第3話

お父さんが連れてきてくれたのは、キャンプ場と言うには小規模な場所だった。


管理小屋みたいな建物はあったけど、本当にただの小屋だ。料金表とかパンフレットみたいなものは何も無い。なんなら、受付窓口みたいなのもない。


普通にインターホンを押して、普通に出てきた女の人にいくらかお金を渡した。


車でどんどん山の中へ入っていくと、川から少し離れたところに開けた場所があった。お父さんは車を停めて「ここだ」と言った。


車を停めてしまうと、もう後は教室くらいのスペースしかない。他にお客さんが来たら困りそうだけど、1組ずつしか受け入れてないキャンプ場らしい。


それはキャンプ場として成り立ってなさそうな気がする。


気分も落ち着いてきていた私は、積極的に手伝うことにした。お父さんに怒っている様子はないけど、怒ってはなくてもがっかりしたり呆れたりはしているはずだから。


お父さんも男だし、浮気女に何も思わないなんてことは考えられない。だったら、少しでも積極的に手伝って……。


手伝ってどうにかなるんだろうか。印象を良くしておきたい?少しでも呆れられないようにしたい?少しお手伝いしたくらいで?


「愛理」


三股かけて浮気は世間的にはゴミだ。いくら男女平等と言ったって、女遊びをする男より男遊びをする女の方が風当たりは強い。繁殖の仕組み的にもそれは仕方ない。いくらお父さんが娘を大事に思っていても、浮気する女に対しては本能的に嫌悪感を抱くかもしれない。


「愛理!」

「な、何?お父さん」


私は呼ばれていたことに気づかなかったみたいで、気づくとお父さんが真横に立っていた。


「バーベキューコンロは1人では持てないだろう、そっちの端を頼むよ」

「あ、うん……」


お父さんの表情はいつもと変わらない。それが余計に怖い気がしていた。


ニコニコしてるのに、目の奥では私を蔑んでいる気がした。


「ていうか、この大量の荷物はいつの間に積んでたの?すごい量なんだけど……」


私はお父さんに甘えることにした。山の中で考え事は危ないし、お父さんが怒ったり蔑んだりの感情を私に見せないようにしてくれているから。いつも通りに振る舞おうとしてくれてるなら、それに甘えてく方がお父さんの考えに沿うと思って。


「荷物は松田が積んでくれたものだよ。クーラーボックスは青が飲み物、緑が食べ物だ」

「青も緑も2個ずつあるんだけど……」


クーラーボックスだけじゃない。今おろしたバーベキューコンロ、テントっぽい袋、木炭のダンボール。大きい車だとは思ったけどすごい量だ。


お父さんと2人でテントを組み立てた。かなり大きなテントだ。5人用みたいだし、かなり広々と寝れそうだ。飲み物のクーラーボックスは1つをテントの中に入れておく。


それから、私はエアーベッドを任された。

荷物には寝袋はなくて、折り畳みのマットレスと掛け布団で寝るみたいだった。マットレスの下に、エアーベッドを敷くらしい。


とは言っても、エアーベッドには膨らませる機械が付いていて、私は膨らんでいくのを眺めているだけ。私を休憩させてようとしているだけなのは間違いなかった。


お父さんはテントの外でバーベキューコンロを組み立てている。


いつも通りに優しいお父さん。もしかしたら、ホントに私をリフレッシュさせたり、交友関係から一旦距離を置くためにキャンプに連れてきてくれたのかもしれない。


昔お父さんと喧嘩した時に聞いたことがある。お母さんがいない私は、お父さんと険悪になった時に逃げ込む相手が家の中にいない。だから、お父さんは私がお父さんと仲がいいままでいられるようにすごく気を遣っているらしい。


それを私に暴露した松田さんは、翌日にお父さんに激辛カレーを食べさせられていた。


多少のお説教はあるかもしれない。でも、もしかしたらお父さんは私を怒ったり詰ったりはしないかもしれない。


私を大好きなお父さんのままでいてくれるかもしれない。そう思うと気が楽になってきた。


エアーベッドが膨らんだ。私はマットレスを広げ、掛け布団も綺麗にかけて寝床を整えた。


飲み物のクーラーボックスは大きくて、色んなお茶やジュースが入っていた。好きな時に好きな物を飲むように言われている。


私はお水を取り出して、1口飲む。お父さんもそろそろ喉が渇くはず。私はペットボトルを持って行ってあげることにした。


ずっと怯えていても仕方ない。人を傷つけることをしたのは私なんだから、多少お説教とか注意は仕方ない。それ以上に、気を遣って遠くまでキャンプに連れてきてくれたお父さんに感謝したい。お父さんは私がリフレッシュして笑顔になる方が喜んでくれるはず。


そして、テントから出た私が見たのは、ぎらりと光を反射する大きなナタを振り上げるお父さんの姿だった。

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