生徒の話②
習ってたギター講師が実はホストをやっていた。
べつに、それは良い。
問題は、同伴が入るたびにレッスンをドタキャンされていたということ。
それはないだろう。ギターの仕事を頑張ってると、勝手に思って期待してた私も悪いけど、まさかそんな中途半端な気持ちでやってると思わなかった。
私にだって仕事はある。週6日で働いてる。
代わってもらったり予定をずらしたりしてなんとか確保していたレッスン日を、ホスト都合で変更されてた事実は、、。
幻滅した。
許せるわけがなかった。
けど、「もう許さん、許さんぞ!」というイライラした気持ちは、1ヶ月もすると落ち着いた。怒り続けることは楽ではない。
イライラをぶつけた小説は、果たして読んでくれた人にどう届いたのか。書いているときは、自分の中でなんとか折り合いをつけようと必死で、事実を書ききって消化するつもりで夢中になっていたけど、
「ギター講師の方と再会したらまた書いてくださいね」
そんなコメントを貰い、読んでくれた方にも私の本心が伝わってしまったようで恥ずかしくなる。会いたい気持ちは、その、なくはないから。
数日後にある伊坂のサポートライブ。
まだ仲が良かったときには「行きますね!」と言ったけど、喧嘩した今は行きづらい。行きたいけど行きづらい。
でももし行けたら。勇気が出て行けたら。そのときは書いても良いなと思う。
未練じゃない。小説を書きたいから行くだけだ。
Xで伊坂のホストアカウントを見る。
伊坂がホストをやってると知ってから、新しくできた毎日の散歩コース。ギタリストの伊坂を見てから、ホストの伊坂に飛ぶ。
生存報告のためのリポストしかしない伊坂のホストアカウント。
ギタリストの方のアカウントは、2週に1回程度の いいね稼働 のみでほぼ死んでるので、ギタリストよりはホストの方で生きている。
やる気の感じないアカウントでも、行けば伊坂に会えた気分になるので、私は毎日ここに来てしまう。
でも用があるのはここじゃない。
右上の「…」をクリック。「リストを表示」をクリック。
リストは2つ。「クラブABI」と「クラブNANA」
伊坂のホストクラブはNANAなので、そちらをクリック。
116人のメンバー。36人のフォロワー。足がつくとまずいので、フォローはしてない。
このリストを見れば、伊坂のお店にいるホストたちの動きが分かる。
時々上げられる写真に、たまに伊坂が映り込んでるのを見て、がっかりする。がっかりするなら見なければ良いのに。バカみたい。
見に行ってるのは自分なのに、ホストの伊坂は見たくないという矛盾。姿が見えなくてもたしかにそこに存在して、元気に生きているかを確認したいだけ。
この先もなるべく目に入らないように、いつまでも売れないホストでいることを願う。
酒を飲んで、酔っ払ってる伊坂。顔が浮腫んでる。虚な目。眠そうな目。それと同時に強い加工。
ため息が出る。
ステージでギターを弾いてる伊坂は、他者を寄せ付けないくらい圧倒的にカッコいいのに、ホストの伊坂はなぜこんなにダサく見えるのか。
理由は分かる。
伊坂の周りにいる他のホストがカッコ良すぎるから。
明らかな整形、高い鼻、キリッとした眉。口紅やファンデーションを塗ってるような、ホストらしいホスト顔と比べると、伊坂は顔のパーツが小さめで、主張のない地味顔。
アクセサリーをジャラジャラとつけ、イケメンを堂々とアピールしてる他のホストと違い、どこか控えめで、目立つ人の後ろに隠れたがってるように写る伊坂。
勿体無いなと思う。ここにいたら伊坂は埋もれる。全然ホストらしくないもの。そう思うのは、私がギターを弾いてる伊坂しか見たことがないからだろうか。
猫ひろしはオリンピックに出るという夢を叶えるために、カンボジア国籍を取得した。日本だと競争が激しいから。
当初は批判もあったものの、もともとオリンピック自体への関心も薄いカンボジアでは、猫ひろしの活躍は注目を浴びて、オリンピックへの関心も高まり、いまやカンボジアではスーパースター。
批判する人なんてもういない。己に合った生き方を進んだ人。
伊坂は、ステージの上が1番輝く。映える。
ステージの上にいてほしい。
目立つアーティストの後ろで、にこやかにギターを弾いて、時折「大丈夫ですよ。歌ってください」と聞こえてくるような視線を送る姿。
5年前に初めて見た伊坂のサポートライブ。
サポートという仕事があることも知らなかった頃。
それまでは、目立ってジャカジャカ弾くのがギタリストだと思ってたのに、こんな風に優しくギターを弾く人がいるのかと衝撃を受けた。
私の中では、今も伊坂はあの時のイメージのまま凍結してる。絶対に溶かしてなるものか。
そんなことを思い出しながら、伊坂のお店にいるホストを順番に見る。
カッコいい人はいるけど、興味をそそられる人はいない。上位はどんぐりの背比べ。No. 1はデブだし、「圧倒的に強い」という人がいないお店。
正直微妙。
ホストでデブはあり得ない。体型なんて食べなければ良いだけ。努力でもなんでもない。
特に、美を売る仕事をしてるのだから、、、と、これは私が単に太ってる人が嫌いなだけか。
つい自分の好みを押し付けたくなる。
「もし私がホストに行ったら誰を指名しようかな。」そんなことを考えながら、別のグループ店にいるホストも調べた。
サラというホストがいた。ポストには、一緒に働くホストたちの紹介を、面白おかしくしてた。
誰かを紹介できる人は、たぶん良い人。
そう思って順位を確認すると、ぶっちぎりのNo. 1だった。
やっぱりな。私の男を見る目をなめるな。と自信過剰に思う。
サラさん好きだな。フォローしたいな。
でも伊坂にバレると怖いのでフォローはしない。
ダサい伊坂を見た後に、「ホスラブ」に行く。
旦那に教えてもらった、ホストクラブ専門の匿名掲示板。
昔の2ちゃんねるみたい。質の悪い携帯掲示板。モバゲーのような民度、と言っても、今の若い子は知らないか。令和の時代に残る平成初期。
伊坂のお店のスレッドを検索する。
「私は明日一日中ずっと一緒!店休日会えない人って可哀想w」
「早くまた生中してほしい♡」
「性病はもう治ったのかな?」
「お金使ってないのに店休日誘ってくれるのは脈アリってことでいいよね?」
「店休も姫に時間使うわけでもなくキャスト同士でお遊び」
「それを自慢気にlineで送ってきては金ない金ない言うのテンプレ」
明日は火曜日か。伊坂のお店は休み。
お店が休みの日は、やる気のあるホストたちはお姫様と遊ぶらしい。
店休にわざわざ遊んで、お店やってる日に来てもらって、お金を使わせる。先行投資。
ホストに通う客のことをお姫様という。大人のイケメン男性たちがXで、お姫様、姫様と言ってるのを見るのは、ファンタジーやコメディ小説を読むよりよっぽど面白い。
「お金使ってないのに店休日誘ってくれるのは脈アリ」
という基準に思わず笑う。
普通は好きな女にホストクラブなんか行かせない。私の旦那も、私が「行ってみたい」と言ったら全力で不機嫌になって止めてきた。
この子達の基準でいうと、例えば付き合ってない男と2人でお泊まりして、何もなかったら「彼は私のこと大切にしてるんだ」って思うのだろう。
以前その基準を持っていた女の子に、
「付き合ってなければ何もしないのは当たり前だから!そんなの優しさでもなんでもない!当然!」
と説教したことがあった。
どこまでも男に甘い彼女たち。
私の仕事も、火曜日が休みの日が多い。
だから火曜日にレッスンを入れて、4、5回に1回はドタキャンされてた。お姫様と過ごしていたのだろうか。
そう思うと虚しくなる。
枕営業って本当にするのだろうか。男なのに?
伊坂に限ってそれはないだろう。でもホスラブには結構そのネタが上がる。
それは自分がしたくてするのか、それとも、女の子に求められてするのか。どっちにしろ、伊坂に限ってそれはないだろう。
風俗なら男がお金払ってするのに、ホストは自分のお店に来てるお客さんに手を出すってこと?どうして?なんで?お金は?出すの?出されるの?でも、伊坂に限ってそれはない。
絶対ない。絶っっっ対ない!!伊坂はそんなことしない!
知らない世界すぎて、謎は尽きない。
まぁ、過ぎた話だ。もうどうでも良いか。
そう思うのに、火曜日が来るたびに思い出す。嫌な思い出になってしまったな。
ホストの伊坂はダサくて、すごく嫌い。
でも、ふと思い出す。
私が伊坂のお店に行ってみたいって言ったとき、伊坂は「来ないでください」って言ってたな。
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