#21 愛しのスマホ
「えーっ?! スマホは持ってた方が便利ですよ!! 買いましょうよ先輩!!」
「でっでもぼく、ぶきっちょだから……どうせ壊しちゃうし……」
ダンジョン内での小休止中、俺は白々しくもスマホの話題をぶち上げ、先輩に買わせる作戦を開始した。
「大丈夫ですよ! スマホの特徴はその拡張性にあります。個々のユーザーの需要に合わせたカスタマイズの幅広さと、それを前提としたサービスこそスマホの核心です。個人にアサインされた適切な運用と明確な目的意識さえあれば、電話とメールと動画アプリしか使えない老師なんか先輩ならすぐ追い越せますから。使いこなして見返してやりましょうよ」
べ、別に目の前でスマホ使えるのをこれ見よがしに見せびらかされるのを根に持ってるわけじゃないし、と先輩はもじもじしながら殺人的な爪が土を掘り返し突き当たった石を執拗に砕く。ああこれ後で老師にちゃんと謝るよう言った方がいいなと思いながら俺は話を続けていく。
無論、これは敵が何らかの方法でこちらを監視しているという前提で実行されている高度な情報戦である。
自らの装備を熟知することで、冒険者はその身に降りかかる迷宮の制約を最小限に抑え、転化された祝福としてその力を十全以上に振るうことが出来る。その逆もまた然り、しょーもないデマをアホほど詰め込まれた場合、その性能は装備はおろかそれを振るう本人に至るまでカス以下に低下するのである。
「そうとなれば決まりですね。今度一緒に買いに行きましょう。いや、ネットで注文した方が良いかな? とにかく俺に任せてください、先輩の快適なスマホライフは既に保障されたようなもんですよ」
「う、で、でも。……そりゃ獣人用のモデルとかもあるけどさ、やっぱりああいうのって猫獣人とか犬獣人向けのやつでさ、結局熊獣人向けじゃないからさ。駄目だと思うな……」
「甘いですよ先輩。エキストラホイップキャラメルソースチョコレートクリームフラペチーノより甘い。スマホってね、ちょっと工夫すれば声だけで操作できちゃうんです」
「えっ……?! 声だけで?!」
「声だけで!!」
「操作できちゃう?!!」
「操作できちゃう!!!」
ちなみに先輩は何も知らない。彼こそ、下手に小芝居に付き合ってもらうよりマジで何も知らない人にゴミみたいなデマを吹き込みまくる姿を見せた方が真に迫って効果的だという老師の残酷な判断の下に捧げられた贄である。
「今のタイミングなら年初に発売されたばかりの最新機種が低価格で手に入りますから。ついでにこの機に専用回線も契約してしまいましょう。フフ……先輩、5G電波って知ってますか?」
パタゴニアで作られたマイクロマシンとハーバード大学で研究されている最新の電波導体によるネオニュートリノ技術によって、超高速通信を可能にするこの次世代型通信規格の話を真に受けるのであれば電波到達範囲が100倍近く広がるというから、おそらくダンジョンでもスマホは快適に使用することができるだろう。
希望に目を輝かせる先輩に、俺は心の中で謝罪する。全ては正義のため。襲い来る魔族の侵略の手を逃れ自由を勝ち取るため、先輩は致し方ない犠牲となるのです。
*
「オ兄サン良イスマホ有ルアルヨ!! 三九八〇エン!! 今ダケ!! 売リ切レテモ知ラナイ!! 今スグ買エ!!!」
「先輩これにしましょう俺も買います!! 全世界対応屋外での圏外なし200種類の民族言語翻訳機能付きTVも見れるし録画もできる!!」
少し話のギアを上げよう。
そうしてもたらされた約束されし勝利のスマホ。
さくら荘前で中古スマホを露天販売する謎の中国人(エルフ)から購入したこいつが声だけで操作できるのはガチなので、先輩はその日からスマホを破壊することなくあらゆる操作(あらゆるではない)を行えるようになった。
「すごい……ほんとうに声だけで動画再生も早送りも自由自在だ! これでもう平成後期生まれなのに昭和原人ってバカにされずに済む!」
まるで運命の恋人でも見つけたかのように、日がな一日スマホに語り掛ける姿からは微笑ましいような哀れましいような、何とも言えない香りが漂ってくる。
そして先輩はこの甘い生活に酔いしれるあまり、同調率を上げるという名目で常にスマホを肌身離さず装備するようになった。その様子はもはやこちらがそそのかしたり誘導しなくてもスマホをダンジョン内に持ち込む気ではないかというレベルである。というかそもそもダンジョンに持ち込む気がないなら同調率を上げる必要など皆無である。
「ぼくもうこの子と一生離れない! おじいちゃんになってもずっと使う……!」
しかし先輩には残念ながらこの後、愛しのスマホの君をダンジョン内で紛失してもらう手筈となっている。慈悲はない。
悲劇と喜劇は皮一枚隔てただけの隣人であり、実は同じ役者が演じているものだ。
*
ダンジョンによる制約を回避する手段がいくつかある、というのはチャールズ氏の言である。結界術によるもの、形代を用いて肩代わりさせるもの、あるいは気合い。共通点はいずれも完全な手段ではなく、不安定でリスクを伴う点。
ダンジョンから未知のアーティファクトを持ち帰ることは、それを守護する魔物や罠の存在を抜きにしてもそれ自体が非常に危険な行為である。自分とは縁もゆかりもない得体の知れない高度なアイテム。拾うだけで強力な呪いを発現させ、所有者を破滅に導く恐るべきアイテムである。
魔族にとってはカメラやその他の電子機器もまた、我々にとってのアーティファクトに近い存在であることは間違いない。
内部構造の一切分からない致命的な爆弾を、敵は繊細に起動を抑えながらリスクを冒して解析する。
その最中に、こちらから遠隔操作で無茶苦茶な刺激を加える。
名付けてトロイのスマホ大作戦は、最終局面を迎えようとしていた。
5G電波は政府によって意図的に性能を抑えられているので、特殊なアプリをダウンロードすることでその制限をハックすれば岩盤を貫きダンジョン深部でも問題なく受信できる。
という建前で、実際にはダンジョン内にゲロ吐きながら設置したサーバーのおかげでそのスマホからアクセスできるのが、実はインターネットではなく単なる社内ネットワークの類、イントラネットであることも連中にはわかるまい。ついでに言えばこれでスマホの大まかな現在位置情報の取得も可能になる。むしろこっちが本命といってもいいだろう。
彼らは実に賢明であり、論理的に考えればスマホからアクセスできる無数の動画が自分たちを騙すために短期間で製作されたものにしてはあまりに数も多ければ手が込み過ぎていることが理解できるだろう。
そう。それらの動画は魔族を騙すために作られたものではない。
全て
残念だったな。
*
(おい、それでどうやってこいつにスマホ紛失させんだよ……)
ダンジョン内で電源さえ入ってないスマホを数秒に一度取り出してはうっとりとした視線を向ける先輩を遠巻きに見ながら、俺と老師は最後の難題に直面していた。
まだ安全とされるエリアとはいえ、明らかにここは魔族が手を出せる範囲なのである。
ダンジョンにスマホを持ち込むバカなど滅多に居ない。うかうかしていれば魔族側から殺してでも奪い取る、という強硬判断を下されかねないのだ。
こっそり捨てたりすれば絶対に気付くし、説得や言いくるめでこのうかれポンチにスマホを放棄させられる気は全くしない。とはいえネタばらしをすれば絶対に平静ではいられないだろうし――、
現状や作戦の概要は複数の冒険者パーティー間で秘密裏に共有され、山榛ダンジョンはかつてない緊張状態で満たされている。
先程から緊張感の欠片もないツラで電源も入っていないスマホに対してしきりに話しかけ続けるこの白熊一匹を除いて。
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