生徒の話③

「今日は従業員はキャバクラかな??」


「担当のおちんちん気持ちよかった♡」


「担当色んな人と生でヤッてるからちんこ臭いけど可哀想だから黙ってる」


「オガオガは姫の金使いより自分のタイプかどうかで遊び回ってるからホストとしては失格

男としては至って普通だけどそりゃ姫も離れる」


「この店売上上げる気ないみたいだから一生趣味と遊んで従業員とつるんでなよ」


「絶対嫁のとこにいるうざい」


「だれ?」


「嫁大好きみたいだから切った」


店休日に絶好調のホスラブをつまみにマティーニを飲む。

伊坂と飲みに行ったときは、たぶんそういうプレイを決めたかったのか、

「大丈夫ですか?自分飲みますよ」と言われ、私が一口飲んだマティーニをすぐに伊坂に飲まれてしまったけど、

しっかりチェイサーを飲みながら飲めば、そこまで強くもない。

塩漬けされたオリーブがアクセントで、食べると甘塩っぱくて美味しい。


ホスラブに伊坂の源氏名が上がることはない。

だいたい話題にされるのは上位のホストたち。


ホスラブに投稿される書き込みの半分は、その店のホスト達が書いてると思う。ライバルを蹴落とすために、匿名性を利用して嘘を流すのだ。

やる気があり過ぎてもなさ過ぎても話題にされるものだけど、伊坂は話題にされない絶妙な位置にいる。上手くやってるなと思う。

この先もどうか話題にされませんようにと願う。


今朝、なにか小説のネタになるかなと思って初めて投稿してみた。

そこまで遡る。


9:27

「例えば子供に、どんな仕事なの?って聞かれたら、土木作業員なら「家を作ってる」って言えるけど、ホストは「女の子と飲んでお喋りする」って言うわけです。子供は残酷だから、それは遊びでしょ!って言うわけです。」


と書き込んで、しばらく間を空ける。


10:18

「だからホストは「稼ぐ」「稼げる」ということをとにかくアピールします。得たお金にしか自分の価値を表せるものがないことを知っているから。

そのお金で何をするか、お店を発展させたいとか、家族を幸せにしたいとか、将来の夢、遠い先の未来の話をします。」


そろそろ反応が欲しいのに、しばらく待っても他の書き込みはない。

おいおい、過疎板か?


11:27

「未来の話ができる男は魅力的で、そして女は未来の話に弱い。それをホストは知っています。

その上で会話を仕掛けてくるけど、真面目な男は未来の話なんてそんなにしないものです。小っ恥ずかしいし、期待させて裏切る方が悲しませることを知ってますから。


ホストは遊びで、ホストクラブも遊びです。

楽しくなくて愚痴が出てしまうならそれは遊びではないです。

真面目な男ほど魅力がなくてつまらないものです。服だってダサいです。そりゃそうです。自分のことより女の子を優先しますから。

ここにいる子は、男のためにお金を使える優しい子が多いのでしょう。

ホストにお金を使うくらいなら、身近な男にお金を使ってください。良い男を見極められるくらい、見る目を養ってください。

あなたを大切にしてくれます。」


と、書き込んだ。謎の達成感に笑う。


ホストも姫様も、まさか全くの部外者が小説のネタ作りの為の下書きをホスラブに書き込んでるとは思わないだろう。

この書き込みをしたのは誰なんだろうと、お店のホスト達はザワザワしてるかもしれない。

想像して、また笑う。


昔いた2ちゃんねるを思い出す。

繰り広げられる論争に茶々を入れたりして、相手の反応を予想して楽しんだ。

あの頃のワクワク感が蘇る。

誹謗中傷とは少し違う。特定の誰かを攻撃するのではなく、思考の違いをとことん話し合い、攻撃し合うのだ。


知らない言葉は意味を調べ、相手の文章をコピペして引用し、間違いを一つずつ指摘していく。

相手も同じことをしてくるので、超長文の論争に発展する。

懐かしいな。

イライラして、悔しくて、殺したくなるような感情すらも楽しんでた。

あのスリルを楽しめる人間がどこかにいるのかと思うと、隠し通してきた心の奥にある、どす黒い闇の部分に、少し、胸を張れる気がする。


ただの遊び。

掲示板に誹謗中傷を書き込む人間の気持ちが、手に取るように分かる。


誰か反応するかなぁと思いながら1時間待った。


待った。


誰からも書き込みがない。


うそん。いやいや、過疎すぎないか。え、どスルーされてるの私。


仕方がない。


12:46

「長文きも」


と書き込んだ。自演乙。

こういう掲示板はほぼ全員が自演してると思う。

レスに対しての肯定は自演がバレるので、書き込むなら否定を書き込む。「長文きも」

誰か書き込まないと、ストーリーとして完成しない。

今はお昼だし、ホストも姫様も寝てる時間なのだろうか。


13:10

「なにこれコピペ?」


誰かが書き込んだ。

コピペだと思われたことに少し嬉しくなる。

コピペじゃないです。私が小説のために考えた文章です。自己肯定感が上がった。アホだなと思う。


今日は火曜日。

マティーニを飲みながら、伊坂はホスラブを見るのだろうかと考える。

おそらく見ない。ホスラブを見るほどホストの仕事に執着してるなら、もっと売れてるはずだ。

適度に距離を取り、自分を守ってる。


でももし見ていたら、私の文章を見て、何を思うだろうか。

どうかなぁ〜、私の文章、私の作品。

何点?伊坂は何点をつけるかなぁ?


そんな想像を楽しむのも、掲示板の醍醐味だ。

ホストについて無知の私が、1ヶ月くらい伊坂のリストに張り付いて調べた、ホストたちのポストを集合させた文章。


「売上を稼ぐホストが1番偉い。」

「姫に信用されるように、夢を語れ。」

「No.1になって両親を叙々苑に連れて行きたい。」


ランキングを競うゲームの世界。

同じだ。ストーリーを作る。そこに夢を見る。

嘘でもなんでも構わない。より素晴らしいストーリーを完成させられる人間が上位に立つ。

面白いなと思う。私が男だったら1回はやってみたい。枕営業はしたくないけど。


初めてホスラブを見たときは凍りついた。

並べられる卑猥で暴力的な言葉は、2ちゃんねるにいたから見慣れてるけど、そこに自分の知り合いが関わっているかもしれないという事実を思うとゾッとした。

まさかまさか。伊坂は大丈夫。

そうやって思い込むことで、だんだんホスラブも見慣れてきた。


伊坂を思う。

店休日の今日は、お姫様と遊んでるのかな。


きっと今日は、お昼からお姫様とランチして、買い物に付き合って、その後ダーツとかカラオケ行って、ちょっとお高いディナーを食べてると思う。

21時には解散。普通のデート。

伊坂はとても真面目な人だから、枕営業はしない。

思い込む。思い込みたいのに、、。


透明な瓶に入ってて、中身が見える方が安心するものだ。


真っ黒な瓶に入ってて、きっちり蓋を閉めている。こじ開けて覗いてみないと中身が分からない。

伊坂はそんな人。


だから、こじ開けたくなる。


中身は汚いかもしれない。触ると危険かもしれない。

未知なるものに対する興味、好奇心が強すぎて、油断すると執着しすぎてしまう。

「ホスト」と言われて、世の中の人はどんなイメージを持つのだろうか。

イケメン。女好き。枕営業。お金持ち。女を食い物にする。ヤクザと繋がってる。


私が最初に持ったイメージは怖さだ。危ない人。

だからギター講師のときの、綺麗で優しい伊坂とはギャップがありすぎて、信用できなくなった。


今思えば、レッスンをすっぽかされたことよりも、ホストをやってるという事実に、嫌悪感が強く、耐えられなかったのかもしれない。


明らかな職業差別で偏見。


でも、私も似たようなものかもしれない。


いつもの散歩コース。Xで伊坂のホストアカウントを確認する。

店休日の今日は、何も動きがなかった。


ホッとする自分に死にたくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る