生徒の話⑥
MCを続ける男性アーティストの後ろに現れた伊坂。
譜面を置き、ゆっくりと鳥の赤茶のギターを構えた。
ギブソンのハミングバード。もう伊坂の代名詞となってる。
チューニング代わりにひと鳴らし。アンプを通したアコギの音は聞き慣れなくて、どこか違和感がある。ライブでしか聞くことのない音。
この音を聞くのも3年ぶりなのかと振り返る。
一度割れた、伊坂のハミングバード。
伊坂は先程と違って、頬が上がってる。
ニヤけてしまうのを堪えてるような表情を見て、マスクをしてる私は思いっきりニヤける。
アコギを構えた時の伊坂は、エレキを構えてる時より楽しそうに見える。
立って弾くより、座って弾く方が楽だから楽しいのかな。
いや、違うか。たぶん、2人しかいないステージだから、注目を浴びて照れてる。可愛い。
「そのままで良いから。そのままでかっこいいから。頑張れ」
と、心の中で、謎の親目線で声援を送る。
伊坂は多人数でいる時より1人か少人数でいる時の方が、その魅力が際立つ。
金の鳳凰座。鳳凰は孤高の鳥。
どこまでも1人で突き進む、忍耐強い情熱家。
あのハミングバードに描かれている鳥はハチドリだけど、私の中では、あの鳥は鳳凰だ。
金の鳳凰が、鳳凰のアコギを弾いているなんて、まるで物語から飛び出てきたかのように、キャラが立つ伊坂。すごく似合う。
膝、膝、太もも。今日は3箇所に穴が開いたジーパン。
この位置から確認できるのは、赤みを帯びた皮膚だけだ。もう少し視力が良かったらなと思う。きっと今日も綺麗にしてるのだろう。
ギター1本で歌うアコースティック。
1番緊張するやつ。ミスが誤魔化せないやつ。
曲が始まる。
歌う男性アーティスト。その横で譜面を見ながら弾く伊坂。
目からエラまでを斜めに繋ぐ、絶妙に梳いた横髪の隙間から、ピアスがキラリと光った。
あの輝きがもしダイヤモンドだったら50万くらいしそう。
ホストは提携してる美容院があるらしいけど、その髪型もそこでやってもらってるのかなと、ホスト感漂うものを見ると、どうしてもそんな想像をしてしまう。
フッと脳裏に浮かぶホスト伊坂は、再び息の根を止めておく。バーン。バーン。
1列目に座って一眼カメラを構えてるお客さんは、男性アーティストばかり撮ってる。
撮られた写真はSNSに上げられるだろう。そこに映る伊坂は、きっと主役として撮られてない。それでも良いけど、脇役も主役として撮ってほしい。
私の前で、後ろの迷惑を気にせず体を動かしながら撮っているのだから、私には撮る写真をオーダーする権利があるのではと思う。
「この瞬間のこの角度の伊坂をめちゃくちゃカッコよく撮ってください。」
そんなオーダーを叶えてくれるなら、1000円、2000円、、いや、5000円くらいなら写真1枚に払っても良い。
ライブ中の伊坂の写真は貴重だ。
メインのアーティストさんの後ろで譜面を見ながら弾くサポートギタリストなんて、視界に入るだけで誰もちゃんと見ていないのだから。
顔を少し前に出して、顎のラインがスッキリしたときに浮き出て強調される、喉仏と首筋が好きだ。
長い横髪で目を隠し、キラリと光るピアス。
できれば真横より、少し下からの角度が良い。
あ〜、今今。今めっちゃ良い角度。完璧。最高。そのままキープでお願いします。そう。そのままそのまま。いいよー。カッコいい。カッコいい。
前の席のお客さんのカメラを奪う。そのまま最前列に割り込み、スカートを気にせず膝をつきパシャパシャ撮る。
私が1番、伊坂をカッコよく撮れる自信がある。
だから今だけカメラを貸してください。
ホスト伊坂よりも数百倍カッコよく撮ってやる。
視姦しつつ、私にしてはピュアで軽い妄想をしていたら曲が終わった。
ラストの曲だったようだ。
ふと見上げると、伊坂がステージの上で青いピックを食べていた。いや違う、咥えていた。
空いた両手でギターを拭いている。
ピックを持ったままでもクロスは持てるし、ピックを持ったままギターも持てるので、
ピックを食べるのはパフォーマンスだと思う。
ライブが終わってもサービス精神旺盛な伊坂。
自分の唾液に価値があると分かってる。
そのピック欲しい人絶対いるでしょ。私はいらないけど。うん。いらない。いらないよ。
ライブ中の私は誰よりもノリに乗っている。
頭が冴えまくる。書けるぞ。めちゃめちゃカッコよく色っぽく伊坂を書けるぞ。
入れ替えだ。
次の演者さんは弾き語り。
サポートは必要ないので、ここで伊坂含めサポートの人は全員ステージから降りてくる。
私の横には通路があり、その通路は楽屋への階段に繋がっている。
つまり、伊坂は私の横を通る。
ステージにいる伊坂はサポートメンバーと笑いながら話してる。
やっぱりハマってる。ここにいる伊坂は輝いてる。
しばらくして、譜面を抱えて移動し始めた。
来る。
気付かないフリをしよう。絶対バレてるけど、気付かないフリ。
全力の演技力、スタートします。3、2、1、、
無意味に足元にあるカバンの中を漁る。目を合わせたくないときや、気付かれたくないときによくする演技。
気付いてませんよー。カバンの中を漁ってますー。演技だとバレてるかもしれませんがー。なぜ演技してるのか察してくださいー。さっさと通り過ぎてくださいー。私気付いてませんからー。
顔を伏せて、カバンを漁る。漁る。漁る。
とくにすることはない。あ、細かいゴミめっちゃある。あとでコロコロローラーしなきゃ。
そろそろ行ったかな。
そのとき、不意に肩をポンポンと叩かれた。
あぁ、どうしよう。どうしよう。まてまてまて。
いるのは分かってる。
笑うか、謝るか、怒るか、殴るか、殴られるか。
どうくるか。どうするか。
顔を上げると、伊坂と目が合った。
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