#20 筋道を辿って
篠宮さんに連絡を取って確認したところ、犠牲者の遺品にカメラの類は含まれていなかったそうだ。
しかし彼らの中には死の直前まで配信を行っていた者も居る。つまり、カメラは奪われたと見るべきだろう。
今思えば俺が奴からの接触を受けたのは動画撮影する姿を以前に見られていたからで、見逃されたのはあの時カメラを持っていなかったからということなのだろう。
「しかし、敵は何を思ってカメラを収拾しているのでしょうか?」
「わからないが、犠牲者たちが死亡した日に行っていた配信に何か手掛かりが映っている可能性は低くないと思う。順番に確認して行こう」
「了解しました」
*
元気のいい女性の声に合わせて、カメラがぎこちなく揺れる。実を言えばダンジョンも、エリアを選べばかなり安全に潜ることが出来る。
観光や行楽気分でやってくる客相手のツアーが商売として成立する程度には。
通常、ストリーマーの多くはそのようなエリアで活動している。当然装備も服装も持ち物も軽く、せいぜいが護身程度の武器を持っている程度だ。
呪いの装備であるカメラを身に着けていることもあり、基本的に魔物は避け、安全なエリアで配信する。それが良くあるダンジョン配信の方法だ。当然、ストリーマーの死亡率は冒険者一般に比べ低い。
だから今山榛ダンジョンで配信者や動画投稿者の死が相次いでいるのは何らかの要因があることは予想できる。
その要因が奴であるとすれば、その姿の片鱗が動画のどこかに残されているはず。
祈るような面持ちで目を皿にして、俺は次々と動画を再生する。
そして、数十分が過ぎ、一時間近くが過ぎた頃。
「……これ」
動画を再生していた蔵見が小さく呟いたのを聞いてそちらに駆け寄ると、彼女が映像を少し戻して再び再生する。
カメラの映像は不鮮明で、その取り回しもひどく大雑把なせいで動くたびに大きく揺れる。
だが、一瞬ではあるが人影が見えた。
辛うじて判別できるその立ち姿に見覚えがある。動画を停止し、コマ送りでその映像を拡大する。
間違いない。
権藤と名乗ったあの男だ。
「――――魔族ダ」
一切の意識していなかった背後から、囁くような声が届く。
振り返ると、そこにはひどく胡乱な見た目をした片言のエルフがそこに立っていた。
「ッ?!!?!」
チャールズ氏だ。いつの間に部屋に入って来たのか、滅多にこの場所で見ない彼が急に背後から現れただけでも驚きなのだから、初対面の蔵見は尚更だろう。少し心配になるほどの驚きの声を上げて飛び跳ねる。
だが俺はそれよりも、今チャールズさんが呟いた言葉のほうに意識を奪われていた。
*
ダンジョンが地上に現れる度に、渡りと呼ばれる現象が起こる。
元々、この世界にはかつて人間以外の知的種族は存在しなかったと言われている。
だが、ダンジョンの出現に伴い、彼ら亜人と呼ばれる種族は地上に溢れ始めた。エルフ、獣人、小人族。加えて言えば転生者もダンジョンの出現と共に現れ始めた存在であり、それ以前においてはこの世界に存在しなかったのだという。
そして彼らは今現在もこの世界に存在していることから分かるように、ダンジョンの消失後もその姿を消すことはなかった。
ダンジョンはその奥深くで、異なる世界に通じているのだという。
その証拠というべきか、亜人たちには彼らの生まれ故郷の世界に関する伝承というものが残っているし、それぞれの種族ごとに独特の文化と言語を持っている。
ダンジョンの奥深くで消息を絶った人間たちの一部もまた、こちらの世界から似たような世界へと『渡り』を行っているのではないか。そういった話は世界中のあちこちで語られている。
「魔族、聞いたことのない種族だな?」
「私モ実物ヲ見タ事ハ無イ」
老師が口にした当然の疑問に、チャールズ氏はさらりと答える。つまり、まだこの世界には存在しない、あるいはつい最近まで存在しなかった種族。
今期の『渡り』によって繋がった世界が、恐らくは魔族の世界なのだろう。
「どういう種族なんですか?」
「……侵略者ダ」
チャールズ氏の口から出た物騒な言葉に、俺と蔵見は顔を見合わせる。
曰く、彼らはダンジョンに精通し、積極的に『渡り』を利用して世界間を移動する。そして繋がった先の世界を征服することを繰り返してきた種族なのだという。非常に戦闘力が高く、残忍な気性とそれを隠す狡猾さを合わせ持つ。
友好的な種族を装って社会に潜り込み、瞬く間に世界に破滅と混乱を振り撒く悪名高い戦争屋。今回それが行われていないのは、魔族の存在を知るエルフがこの世界で確固たる地位を築いているからだろう、とチャールズ氏は推測する。
「では、彼らは今自分たちの存在を伏せて戦争の準備をしている?」
「恐ラク、連中ハコノ世界の軍事技術ニ関スル情報ヲ得タノダロウ」
竜さえ屠る機関銃の十字砲火。そしてそれが待ち構える巨大なゲートを、僅かな期間で完成させる土木技術。単純な人口規模。それらは魔族にとっても脅威なのだとチャールズ氏は言う。同時に、彼らの世界と繋がったのが二十一世紀の日本ではなく、十九世紀の北米や、あるいはそれよりも前の時代であればこの世界は容易く攻め滅ぼされていただろうとも。
彼の知る伝承では、過去にエルフが故郷とする光輝の地と魔族の支配する世界の間で経路となるダンジョンが繋がった際には大規模な戦乱が巻き起こり、真なるエルフの力の根源たる螺旋双樹に損傷が生じるほどの被害を受けたのだという。
「つまり相手はこっちにビビってるって話だろ? 運が良かったじゃねえか」
老師はそう言うが、少々話が手に負えなくなってきたな、というのが正直なところだった。
戦争を前提として相手が動いているとすれば、今現在ダンジョンに潜伏している相手を倒したとしても、すぐに次の戦力が補充されてくるだろう。
「いや、冗談じゃない事態ですって老師。流石に個人単位でどうこうできる相手じゃないですし、こちらの軍は前線をダンジョンとの境界より先に押し進められない。このまま事が進めば我々はダンジョンに足を踏み入れることも出来なくなる。探索者稼業は廃業ですよ」
「ソノ通リダ」
まあこの人が頭を突っ込んでくるってことは、その類の問題があるのだろうな、という気はしていた。
「だったら、あたしらがやるべきことは三つだ。連中の侵入経路を特定すること。現時点で既にこちらへ入り込んでる魔族を排除すること。敵の本隊がやってくる前に、道自体を封鎖すること」
老師がきっぱりと言い放つ。
あちらの世界に繋がっているダンジョンはひとつではないのかもしれないが、それに関してはそれぞれ現地で頑張ってくれとしか言えないだろう。少なくともこの山榛ダンジョンに繋がる径路さえ塞げば、山榛ダンジョンの安全は保障される。
「とはいえ、敵の侵入経路をどう特定するか、特定した上でどう排除するかの問題が解決したわけじゃないですよ。これまでのどうしようもない手詰まりの状態がどうにかなったわけじゃないですし……」
「いや。その部分でも話は十分進展したじゃねえか。何より相手の目的が分かった。連中の目的はゲートの攻略。ひいてはそのための情報収集だ」
そうだ。ようやく相手の意図が理解できた。
相手はそもそも、迷宮内の探索者を始末することなど初めから容易いことだと考えている。その上で迷宮の外の武力にどう対処するか。それが最大の関心事なのだ。
つまり奴が行っているのは配信者狩りでもなければ、カメラ狩りですらない。本当に欲しいのは近代兵器の情報であり、情報機器の情報なのだ。
敵が最も欲しがっているのは、迷宮の内に居ながらにして、迷宮の外の世界のことを知る道具。恐らくはスマホであるということ。
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