第5話

私は魚釣りが苦手だということが判明した。


川へ針を投げ込んで待つだけなのだけど、私は手頃な岩に座って5分と経たずに飽きた。眠くなってきたと言ってもいい。微かな水音と美味しい空気は私が舟を漕ぎ出すのにちょうど良かった。


「愛理」

「ほぇ!?何!?」


気づくとお父さんが私の頭を支えていた。


「危ないから釣りはやめとこうか」


お父さんは怒るでもなくそう言って私に笑いかけた。からかってるとかもなく、純粋に心配の目だ。


「う……大丈夫。1匹くらい釣ってみたい」


そうか、と言ってお父さんは別の岩に胡座をかいて座った。私はなんとなく居心地が良さそうだなと思い、寝起きのままのたのたとお父さんの脚の隙間にすぽっ、と収まった。とても良い座り心地。


「愛理?」

「ぬへへ」

「……寝ぼけてるな?」


お父さんは諦めたように自分の釣り竿を横に置いて、私の釣り竿を一緒に握ってくれた。


温かい背もたれがあることで、私はさっきよりもさらにリラックスできるようになった。眠気でいい感じに緩んだ頭と、せせらぎの音で私は口が軽くなるのを感じた。


「お父さん、ありがと」

「…………」

「隠れさせてくれて、男の子たちの対応してくれて」

「あぁ」


釣り竿はぴくりとも動かない。


「……避妊はちゃんとしてたのか?」

「……うん」

「もし、それでも何か変だなと思ったら、すぐに言いなさい」


それだけ確認すると、お父さんはもう他に聞くことはないとばかりに私の頭を撫でた。なんとなく嬉しくて、我慢に失敗してぬへへと変な笑い声が出た。


「……その変な笑い方はやめときなさい」

「我慢しようとして、それでも笑っちゃうと出ちゃうんだもん」


私は見上るようにして、ぐりぐりと頭を擦り付けた。狭い岩の上でじゃれつくと、お父さんは困ったように笑った。


その時、カラリ、と音がした。


お父さんが私の釣り竿からパッと手を離し、置いていた釣り竿を掴む。


「愛理!」


お父さんは私の握っていた釣り竿と置いていた釣り竿を持ち替えさせた。


びびびびび、と振動が手のひらに伝わってくる。もっとぐいぐい引っ張られる感じかと思っていた私は大人のオモチャみたいだ、と一瞬だけ思ったがこれはもっと鮮烈な刺激だ。鈍い定期的な振動ではなく、魚がじたばたと暴れているのを想像させる強くはないけど激しい振動。


「こ、これこのまま持ち上げていいの!?」

「思うようにやってごらん」

「えぇ!?お、教えてよ!」


お父さんはニヤニヤしたまま助けてくれない。私は慌てて、思い切り竿を振り上げた。


激しい振動にびっくりしていた私は、その手応えの軽さにさらにびっくりした。あまりの激しさにもっと抵抗があると思っていたのに、水面から飛び出した魚はそのまま宙を舞う。勢いよく振り上げられた竿に引かれて頭上を越え、そして綺麗な円を描いた魚はついにべしゃ、と音を立ててお父さんの背中にぶつかった。


「……可哀想なことしたかも」

「お父さんの背中の心配はしてくれないのかい?」

「キャッチしてるもん」


そう、お父さんは座ったまま右手を後ろに回して魚をキャッチしている。そんなことってあるのかな。


お父さんはテキパキと魚から針を外して両手で持つと、いきなりべきっ、と首をへし折った。


「……え」

「……可愛いかもしれないが、針で弱ってしまうだろうし流石に飼えないぞ」

「あ、うん、飼いたいとは思ってなかったけど……。食べる直前まで生きてた方が新鮮なイメージが……」


いきなり魚をへし折るお父さんのインパクトにびっくりしたっていうのもあるけど。


「……確かにそうかもしれない。針が刺さって痛そうだから、早く楽にしてやろうとしか考えてなかったな」


こういうのも優しいって言うんだろうか。素手でへし折ってたけど。


お父さんはどこからともなくナイフを取り出すと、お腹を切り開いて内臓を取り出す。持ってきていたペットボトルの水でじゃーっと洗って、あっという間に売ってる魚みたいにしてしまった。


「どんどん釣ろう。今日はたくさん食べるぞ」


お父さんはまた私に釣竿を握らせてやる気まんまんだ。


初めての魚釣りにテンションが上がってしまっていた私は嬉々として糸の先を見つめた。


後で後悔することも知らずに……。

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