第4話

かぱーん、と小気味いい音がするかと思ったら、スっと音もなく真っ二つになった。


薪が。


真っ二つになった薪が転がるコトン、という音だけが響いた。


「すご」


ナタを振るお父さん、なんかめっちゃかっこいい。ただ、薪ってそんな細くするもんなのかな。なんで既に割ってある薪をさらに細くしてるんだろ。


「ベッドは出来たか?」

「できたよ。お父さんもお水飲む?」


私はペットボトルを掲げて訊いた。

お父さんは「貰おうか」と私に笑顔を見せてから、使っていたナタをなんか茶色いケースにしまった。


「この後はどうするの?」

「火の用意ができたら、少し散策してみるのもいい。ハンモックもあるから、横になってゆっくりするのもいいさ」

「なんでもいいってこと?」

「晩御飯までは、そうだな」


水を飲み終わったお父さんは、今度は細く切った薪をナイフで削りだした。表面だけ薄く削って、切り落とさないまま飾りみたいにしている。お父さんもお父さんなりに遊んでいるのかもしれない。


私はお父さんの作業を見ていることにした。


「見ていてもいいが、すぐ終わるぞ?」

「え、ウソ」

「嘘ついてどうする……。ほら、もうこれで終わりだ」


お父さんは先端だけ松ぼっくりみたいになった薪をひらひらと振った。


「なんの遊びなの?」

「……遊びだと思ってたのか。これは先端をこうしておくと火が着きやすくなるんだ」

「お父さん、キャンプ知識もあるんだ」

「愛理のお母さんはキャンプとか屋外で過ごすのが好きだったんだ。それでお父さんも自然と覚えた」

「……そっか」


私はお母さんのことをあんまり覚えてない。小さい時にいなくなったことだけ、知識として知ってる。


覚えてるのは、お父さんとお母さんの取り合いをしたことくらい。


……途端に、また罪悪感が溢れてきた。


理由は知らないけど、小さい娘と奥さんと幸せに暮らすはずだったお父さん。奥さんがいなくなり、娘も大きくなってきたと思ったら娘もグレた(と思われてるはず)。


親目線だと、お母さんがいないからだろうかとか考えてしまうやつじゃないだろうか。


貞操観念や性教育を怠ったからだとか思ってたらどうしよう。お父さんが真面目な顔で性教育の話をするところは見たくない。それならまだ、悪い子には身体で教えてやるぜ、げっへっへ、とかされる方がマシだ。


そんな事を考えていたのが悪いのだろうか。


「お父さんって、娘とでもセッ…えっちなことできる?」


ぽろりと口から出てしまった。

すぐに顔からさーっと血の気が引いて行くのがわかる。男3人が押しかけてきたのに、まだえっちなこと考えてるド淫乱と思われる!もしくは怒られるのが嫌で誘惑しようとしてると思われるかもしれない!


「ちっ!ちがっ!ちがくて!」


慌ててしまって口が回らない上に、なんて言えばいいのかもわからない。


「愛理……」


お父さんは、呆れた目で私を見ていた。


「何か見当違いなことを考えていて、勝手に口から出たんだな?……そんなところもお母さんそっくりだ」


これはとりあえずセーフだろうか。


お父さんはやれやれって感じで何も言わないみたい。危ない危ない。


「近くに川があったから、何か釣れないか見に行ってみるか?」

「今日の晩御飯?」

「晩御飯は積んである肉さ。お遊びだよ。食べられる魚なら焼いてもいいけど」


あんまり興味ないけど、話を逸らすために私は乗っかることにした。


お父さんはまるで当たり前のように車から釣り竿を取り出す。大きい車とはいえ色んなものを積み過ぎじゃないかな。


「松田さんって普段から釣りするの?」

「聞いたことがないな……」


お父さんは釣り竿を2本担ぐと、「行こうか」と笑った。


「竿だけ?」

「どういうことだ?」

「釣った魚を入れるバケツとかないの?」

「……ない」

「松田さん、普段は釣りしないのかも」

「釣れたらすぐ締めてしまうタイプなのかもしれないだろう?」

「それってタイプの問題なのかな……」


何はともあれ、川へ向かうことにはなった。


山の中は一応踏み固められた道があって、川原までは迷わずに行けた。


「結構大きい川だね」


私は眼前に流れる川を見ながら言った。流れは緩やかに見えるけど、波がないからそう見えるだけかもしれない。川幅は学校のプールくらいだけど、深さはよく分からない。


「昔来た時のままなら、食べられる魚がいたはずだよ」


お父さんはそう言って、私を川の傍へと誘導した。

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