008. 霞仔神社

とりあえず外に出てみた。今は四万囚公園のベンチに座って今後のことを考えている。索野ちゃんは最後まで僕を引き留めていた。ぼくが出ていったら'また'1人になる。もう1人はいやだ。私もみんなと同じところに私も連れて行って…とその目はぼくを見ていなかったどこまでも虚でどこまでも…あの様子からしてぼくの両親はだめになってしまったのかもしれない。きっと僕があの家に行って会ったことも索野からすれば死人が会いにきたくらいにしか思っていないのだろう。

そういえばあの日記に書いてあった神社ってどこのことなんだ?

古い神社に行った…物理的に長い1日…なんのことかさっぱりである。だがしかし、あの日記、未来日記に書かれていたのだから悪いようにはならないのだろう。

だとすれば問題はどこの神社にいくかである。僕はオカルトが好きだったり熱心な宗教家ではない。そうなるとこの公園の近くにあるところだろうか…というかそこしか知らないわけだが…

ぼくはおもむろに立ち上がった。視線の先には長髪のセーラー服を着た女、夜神楽すずしがいた。

「やっと気づいたね」

そんなことを言いその女は微笑んだ。

おそらくこの怪異の原因であろう女は近づいてくる。一歩、また一歩。着実に僕への距離を近づけている。

「ずっと探してたんだよ?羽狩くん。10年前にきみとあの学校で出会ってから」


10年前…?

子供は辛かった思い出を気付かないうちに深層へと誘うらしい。

記憶の深層。真相。心の深いところにあるものにだれが手を出すものだろうか。

10年前。なぜ気付かなかった…

あの高校の花壇で蛇を押しつぶした彼女をどこかで覚えている。彼女は空から降ってきた…鈴蘭の眠り姫となっていた彼女を確かに見たはずなのに…


夜神楽すずしは存在しない?いや違うこいつは神様だ。あのシスターが言っていたじゃないか。幸せはあくまでも主観だ。客観的に見て幸せそうでも本人がポジティブとは限らない。じゃあ僕の前で笑うこの死人は不幸なのか?

答えは否である。

彼女は不幸ではない。では死人は幸せなのだろうか?それも否だ。

では彼女は誰なのだろうか。そう目の前の化け物は夜神楽すずしではないだれかだ。だがしかし、あの日会った彼女は夜神楽すずしなのだろうか?それは今はもう分からない問いである。

「どうしたのはかりくん?」

彼女は笑った。

ただ満面の笑みで。

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目をさますと木造の建物の中にいた。

しかしよくこの頃よくぶっ倒れる。最近疲れているのだろうか?あまり疲れてはいないと思うのだが疲れてないと断言するのは難しいと思える。

天井から目を逸らすとなにやら儀式のようなものをやっているようだった。

手を上に伸ばし、下ろすとなにやら紙のようなものの感触があった。

見るとお札である。起き上がってみて分かったことだがどうやら僕の周りに尋常じゃない量のお札が貼って(置いて?)あることが分かった。

「おーい」おくにいる巫女に声をかけてみた。だが反応はしない。聞こえてないのだろうか。彼女の奥では炎が怪しく揺れる、揺れる、揺れる、揺れる。その炎はどこまでも僕を魅了した。左右に舞い、手を合わせ、祈る。ぼくはまさに神域に居た。どこまでも神々しくもうこれでいいと思わせる魔力を感じさせていた。

「だめです。まだあなたを終わらせません。」

指先は熱く揺らいでいた。神聖なる炎の遊糸によって。

「あっつ!!!」

ぼくは後ろに思い切り尻餅をつく結果となった。

「いったあ…」

巫女さんはじっ…とぼくを見つめていた。お札を数枚破いてしまった気がした。

「私は知っていましたよ。あなたがここにくることもあなたが消えそうになっていることも。」

「消えそうってどういう?」

「少し手をご覧になってみてはどうですか?」

巫女さんの影はずっと揺らめていていた。その影はぼくの手を透過して、お札に影が出来ている。

なんだこれ…

「不思議そうな顔をしていらっしゃいますね、でもこうなるのも仕方のないことです。だってあなたはこの時間に存在するべきヒトじゃないんですから。」

「それってどういう?」

疑問ばかりだ。昨日の夜から僕はずっと人に尋ねて危機を都合良く脱っしようとしている。だがこれが人間の本質なんじゃなかろうか?人に卑しく懇願し、能力のあるものの時間を奪うことしかぼくのような能力のない人間にはできないのだ。

「しょうがないです、君は何も知らないし何も知らなくていいんです。私の名前は高真ヶ原 小國。ここ霞仔神社で巫女をやっています。」

たかまがはらこぐに…どことなく索野会ったシスターに顔が似ているような気がするがおそらくそれは気のせいだろう。

「でその巫女さんがここでぼくに今なにをしていたんだ?どうせあの'虎'のことだろ?」

ぼくは少し挑発したように彼女に問いかけた。何も知らなくていいという彼女の言葉に少し不快感を持ったわけではない。

「あの'虎'…ですか」

彼女は少し含みを持たせた言い方をした。

「あなたは神様を信じますか?」

「信じる?まあ人並みに信じているよ。それに…」

ぼくはそれ以上言葉が出なかった。

「そうですよね。あの虎を見てしまうと信じますよねそういう類のコト」

「?」

「ああいうののことを、私たちはアリスとかテラスって呼ぶんです。」

アリス…

「悪魔とか妖怪はアリス、神様はテラス、そうやって分けられてるらしいです」

「らしいってどういうことだ?私『たち』っていうくらいなんだから、そういう組織が存在してるんだろ?」

「それはですね…」

彼女は少し閉じた。

「あなたが私になんて言われたのかは知りませんがあなたはそれを追求するべきじゃありませんし関わるべきじゃないんです。化け物は常にそこに居るのですから」

少し飲み込めないところがあったが我慢することにした。おそらく今のぼくでは判断のしようがないと思ったからだ。

「あの虎の神様。うちの神社の神様だったんです…でも変わっちゃったんですアリスに」

彼女は少し目が赤くなっていた。

「ちょっと待ってくれ、そのアリスっていうのに変容してしまうものなのか?元々あの虎はテラスもとい神様と思っていたんだが…」

「変わりますよ、そもそも変わらないものなんてありませんよはかりさん。万古不易と言いますが永遠なんてものはありません。変わりゆくいくものこそ世界であるのです。ですが…神は別です。」

「なんで神様は別なんだ?たしかに超越した力を持つように見えたが…」

見えたそう見えたのだ。あの虎と会ったときもたしかに何かを超越したような力を。

「はかりさんは今何歳なのでしょうか?体感でいいですよ。」

「16歳だ。」

「私は23歳です。」

それがこの話とどう関わるんだ?

「なにがなんだか分からないって感じですね」

彼女は微笑んだ。

「はかりくんはまだ分からないかも知れませんけどオトナになると変わらないものというものが心を安心させるものです。変わらない景色変わらない家、変わらない本などなど多岐に渡ります。ですが実際は違います。その景色は少しずつこの世界に依存し変わりますし、家も私たち住む人間が成長することで様々な特性を得ます。」

そんなものなのだろうか。ぼくたちは常に変わり続けるのだろうか?僕たちが昔読んだ漫画の面白さも初めて歯が抜けたときの痛みも妹たちが産まれた時の感動も全て変わっていくものなのだろうか。

彼女を見ると少し俯いていた。悲しそうに、まるで別れを告げられた神様の花嫁のように。表情からは悲しさだけが溢れ、やがてこの神社を充した。

この人もきっと。

「らしくないこと言っちゃいましたね。私たち今日出会ったばかりなのに、この出会いも神様がしてくれたのかもしれませんね。****様は縁結びの神様でもあるのです。」

彼女は再び笑顔をぼくに向けた。

「あともうキャラ作らなくていいかな?」

「え?」

いやめんどくさいしと彼女はそう付け加えるのだった。

「できみが消えそうなのは単純にこの世界のニンゲンじゃないからだと思うよ。」

この世界の人間じゃない?

「それってどういうことだ?ぼくは2年間昏睡してたんじゃ…」

いやおかしい。2年間も昏睡?そんなこと現実であるわけない。じゃあぼくは2年間何をしていたんだ?

「そうだよおかしいよね、仮に2年間も昏睡してたなら君が生きてるわけないもんね。まあいわゆる『神隠し』ってやつかな?」

「神隠し…」

「そう神隠し。昔は天狗攫いって呼ばれてたこともあったりしたらしいけど。それになぞらえるなら蛇攫いってとこかな?」

「蛇?虎じゃなくてか?」

「そう蛇。蛇は神様の遣いとかいうでしょ?」

神様の遣い…

「君もここらへんの人が『蛇』になってるの知ってるよね?」

「ああ一応…というか妹が…」

アキちゃん…

「一尺二寸 明野(かまたり あきの)ちゃんね、知ってる。ドーンインポスターズってよく言われたものだよ!」

「なんだその恥ずかしい名前は…」

まるで中学生みたいだな…

「まあ私、20いってないし許してよ」

彼女はまだ高校1年生だし、だましてごめんと付け加えた。

「さっきは偉そうなこといってごめんね。私はかりくんより年下なんだ」

「別に年齢にこだわったりしないから大丈夫だ。それより…」

ぼくは自分の左手をもう一度覗いた。奥には木の板が見えている。

「神隠しが原因なら多分あの蛇神をなんとかすれば君は元に戻るよ」

元に…

「ちょっと待ってくれ、元に戻るってぼくはどうなるんだ?」

ぼくは2年間攫われていたのだ。俗世とも切り離されたどこかの世界で。そんなぼくがこの先妹達と3人で生きていけるのだろうか、それこそ夢物語というものだ。

「とりあえず、これ」

彼女は2つの縄を僕に渡した。面にはよく分からない記号のようなものが描かれている。

「それあげるよ。君が助かる方法だね。一つは予備」

ずいぶんと余裕のある表情である。この縄をどうしろというのだろう。

「それを蛇神に巻くの簡単でしょ?」

「簡単って…」

「なんでかは知らないけど彼女、君に好意を持ってるんだよ。神様に気に入られるってはかりくんは意外とすごいんだよ」

「意外とは余計だ。それにあんな物騒な神様なんてぼくから願い下げだ」

ぼくはまた嘘をついた。恩人に似た彼女に。

「しー!あんまりそういうこと言わないの!相手は『神様』なんだよ!そういう言動には気をつけないと!」

そこにいたのは表情豊かな彼女だった。あのシスターも世界が違ったらあんな隠すような顔以外も出来たのかもしれない。だがそれを世界は許さなかったのだろう。

でもぼくは力を持っている人間じゃない。例えエロが世界を支配していてもぼくがなれるのは精々あきちゃんの補佐官くらいだ。それも完全な縁故採用だし、ぼくに力があるから出来ているわけじゃない。

「…て…き…て…?聞いてる!?」

「すまん小國。ちょっと考え事してた」

「もうそんなんだから!はかりさんはダメなんだよ!」

そんなんだからお兄ちゃんはダメなんだよ!

そこには僕の妹と似ても似つかない巫女服の彼女だけがいた。

「とりあえずこれは巻くだけでいいの!本当はもう一つ必要なんだけどそれは私が…というかおじいちゃんが神木に巻いてくれてるから!」

「それってどういう仕組みなんだ?」

専門外でも知りたくなるのがぼくの悪いところである。まあ知っているのと知らないのでは理解ややる気が違うものだし、今はいいとしよう。

「理論?多分はかりさんが考えてるような難しいことじゃないよ。ただ…」

「ただ?」

ぼくは固唾を飲み込んだ。

「ただ虎と蛇神との魔力回路を繋ぐだけだよ」

「魔力回路を繋ぐ?」

「そう繋いじゃうの、ガチャコーンって。これで終わり。でもこれをしたら…」

少し暗い表情を見せた。仕様のないことだ。なんといってもこの方法は。

夜神楽 すずしを消し去るというものなのだから

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