【続編】5年習ったギター講師が実は◯◯だった話

堀江圭子

ギター講師の話①

※この物語はフィクションです。

実在する人物、店、団体等とは一切関係ありません。

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あの日は香織と会っていた。




5年も自分のレッスンに通ってくれている、生徒の圭子さんから「飲みに行かないですか?」と誘われた。一緒に飲むのは2回目。

初めて飲みに行ったときは、出されたマティーニを一気飲みしたから、細かいことは記憶が曖昧だけど、楽しかった。プライベートなことまで随分話してしまった気がする。ホストのことも。


今日は火曜日。店休日。

18時にこの前のBARで待ち合わせだから、そろそろ切り上げて行けば間に合う。

前回のレッスンを同伴でドタキャンしてしまったから、今日の飲みは行っておかないと申し訳ない。


「ねぇ、この後どうする?ホテル行く?」


香織が顔を向けて、微笑みながら言った。


「え、いや、今日はもう、、」

ショッピングだけって言ってただろ。


「なに?今日はレッスンないでしょ?ギター持ってきてないじゃん。」


途端に不貞腐れる香織。


あぁ、めんどくさい。こうなると香織は言うことを聞かない。

香織は自称25歳。首の真ん中あたりで短く切り揃えた黒髪を、いつも両耳にかけている。

胸元が大きくあいた、真っ白いノースリーブワンピース。大きな胸を見ないようにするのに苦労する。

手首は綺麗なのに、ノースリーブのワンピースから出る二の腕に、等間隔で斜線がある。

それについて尋ねたことはない。


好きだよ。香織は可愛い。

出会った場所がホストクラブでなかったら、もっと踏み込んで付き合いたいと思う。

初回の後に店外デートに誘った。育てのつもりだったのに、クリクリした小動物のような目と、心の内側に入り込んでくるような会話に乗せられて、ギター講師をやってることをポロッと言ってしまったことを、今更ながら後悔する。


「いや、今日はギターじゃなくて、、、えと、、」


言葉が続かない。何年ホストをやっても、嘘をつくことに慣れない。


レッスンの生徒さんと飲みに行くなんて言ったら、きっと香織は激怒する。

ホストに通う女の基準は常に金。男を金で買う女。

自分よりも担当にお金を使ってる女にはあっさり引き下がるのに、担当がお金を使っていない女と一緒にいるのは許さない。


「ギターじゃなかったらなんなの?女?キャスト飲み?まだ17時なのに?別に良いけど、帰るなら、もう今月お店に行かないから」


どんどん不機嫌になる香織。まずい。

自分の売上の50%は香織。今月もまだ先が長いし、来月はバースデーイベントが控えてる。

ここで切られるわけにはいかない。


「いや、ごめん!大丈夫だよ。もっと一緒にいよう。どうしようか?とりあえず、ご飯でも」


慌ててる様子が伝わるように言う。


「ご飯早くない?ま、いっかー。お腹すいたし!」


恋人繋ぎした手を振り回しながら、ニコニコとおどけて見せる香織。

可愛いと思うのに、自分の可愛さが分かってる振る舞いをする香織を見ると、一緒にいることが少し恥ずかしくなる。


仕方ない。ご飯だけ。


圭子さんにLINEする。

「お疲れ様です。

すみません19時半頃に到着します!

18時、間に合わないです。」


申し訳ないけど、香織に切られたらホストとしてはキツくなる。

上京したての頃は、ギター講師とライブサポートの仕事で食っていこうと思ってた。

甘かった。大手のマルハ音楽講師ですら、それだけでは食って行けない世界だと知った。

都心でなければ仕事がないのに、都心の家賃は高すぎる。

ホストになれば、新宿にあるキャストの寮に住める。東京のど真ん中の新宿に住めて、家賃も安い。

後ろめたさはあったけど、

ギターを続けるならやるしかなかった。

幸い、自分の顔には自信があった。


ホストはお客様を喜ばせて元気を与える仕事だけど、

ギター講師だって、ギターは教えるけど、結局練習するのは生徒さんな訳だから、モチベーションを上げてもらうという意味ではホストと同じじゃないか。

ライブだってなんだって、同じだ。娯楽。楽しませるのが仕事。

生きていくために、稼がなきゃいけないんだよ。


「ねぇ、聞いてる?」

香織の声が聞こえる。


「え、あ、なに?」


「ずっと携帯見てるね。あたしの話聞いてなかったでしょ。なに?今日なんかあんの?上の空で、つまんないんだけど」


「あ、ごめん。聞いてるよ。ごめんね。」

やばい。


「なんかあるんでしょ!もういいよ今日は!帰る!」

スタスタと駅の方に歩き出す香織。


「待って!ごめんって!」


咄嗟に香織の腕を掴む。


「触らないでッ!!」


大袈裟なくらい、手を振り払われる。


香織の声に、周りの人が何人か振り向いた。

あぁ、ダメだ。香織は今、自分に酔ってる。演じきってる。

新宿歌舞伎町で日々繰り返される男女の痴話喧嘩。

慣れない。何年ホストをやってても慣れない。

言い合いの喧嘩なんてしたくないのに、それをさせようと仕向けてくる。不機嫌を演じて、男をコントロールする女たち。

適当に遇らえばいいのに、どうしてもできない。


心臓の鼓動が早まる。汗が出る。怒って苛立ちを爆発させるヒステリックな女は、この世で1番見たくない。


「ごめん、、」


呟いた声が聞こえない位置に、香織はもう歩いて行った。 

ここは引き下がって、あとで連絡した方がいいか。あぁ、めんどくさい。



LINEを開くと、圭子さんからメッセージが来てた。


「はじめましてからスタートしませんか?」


「私が初回客演じるので接客してください!8分勝負ですー!笑」


どんなノリだよ。ふざけるな。

苛立ちが募る。


「絶対に嫌です」

と返信してやった。

俺は香織にとってはホストだけど、圭子さんにとってはホストじゃない。ギター講師だ。


「笑」

と、返信がきた。苛立ちが増す。


「飲むのまた今度にしませんか?

なんかそんな感じで会っても楽しくないんですけど。せっかく誘ってもらいましたが、今日は帰りたくなりました!」


と、打ち込んで送信。

もう帰りたい。今月、香織が店に来なかったらやばい。帰って電話して、機嫌を取らないと。


「ごめんなさい。

仕事のこと、あんま聞かれたくない感じなら黙ります。一応待ってますね。」

と返信が来た。


そういうことじゃないんだよ。あー、もう!そうじゃない。分かれよ。俺がホストだって知ってるだろ。


「いえいえ!別に良いんですけど初回接客して下さいとかは無しです。すみません、

もう帰ってる方向なのでまた今度にして下さい。」

と、送った。


もういいや。さっさと帰ろう。今はホストの方が大事。稼がないと。香織の機嫌を取らないと。


歩き出してすぐにまたLINEが鳴った。


「予約したのでお店に迷惑なので来てください。」


は?俺への迷惑は関係ないわけ?お店が大事なわけ?

どいつもこいつも。

苛立ちながら打ち込む。


「それも分かりますが。

では、自分からお店に連絡して謝罪とキャンセルのお願いすれば良いですか?

もちろんキャンセル料かかるなら自分が払います。」


金払えば良いんだろ。次のレッスンで払えばいい。なんならレッスン料金貰わなければいい。

めんどくさい。女はみんなめんどくさい。

お金を払ってるのだから優しくされて当然だと思ってる香織。

ホストだって人間だ。優しくされて当然だと思ってる奴には優しくしたくない。



寮に着いた。

ずっと閉まっていた携帯を見ると、画面には圭子さんからの返信が映し出されてた。


「縁切りたい感じですか?」


また、心臓の鼓動が早くなる。やってしまった。

しばらく、既読はつけたくなかった。





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