006.パラレルスリップ
彼女は話が終わると立ち上がった。話はこれで終わりだよ。それとくれぐれも邪魔だけはしないように…あと、彼女のお弁当だけは食べちゃだめだよ?君も『イケニエ』になっちゃうからね…と言い残し教会を出た。その目は酷く冷たく奇しくもあの虎と同じように感じてしまった。
「ああ、人から見れば化け物か…」
彼女の言った言葉の意味が少し分かった気がした。しかし、お弁当を食べちゃだめ?どういう意味なのだろうか。
彼女の座っていた椅子にはかの日記が置かれていた。手にとってみる。裏表紙も真っ白である。表紙には名前が…Arla?なんと読むのだろうアーラ?彼女の名前だろうか。表紙を捲ると表紙とは裏腹な小汚い字が書かれている。少し残った空白にはすこし黒ずんだ見覚えのある跡。もう少し表紙が汚くても良いはずだが…何もかもが違和感だった。まさにアーティファクトこの二面性…というか印象の差が場違いな物体と呼ばれる所以なのだろうと悟った。しかし、問題は表紙との差ではない。むしろそんなことはどうでもよくなる。問題はこの文字…これは…僕の字だ…だけど何故?1ページ目にはこう書かれていた。
今日は長かった。久しぶりに家の近くの古い神社に行ったりした。長いと言っても感覚的な長さではない。物理的に長かった多分信じないと思うけどざっと1年分くらいの長さ、最初は死のうかと思った。けど妹達のお陰で助かった。すずしが助かったからいいと思った。
……
僕はそれをそっと閉じた。少し寒気がしている。何かが僕を見つめている気がする。だがしかし、この教会にはおそらくぼく1人だ。ぼくはそれを気のせいと思うことにして寝ることにした。
寝そべると教会は思ったよりも狭いことが分かった。まあいいや…_________
外から雉の声が聞こえてきた。スタンドガラス越しに陽が射しているのが分かった。どうやらあの一件は夢ではなかったようだ。教会の中ではほこりにも陽が当たっており教会の老朽化が目立っている。
「朝か…」
ぼくの独り言が教会の中を反射している。ズボンのポケットからスマホを取り出し画面を見ると6:53と表示されていた。とりあえずスマホを開くとすごい量の不在着信があった。当たり前か…あのあとは親にも妹達にも連絡をしていない。これでぼくも立派な不良少年の仲間入りである。ゲームのログインボーナスでももらってからかけなおそう。アプリを開いた。いつもの聞いた女声優の声…とは少し違ったものだった。画面を連打してみた。
画面には『4.1㎇のダウンロードが必要です』…との文面があった。
ダウンロード?大型アップデートだろうか…?だがおかしい…最近(というか昨日)アップデートがあったばかりだし、あまりにも早すぎる。4.1㎇ってゲームの環境4、5回変わるほどだぞ。あまりのゲーム脳にこの時ばかりは驚いた。
ふと枕元を見てもその日記はなかった。
「とりあえずここから出るか…」
これがこの世界のバグでないのであればぼくは時を超えてしまったようだ。
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木の葉の影は僕を林の中に隠している。ぼくの一挙一動に連動して低木の枝が服に刺さる。一体ここはどこなのだろうか…教会から出て数十分は経っているだろう。僕が土を踏む音は蝉時雨によって掻き消されていた。
「あっつー…。」
スマホは解約されていないようで教会を出る前に見たカレンダーは2019年7月3日(月)と表示されていた。夏相応の暑さである。一体何°くらいなんだろうか…しかし、それを調べる気力もバッテリーも残ってなかったからだ。
目の先の林から光が漏れている。あともう少しだ…
「やっと出れた…」
どこだろここ…目の端には身を覚えのある文字を捉えた。
利朝……囚…万公…
間違いない。あの夜見た字である。高校生になっても読み方が分からないあの公園だ。しかし、なにか妙だった。人がだれもいないのである。遊具には黄色や赤・青のコーステープが巻かれていた。砂場の周りにはカラーコーンが置かれ入れないようにしているのだ。きっと気のせいだ。この不安感も、体中を駆け巡る冷たさもきっと気のせいだろう。ぼくはこの公園から駆け出した。どこに?言うまでもない。家だ。あの家はまだあるのか。不安だった。心配だった。あの家が妹たちが。家族が。思ったよりもはやく家に着いた。
「はあ……はあ…はあ……。」
僕は唾を飲み込んだ。外観はなんてことない普通の家である。玄関のドアノブに手を付ける。
「開かない…」
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
必死にドアノブを動かした。奥から音が聞こえる。
ドタドタドタドタ…
誰かが居る。母さんだろうか、いや父さん?はたまた引きこもりの妹だろうか。
ガチャ…
鍵が開く音が僕の耳の中に入った。扉がゆっくりと開く。可愛らしいアホ毛がこちらを一瞬覗いた。
「おおおおおおおおらああああああああああああああ!!!!!」
拳が僕の顔面に『直撃』した。あまりの衝撃に尻餅をつき、おまけに鼻血が出てきた。
「いっっっっっっったああああああいああああ!!!」
僕を殴ったのは妹だった。アホ毛が目立つロングの少女。『一尺二寸 索野』
ぼくを虎の巣食う町に繰り出させた女である。
「ああ。なんだ兄ちゃんか。」
ぼくはすぐに立ち上がった。あぁ。頭がクラクラする…
「てかなに殴ってんだ!!!」
ぼくは思わず声を荒げてしまった。
「なんでじゃねえ!!!!!」
妹はぼくに頭突きを喰らわせた。
「あっだ…」
目の前が暗くなり、意識が薄くなっていった。
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