私たちは、後のことを考えずに釣りまくった。
結果、釣れだしてから1時間くらいで私の手のひらくらいの魚が15匹釣れた。
辺りはもう薄暗くなってきている。お父さんはランタンをつけてテントの横に置いた。
「思えばテーブルを出すのを忘れてたな」
お父さんは魚の口を繋いだ糸を首にかけて、車から折りたたみのテーブルを取り出した。
服がものすごく魚臭くなりそう。
私は服を替えない限り、しばらくお父さんに近づかないと決めた。
そんな私をよそにテーブルを組み立てたお父さんは魚を置くとすぐに薪に火をつけた。
手もとは薄暗くてよく見えなかったけど、何か色々してたらやがて薪全体に火が広がった。
「おぉー」
私は寒いわけではなかったけど、なんとなく両手をかざした。
じりじりと手のひらが焼かれる感覚がする。
お父さんはそんなことをしている間にもバーベキューコンロの用意をしていく。
私だけのんびりしているのも居心地が悪いので、テーブルに他の食材も並べた。ピーマン、とうもろこし、えのき、しいたけ、たまねぎ、お肉。お肉も何種類かある。2人分とは思えないびっくりするくらいの量がある。
クーラーボックスもあるんだし、明日の分とかもあるんじゃと思ったけど今日の分だけらしい。明日まで安全に食べられるかわからないからって。クーラーボックスあるから大丈夫と思ったけど、クーラーボックスでも安心と言い切れないからダメらしい。
「……でもこれ、食べ切れるかなぁ」
「無理に食べる必要は無いんだ。多そうな分は加工してしまおう」
お肉の種類も多いんだよ。焼肉屋さんみたいな量あるよ。
私がほんとに大丈夫かなぁとまごまごしている間に、お父さんはさっさと封を開けてトントロを焼き出した。
大きめの一切れをトングで掴み、網の上を縦横無尽に転がしている。食べ物で遊ぶお父さんの姿は初めて見た。
「……それ、私もやっていい?」
「任せた」
もう1つのトングを使って、私はお父さんからトントロを引き継いだ。
「……愛理はトントロ苦手じゃなかったか?」
「でも楽しそうだったから」
私は火の勢いの強そうなところでトントロをころころと転がした。脂が火にとけて、じゅわりと網に絡みついたかと思うと、すぐに下に落ちて火が上がる。
「もっとすみずみまで転がすんだぞ」
「あ」
お父さんに言われて気づいた。これ、遊んでるんじゃなくて焦げ付かないように脂を網に塗ってるんだ。
「しっかり脂をとかしてから、全体に塗ろうと思って!」
「なるほど、うちの娘は天才だ」
遊んでたのがバレてそうな返事だ。
私が脂を塗り終えると、お父さんは私からトングを取り上げた。
「ここからは食べるターンだ」
代わりに紙皿を渡されて、いつの間に用意したのか折りたたみチェアに座らされる。私がすとんと座ると、テーブルがチェアの前まで動かされてタレ皿まで用意された。
「火力が強いからどんどん焼ける。どんどん食べなさい」
そう言うとお父さんはタンを網に並べ始めた。隙間を空けるように並べて、その隙間にはピーマンやたまねぎなどの野菜が敷き詰められる。網の端っこにはアルミホイルの塊が鎮座している。
タンも何やら2種類あるみたいだった。薄切りのタンが網に置かれた瞬間じゅわぁ、っと音を立てて縮む。野菜を並べ終わるとすぐに回収されて、私のお皿に引き上げられる。
焼き目はカリッ、反対側はジューシィ、強火で片側だけ焼かれたのがよくわかる。手づくりっぽいねぎ塩を載せて一口でいただく。
ぎゅむっとお肉の抵抗感の後に、ねぎのしゃきしゃき感がある。そう思った瞬間、溢れる肉汁とレモンの酸味を感じさせる塩気が口の中で暴れだす。さっぱりとしたねぎ塩を圧倒的な旨みが蹂躙し、ねぎ塩はあくまで味付け、主役はタンだと主張する。ねぎ塩も主張し過ぎず、レモンの酸味、ねぎの辛味、ほんのりぴりりとする黒胡椒で旨みの強過ぎる肉汁を支えている。
それが、次から次へと皿に載せられる。
正直なところ、ごはんが欲しくなる味だ。これをほかほかの白いごはんの上にワンバウンドさせて食べたい。お口がぱんぱんになってもいい、タンを咀嚼し肉汁に満たされたところにごはんを詰め込みたい。
タンを4、5枚食べた私の感想がこれだった。
だけど、戦いはまだ終わらない。お父さんが、いつの間に作業していたのか、黒い塊を取り出した。なぜか逆さまに置かれていたそれを
、お父さんがテーブルの上で開ける。
ふわっと広がる甘い香り。ランタンとバーベキューの火に照らし出されたのはまぎれもなくごはん。
私は戦いが次のステージに移ったことを理解して、ごくりと唾を飲んだ。
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