第2話
お父さんはキャンプに行くと言ったけど、小さい頃に連れてってもらったきりだ。何を準備すればいいのかもわからない。
そう言うと、お父さんは大きめのボストンバッグを持ってきた。男性用とひと目でわかる黒のごついやつだ。
「これに、着替えと必要な日用品だけ入れればいいよ。キャンプに必要なものはお父さんが用意するから」
「……わかった」
お父さんが部屋を出たら、私はとりあえず動きやすそうな服と、最低限の化粧品なんかをバッグに詰めた。
準備が終わると、タイミングを見計らっていたであろうお父さんがノックしてから入ってきた。お父さんも、同じボストンバッグを肩にかけている。私のと区別するため、お父さんのには緑、私のには水色のリボンが括りつけられた。
「忘れ物はないか?」
「多分だいじょ……リビングにヘアゴム置きっぱなしかも」
「お父さんが取ってくる。待ってなさい」
キャンプなら、髪はまとめといた方がいいよね?と訊く間もなくお父さんはするりと部屋から出て行った。
お父さんが持ってきてくれたヘアゴムはキラキラの貝細工がついていて、ゴムが切れる度にゴムだけ替えて使っている愛用のやつだ。
私が髪を1つにまとめるのを待って、お父さんは「行くか」とバッグを2つとも担いだ。
「自分の荷物くらい持つよ」
「じゃあ、お父さんの代わりにドアを開けてくれるか?」
笑顔のお父さんは私に荷物を持たせる気はなさそうだった。私は渋々扉を開けた。
「ありがとう、愛理」
「……どういたしまして」
廊下を通って玄関に行くと、見覚えのある靴が何足か置いてあった。
「キャンプだと汚れるし、古い靴をまだ置いてて良かったよ」
「…………」
「愛理は履きなれたスニーカーとかにしておきなさい」
私はキャンプで汚れてもいいように、古いグレーのスニーカーにした。
お父さんはマンションの駐車場ではなく、なぜか近くの月極駐車場まで行くと言う。お父さんに連れられて到着したそこには、お父さんの友達がいた。
「久しぶりだね、愛理ちゃん」
へらり、と笑う松田さん。
短く刈り込んだ髪と爽やかスポーツマンみたいな顔と体型で似合わないスーツを着てるお父さんの友達。私との仲は悪くない。「お久しぶりです」と頭を下げておく。
松田さんは私とお父さんをなんだか大きい車の元へ連れていく。車の種類は知らないけど、CMで荒野を走ってそうな大きくてゴツゴツしたやつだ。
お父さんは躊躇せずに運転席に乗り込んで、ジャケットのポッケから鍵を取り出して挿した。
「松田さんの車じゃないの?」
「オレはこういうゴツいのは趣味じゃないなぁ。カッコイイとは思うけどね。」
「お父さんの趣味の車だ。乗りなさい」
私は回り込んで助手席に座った。
その間、お父さんは松田さんになぜか家の鍵を渡していた。
「手間をかけるが頼んだ」
「いいってことよ」
松田さんは家の鍵を受け取るとすぐにどこかへ行ってしまった。
お父さんは慣れた手つきで運転し、駐車場を出た。普段乗っていた車より目線が高い。私は何だか違和感があったけど、お父さんは平気なようだった。
「なんで松田さんに家の鍵渡してたの?」
別に松田さんならたまに遊びに来てるし、変なことはしないと思うけど。帰る時に困るかも。
「洗濯物も干したままだし、散らかったまま出てきたからね。片付けを頼んでおいたんだ」
「……雑用じゃん」
「あれで、そういうのが得意なやつなんだ」
「今度お礼しなきゃ」
「そうだな」
私とお父さんはそれからしばらく無言だった。私はまだ頭の中がてんやわんやで考えずに喋っていたし、お父さんは私が落ち着くのを待ってくれているみたいだった。
高速道路に入り、途中コンビニやお手洗いに寄る時以外の会話がないままの時間が続いた。私はかなり落ち着いてきた。
そもそも悪いのは私だ。こうなる可能性があるのはわかっていたのに、なんとなく大丈夫だとたかをくくっていた。
学校での交友関係もどうとでもなる。元々友達が多い方でもない。多少顰蹙は買っても、これを機に虐めが発生するような環境でもない。
ただ、お父さんにどう思われているかだけが今の心配だった。怒っているような様子はないけど、男親は娘を大事に大事にするイメージがある。実際お父さんは私を大切に大切に育ててくれた。
その娘が三股かけて男を弄ぶヤリマンだと知った衝撃は凄かったはず。私は親になった事がないから想像しか出来ないけど、娘が男遊びの激しいタイプだとショックを受けると思う。
天国のお母さんは、私をどんな目で見ているんだろうか。
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