005.My sister

目を覚めますとなんだか綺麗なところにいた。窓ガラスからは夜の闇が射している。

「どこだここ?」

僕はレッドカーペットの上で寝ていた。体には紫のシーツが掛かっている。少し上がっているところで寝ていたようだ。左を見るとそこには1人の男性が十字架に括り付けられていた。

「ひっ」

よく見ると何度かテレビなどで見たことがある。教会なのだろうか?下に敷かれていたレッドカーペットは少し冷たかった。

「よお、起きたか?少年」

扉を開け誰かがこちらへ歩いてきた。金木犀のような髪を下ろした髪は黒のキャミソールにショートパンツのジーンズを着た彼女の腹のあたりにくるまで長かった。

エロすぎんだろ…この女が僕の買ったものにゲロを吐いたという事実に僕は救われたのだった。てかスラブ系の人か?美人すぎてやべえ…

「おいなにじろじろ見てんだ…襲うんじゃねえぞ」

「ゲロ女のこと襲うわけねえだろ!」

「あ?私は命の恩人だぞ」

その通りではある。だがゲロ女を襲う男などいるのだろうか、いやいないだろう。女性は品が大事なのである。

「まあいいか。で傷とかは大丈夫か?肩はとりあえず応急処置したけど」

肩を左手でさすると虎に抉られた傷はもうなくなっていた。 

「一体どうやって治したんだ!?」

彼女は少し悩んでから答えた。

『魔法』…と

「魔法?」

僕は少し戸惑った。魔法というのは幻想ではないのかと幻ではないのかと妄想厨の産物なのではないかと彼女はその問いに

『否』と答えたのだった。

「まあ魔法って言っても色々種類があってね、起源は各地域の伝承や宗教から来てるんだよね。さっきの虎を倒したのも魔法の一つだよ。」

「一つ質問いいか?」

「ああいいよ」

僕は唾を飲み、興奮を抑えた。

「僕にも魔法は使えるのか?」

「あははははははははあっはっはっはは!ぶふ!ふぁはは!」

彼女は笑いこけていた。耳の辺りが熱くなるのを感じた。恥ずかしさのボルテージがMAXにまで近づいていた。彼女の笑い声が少し落ち着くとまた喋りだした。

「君は面白いね、見たところ中学生には見えないけど、一応君にも使えるよ」

恥ずかしさで沸騰しそうだった。一瞬だけ取り戻した厨二病の心は失われた。

「さっきも言った通り魔法には色々な種類がある。まず私が使っていたのは魔術、これの起源は西洋魔術となる。他にも式神、祈祷、星読み、呪術、蠱毒とか色々だね。一般的に西洋魔術がこの界隈を仕切ってる訳だけど。」

「じゃあ僕でも火の玉だしたりできるのか?」

「頑張れば出せるんじゃない?まあ君に出せるのは白いミルクが関の山だと思うけど」

そういうとケラケラとまた笑い出す。やっぱり女性には『品』が大事だな…

「真面目に答えると君じゃ魔法は絶対に使えないけどね!」

そしてまた笑い出した。

「ああ、分かったよ。それともう一つ二つくらい聞きたいことがあるんだがいいか?」

「ああ一つはここが何処か、あとさっきの虎について…だろ?」

「なんで僕の聞こうとしたことが分かったんだ!?」

こいつ僕の心が読めるのか?そうだこいつは魔法を使えるんだ何か隙を見せたら何をされるか分かったもんじゃない。

「安心しなよ、別に取って食おうってわけじゃない今の力はこいつの能力さ」

女は一冊のノートを取り出した。しかしただのノートではない真っ白な蚕の糸のような純白の一冊。表面には『Arla』と書かれていた。

「おい、その本もなんだ…ずっと僕について来て気持ち悪いんだ」

「これかい?これは『未来日記』だよ。私たちはこういう異質な物をこう呼んでいる場違いな物体(アーティファクト)ってね」

「名前なんてどうでもいい。そいつはなんだ?」

「おいおい名前なんて…?名前は命そのものだよハカリ君」

「なんで僕の名前を知っているんだ」

疑問が次から次へと湧いてくる。なんなんだこの人…

「そんなことはどうでもいいだろ」

「失礼だな人の名前をどうでもいいなんて」

なんなんだこの人…シスターか?にしてはふしだらだが…僕は彼女の首元に目線を向けたがすぐに逸らした。決して胸部を見たかったわけではない。

「そう言うことだ。名前はその本質を表すんだ。私たちは知らないものに名前をつけることで本質を見抜いて今の時代まで生きてきた。名前がなけりゃ君はその言葉を検索エンジンにかけることも出来ない。ゴーグルもヤホーもバンクでも言葉をそこに代入することで知ることが出来る。」

「ん?結局なにが言いたいんだ?」

「結局…か…結論はいらないよその事実が大事だ。名前は未来日記これだけで大体予測がつくだろう」

「まあ、なんとなくな。」

未来…自分とか他人とかのを未来を予測?して見るノートなのか…でも何か書いてあるってことは表紙はもう少し汚れていてもいいはずだが

「さっき自分で言ったからあれだけど予測…とはちょっと違ってねそれは未来を確定させるんだ。足掻こうとしても変わらない真実さ。いやそれすらも未来の要素なのかもね」

「難しい話はよしてくれ僕はそんなに頭はいい方じゃないんだ。結局あの虎はなんだ?ただの虎だなんて言わないよな?」

女は少しだけ考えて答え始めた。

「虎…そうだね、哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属に分類される食肉類。同属のライオン、ヒョウなどともに猛獣に数えられる動物だ。ただ一つ違うのはあれはここ利朝(とみあさ)市に巣食う化け物でありカミサマだよ」

化け物?たしかに虎は人間目線で考えたらとんでもない化け物である。しかし、その程度の説明で僕は納得できるわけではない。あの神々しさ。あの空気感、まさしくこの町を支配している。それは間違いのない事実だ。まさにあれは…

そんなことを考えていると女は一本のタバコを取り出し火をつけた。

銘柄の名前は『advance of life』芳醇な香りとバニラの甘さに加え林檎の風味とミントのアクセントが癖になる一本だ。と後に彼女は語っていた。

「ん?どうした欲しいのか?ほいっ」

女はそれを一本僕に投げつけた。

「おい、まだ僕は未成年だぞ」

「まあ硬いことは言うなよ。私がお前くらいの時はよく吸ってたぞ」

おいおいこいつ聖職者(シスター)じゃないのかよ…

「聖職者(シスター)ってのは神の法を破らなければ現実の法を守らなくて良いのか?」

「おいおいそんなんじゃないよ私だって法律は守るよ。郷に入れば郷に従えってね。でもさ君それだけじゃ人生つまらなくないか?いいか?だれかに掴まされた平等や平和、自由の味は君に渡した一本のタバコに負けるんだ。まあいいから持っときなよ、私は潔癖症だからね他人の触ったタバコは吸いたくないし」

「しょうがないな…」

僕は一本のタバコをポケットに入れた。

「話が逸れてしまったね、あいつは土地神だよ。ありたいていに言うならこの町に祀られた神様。今は守り神をやってるみたいだね」

「てことはあんた勝手に土地神を殺したってことか?」

「いやいや流石にそんなことはしないよ。それに彼らは半永久的に復活するように出来てるんだ。その代わり能力が落ちてたり知能を失ってる場合が多いけどね。復活するのは…んー大体2、3秒くらいかな?」

ん?2、3秒で復活するのか?

「さっき何回その虎を殺したんだ?」

「んー、君を運ぶのに結構時間がかかったからねざっと100いや200は行ってたかな」

やっぱりこいつやばいやつだ…宗教は違うだろうが仮には神様である。信仰心はあっても尊敬の念がフェードアウトしてるのか…

「別に特段たいそうなことをしたわけじゃない。彼はかなり弱ってたようだしね。」

弱ってた?むしろ僕を襲った時のやつはかなり活き活きしていたようだったが

「まあ彼『****』の力は大体3分の1、いや4分の1くらいだったのかな?流石に人の子が神に勝つって言うのは出来ないよ。私でも力を出し惜しんで勝つことはできないだろう。」

「まるであんたが人じゃないみたいな言い方だな」

「そうかい?異能を使えるモノを人間と言ってくれるのはとても嬉しいね。ところで君この後はどうするんだ?君が寝ている間に丑三つ時を過ぎてしまったし、戻る間にまたあの虎に出会ったら大変だろう。私からはここで朝まで待つことを提案させていただくこととするよ。」

「そうだな…」

「ところでだが君だけ私に質問をするというのも不平等だ。私からも君に質問をしてもいいかな?質問は一つだけだ。君は今日学校の屋上で女に会ったね?」

彼女の目はいままでにないほどの目の鋭さだった。猛禽類が獲物を狙うような目である。

「女?」

夜神楽のことだろうか?何か彼女に用があるのだろうか…というかなぜ彼女のことをこの魔法使いは気にしているのだろうか。

それはただの気まぐれだった。だがその気まぐれが僕を夜神楽をそしてこの化け物を混沌へと落としたのだった。

「悪いな、僕はぼっちなんだ。1人で昼食を食べていたよ。」

僕は『嘘をついた』命の恩人に対して。

「そうかすまないな。じゃあ質問を変えよう君は夜神楽 すずしという女の子を知ってるかい?」

やはり夜神楽かあいつは…といっても昨日知り合った仲だが気になる。一体この女は夜神楽になんの用があるのだろうか。こんなチンピラシスターに目を付けられるなんて運の無いことである。

「すまない。名前程度しか聞いたことがないよ。他のやつに当たってくれ。」

しばしの沈黙。女は頭に手を当て考えているようだった。そして僕と目を数秒合わせた。あまり見ないでほしい…面はいいのである。ゲロ女に惚れるなんて末代までの恥、いや僕が末代になってしまう。

「彼女…いま27歳なんだよね」

そういうと微笑みを見せ、私より年上とどうでもいい情報を付け加えた。

僕は少し鳥肌が立ち、このあとの問答を冷静に行える自信がなかった。

そうだ目の前にいるのは人ではない。

「ああ会ったよ。なんなら一緒にご飯も食べた。」

「ふーん。そうなんだ。彼女は君の学校 利朝(とみあさ)高校にいるんだね?」

「ああそうだ。でなんであんたが夜神楽に、夜神楽 すずしに何の用があるんだ?あいつはあんたみたいなチンピラシスターと関わる人間ではないだろ。それに…」

彼女の姿は高校生そのものだ。仮に一つ上だとしても…27?

「なに?君あの子のこと好きなの?若いっていいね」

「1日で好きになるわけないだろ」

また嘘をついた。

「まあいいや、君の女性の好みについて話しているほど暇じゃないし。君になら話してもいいかな…」

彼女は一つ呼吸をおいてまた話し始めた。

「あの子『神様』なんだよ」

「…は?」

神?夜神楽が?信仰、犠牲、祈りなどに応じて現世や来世で僕たち、祖先に恩恵を与えてきた上位の存在?夜神楽が?

「なにばかなことを言ってるんだ?神なんているわけ…いるわけ…」


今まではそうだった。今までは…あの虎と出会うまでは…不可思議は急速に現実を得た。僕の中で形作られた。溶けた氷はまた形を得たのだ。

「自分で納得してくれて嬉しいよ。話がスムーズで良い。まあその虎が原因なんだけどね」

「?」

「さっきも言っただろ彼は元気がないんだ。力を失ってるんだよ。」

「神は信仰、犠牲、祈りに応じて現世に恩恵を与える。まさか…」

今までに無いくらい頭が冴えていた。だけど信じたくなかった。まさか夜神楽すずしは…

「そう彼女は即身仏、人柱さ。もっとも彼女は『神様に捧げられる神様』だけどね」

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