#3 いざ、動画撮影
「流石にダンジョン内でスマホをもう一回使えとは言わねえよ。てかスマホは置いてけ。使うのはこれだ」
そう言って老師が手近なテーブル上に何かの荷物を置いた。外箱に書かれている
内容を見るに、どうやらダンジョン専用の撮影機材であるらしい。
撮影以外の余計な機能は一切なし。九州管内で製造が完結した電子基板と地元の人間が手作業で作った外装。
画質、音質、稼働時間に至るまでスペックは恐ろしく低いが、たしかに先程の話に照らすとスマホに比べればはるかにマシそうではある。
「買ったはいいけど、おれやこいつじゃこれ持って歩くと百メートルぐらいで気分悪くなっちまってよ。棚の肥やしになってたんだ」
「田中さん、こういうの結構使い慣れてるでしょ? ぼくや老師だと、スマホなんか持ってたら電源切ってても入り口越えた瞬間にゲロっちゃうよ。ほら、ぼくは手がこれだから。昔キーボードぶっ壊しちゃって以来、パソコンとかって後ろから見るの専門なんだよね」
先輩がそう言って掌の肉球を見せる。たしかにこれでは精密機器の操作は難しそう、というかむしろよくこの手で器用に武器を扱っていたと感心するほどだ。
「まあ適材適所って話なら、田中さんにしかできない仕事――あ、」
話の途中で何かを思い出したように声を上げた先輩が、申し訳なさそうにこちらを向く。
「ええと、田中さんのスマホもぼくらじゃ触れないからダンジョン内に置いてきちゃたんだよね。たぶん拾っただけで卒倒しちゃっただろうからどうしようもなくて」
告げられた一言に、おれは少し頭を抱えた。収入のない今、あれを失くしてしまえば手間はもちろん買い直すのも高い買い物になる。流石に回収しなくて平気とも言えない。どちらにせよ、もう一度ダンジョンに潜らなければならないのは確定か。
「わ、わかりました。とりあえず物は試しってことで。無理そうなら回収だけできますか?」
「おう、そんときゃ仕方ねえよ」
「それで老師、動画ってどこまでやるつもり?」
「どこまで、つってもなあ。とりあえず三層までって感じか」
こちらを放置して進む話に、いくら何でも聞き捨てならない単語が登場した気がする。
迷宮三層。それはひょっとして、かつて投入された特殊部隊が全滅した場所という話ではなかったか。
「流石にそれは田中さんが保たないよ! 三層は無理だって!」
「だーいじょうぶだって。万が一何かあってもおれが抱えて逃げりゃいいだけだし」
「でも三層はダメ! 絶対無理!」
多くのダンジョンで共通することだが、一階層から二階層を低レベル帯と呼ぶのに対し、三層からは一転して高レベル帯と位置づけされる。
出現モンスターはより強力に進化し、環境も急激に悪化するからだ。低位とはいえ、モンスターの代名詞たるドラゴンさえ出没する地獄の深度。
「別に昨日今日三層まで進もうって話じゃねえよ! 今日は――そうだな、一層のボス部屋、ボス部屋まで行こう。それならいいだろ?」
「それだったら、まあ……」
ストッパーたる下田先輩が譲歩するということは、その提案は十分安全な範囲のものなのだろう。
先程目にした一層でのふたりの一方的な戦い振りを考えれば、たしかにたかが一層の親玉程度に後れを取るとも思えない。
ダンジョン用撮影機材は手に取ると結構な重さがある。俺は充電が十分であることを確かめると、すでに迷宮へと向かい始めたふたりの後を追った。
「どう? 制約はどんな感じ?」
ダンジョンの入り口を跨ぐと、先輩が俺の具合を聞いて来た。
卒倒して頭を打ったり機材を落とさないよう腰を下ろした状態で境界を越えたが、これといった自覚症状はない。
「今のところ問題ないです。電源入れてみますね」
「えっ?! と、撮んの?! まだ心の準備が……」
なぜか老師があたふたと狼狽えていたが、構わずカメラに電源を入れる。液晶パネルが光を放ち、内蔵されたスピーカーから機械的な起動音が流れた。
頭の片隅にじわりと不快な感触が生まれたが、ひとまず俺は問題ない。ふたりの方にレンズを向ける。カメラの方も特に問題なく撮影できているようだ。
「頭の隅に違和感はありますけど、とりあえず大丈夫です」
「な、な、なんで急にカメラこっちに向けた!! 馬鹿!! この馬鹿!!」
先輩のデカい背中に隠れた老師がビビってるのかキレてるのかいまいちわからない声を上げる。ビビっているにしろキレているにしろ理由がわからないが、ひとまず今は無視することにする。
そのまま動画になるわけではないと伝え、とりあえずなんか喋るように指示をすると先輩に背中を押された老師がおどおどと前に出る。
「ソ、ソフィアです……十一さいです……」
「あの、ホームビデオじゃないんでそういうのいいです。ダンジョン配信動画って見たことあります?」
「はあ?! 馬鹿にすんじゃねーよ! 見たことあるに決まってんだろじゃあお前がやってみろよ見るのとやるのじゃ全然違うんだよ!!」
本格的にキレ始めた老師にひっつかまれてダンジョン外に引きずり出され、撮影用のカメラを奪い取られた。一旦レンズをこちらに向けたものの、結局扱い方が良く分からなかったのか先輩にカメラを押し付けて老師はその後ろに隠れた。
「えーと、ここ? ここ押したらいいの? 撮りまーす」
単純な造りが功を奏して、ビデオカメラは熊の手でも扱えるようだ。こちらを向いたレンズは気恥ずかしくはあるが、こういうのは恥を捨てねば余計恥を搔くものだ。個人情報は冒険者登録の時点で公開情報であるので伏せる意味もないだろう。
「どうもチャンネルをご覧の皆さん! はじめましてダンジョン初心者の田中です! 今日はですね、ギルドの先輩のおふたりに色々と教えてもらいながら、ダンジョン内部の様子を視聴者の皆さんにお届けしたいと思います!」
「もうちょっと楽しそうにしろ田中ァ! 顔が全然楽しそうじゃない!!」
どの口でほざくか、という野次が飛んでくる。カメラに写ってないのをいいことに好き勝手言ってくれる。少し腹が立つのでカメラをひったくって撮り返す。
「というわけで!! まずはお二方の自己紹介をお願いします!!」
「白熊獣人のヨーヘイでーす! 物理前衛担当、主に斧と自分の爪で戦いまーす!」
「え? あっ、あっ……ソ、ソフィアです……十一さいです……」
ふにゃふにゃした語りがその後に続いたが、あまりにも酷いので老師には悪いが編集点を入れてダンジョンの概要でも垂れ流す他ないだろう。
とはいえ、最初の内こそカメラを意識して硬かった老師もダンジョンに足を踏み入れれば流石のベテランで、こちらを待ち伏せる魔物を手際よく見つけては一方的に狩っていく。
「この層で出るモンスターって、どんなのですか」
「んー? やっぱゴブリンとかコボルドが多いな。オークなんかが出てくるのはもっと先からだな」
視聴者向けの解説も兼ねて尋ねた質問に、老師が自然体で答える。どうやら撮られている意識は既に頭から抜け落ちて、純粋にダンジョン攻略に打ち込んでいるようだ。
老師によると、このダンジョンの現在の最前線が七層だという。予想では最深部は八層。となると、ここは踏破間近の注目のダンジョンということになるのかもしれない。
ダンジョン内部の様相が、これまでとは明確に異なり始めた。
これまでは自然の岩肌の洞窟といった雰囲気の、どことなく人の手の入った程度の場所だったが、この辺りは壁全体が仄かに青白く発光している。
「気を引き締めろ、そろそろボス部屋だ」
「何度も言うけど、絶対にボスとの対角線上にぼくを挟むように動いてね。難しいかもしれないけれど、きっちり十分距離を取りさえすれば無理ってことはないはずだから。ぼくに出来るのは真後ろに安全地帯を作ることであって、ぼくが守るんじゃなくて、田中さんが自分の力で守られる。いいね?」
ボス部屋へ続く扉を押し開けながら、何度目かになる動きの復習を先輩が口をすっぱくして言い聞かせてきていた。
「わかってますって、先輩も心配性だなあ。ボスっつったって二層に進む人はみんな倒せる強さってことでしょ? だったら問題ないっすよ」
背後で扉に閂が降りる音を聞きながら、自信たっぷりに口を開く。こちらに向いた二人の視線には、何やら呆れや憐れみのようなものが混じっている気がしたが、気のせいだろう。
「あのね、普通は一層を攻略する人はボス部屋はスルーして二層に進むんだ。二層をウロウロするようなレベルの人がボス部屋に挑むと確実に死んじゃうから」
「気ぃ抜くと死ぬぞ。もうちょっと気合い入れろ」
部屋の奥で、何か大きなものが動き出す気配がした。
如何にダンジョンが表の世界と異なる摂理で動いているとはいえ、表と同じく生物であるなら確実に言えることがある。
デカい奴は強い。そんなことは直立すれば二メートルを超える白熊獣人が腕の一振りでゴブリンの首より上を消し飛ばす姿を見ればわかる。
その先輩より高い位置に頭がある。それも二つだ。
「一層のボスは双頭の巨犬。火を噴くし噛みつく。どちらも当たれば一発で死ぬから注意しな」
実質的に人生で二度目の魔物との戦い。
一応俺にもダンジョンについて知っていることはある。
ボスからは逃げられない。背後で扉に閂が降りる音を聞きながら、俺はそんなことを思い出していた。
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