004.山月記
街を彩るネオンサインの外を出ると聞き覚えのある音楽が僕の耳に飛び込んできた。手にはベーコンレタスの入ったビニール袋が一つ入っていた。もちろんこれは僕の趣味ではない、索野の趣味である。空は操り人形となった僕の心を癒したが少し離れた場所にあった黄色の兎は泥遊びをしようとしていた。
「はー…」
閑静な住宅街に吹く僕のため息は初夏のぬくい空気と混ざり合っている。
「てかなんで僕がたかが血が繋がってる女のおかずを買ってこなくちゃいけないんだよ!」
僕はギリギリ聞こえないような声で怒りを吐露する。そもそも、ぼくが親にテストを見せないのが悪いのだ。というかなんであいつぼくが今回4科目赤点だったって知ってるんだ?コンクリートの塀のすぐ隣にある電柱には羽虫が群がっている。まあ僕が親にテスト結果を教えていないのが悪いだけなのだ。と自分に言い聞かせ心を落ち着かせる。そんなことを考えていると家の近くにある公園が見えてきた。その公園の少し先を右に曲がってすぐのところが僕の家である。しかし、すぐと言っても田舎の民である僕にとってすぐとは500m以上は歩かねばならないので意外と距離があるようにも思えてくる。
『ナニかが僕を見ているように感じた』
その視線は背後から夏に似合わな冷たい雨のように背中を撫でている。しかし、次にそれを感じた時は僕を見定めているようだった。馬鹿なのか利口なのか歳の取った骨董商のように価値の有無を物に問うようにその主からのものは少し湿っぽさも感じさせた。夜道を怖いと感じるのは人類の遺伝子に刻まれたものなのだろう。獣は夜行性の物が多く暗闇からその歯を人間に向けてきた。獣といっても兎から狐、日本にはいないが虎もそうだ。僕の足の動力は暗がりへの不安で塗り潰されつつある。僕は少し早歩きで家に向かうことにした。公園の横を通る時、公園の看板にはすこし苔が生えており看板には少し目を凝らすと見える程度の『囚四万公園」という文字が見えた。としま公園というのか相変わらず読み方が分からない公園であり夜の不気味さとマッチしている。
僕の耳を何かが舐めた。それは獲物に認定した対象を逃さないように僕にマーキングをしたようだ。最初は右をそして次は左を…僕はゆっくりと振り返った。影は僕より遥かに大きかった。
『そこには大きな虎がいた』
「と…ら…?」
鋭い爪は僕の顔目掛けて一直線に飛んできた。
僕は『死』を覚悟し、悟るように目を閉じた。
ああ…もう終わりか…なんやかんやいい人生だったかもな。しいて言い残すことがあるとすれば夜神楽に想いを伝えられなかったことだが…
しかし、僕を傷つけようとしたそれが僕にあたることはなかった。
「走って!早く!!!」
セーラー服の誰かが僕の前に現れた。その声の主はそう言ったあと甲高い悲鳴を起こした。彼女はコンクリートに叩きつけられた。彼女のセーラー服は虎の爪に晒されボロボロになっていた。しかし、ボロボロになった服の隙間には直接引っ掻かれた後があるわけではなく致命傷ではないようだった。僕は顔を見ようとしたが彼女の『逃げて!逃げて!早く!!!』という悲鳴にも似たその声に気押され顔を見ないまま走った。走って、走って走りまくった。公園の角を左に曲がり疾走した。虎はやはり僕を捕食対象として認識しているようでセーラー服の彼女など興味はないのか追いかけてきた。運動不足な僕にとっては犬との散歩ですらきついのだ。ましてや虎など追いつかれない訳がなかった。僕の背中を虎はその鋭い爪で引っ掻いた。コンクリートに強く叩きつけられる。まだ手にはビニール袋があった。仰向けになった僕のすぐ横には白い一冊のノートがあった。どこかで見たことがあるような。これのせいだ真っ白なノート、それはまた1人でちょこんと僕がここに来るのを知っていたかのように『気持ち悪い』まじでなんなんだよ。意味分からねえよ。
虎はゆっくりと俺に近づいてくる。恐怖は極限までに達していた。グルルグルルと虎はその犬歯からは涎が垂れ落ちた。涎が落ちたのと同時に僕に飛び乗ってきた。虎は最低でもヒトくらいの重さがあるはずだが何故か重さはなかった。死を感じたことでそのような感覚もアドレナリン?で無くなっているのだろうか。しかし、そんな現実逃避が意味をなす訳もなく目の前の虎は僕を常に食べようとしていた。
虎は僕の肩のあたりを噛んだ。痛みはなくただ喰われるだけだった。ここで終わりかな。そっと目を閉じた。
てか俺情けなくないか?
妹にパシリにされて、女の子に助けてもらったのに人生諦める?ここで死んだら、ここで死んだら…ここで死んだら…
「ここで死んだら学校のやつらに…ホモ野郎だと思われるじゃねえかーーー!!!」
僕は左手に持つBL本の入ったビニール袋で虎の腹のあたりを殴った。
「くそ!くそ!どけ!どけえええええええ!!!!!」
心臓の鼓動は加速し続けている。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
虎は容赦なく僕の肉を噛みちぎっていく。右肩には赤のなかに筋のある白色が見えている。月は暗雲に埋もれそれは兎が隠れているかのようだった。
もうだめなのだろう先ほどまで動いていた左手も動くことはなかった。
もう…
「宜候!!!」
「がる?」
虎は後を見る…と'同時'に吹き飛ばされた…
虎とは違う金色の髪を晒した聖職者(シスター)は虎の頭に飛び蹴りをかましたのだ。虎は数メートル先に飛んで行った…
「ふーう…大丈夫か?少年」
そういうとシスターは僕に手を差し出してきた。僕はこの手を握るのを迷っていた。
「あれ?そんなにあの虎にやられた痛みがあるのか?」
痛み…痛みがない!?僕はとりあえず彼女の手を取ることにした。
「あ、ありがとうございます」
「おう!きにすんな!ところでそのビニール袋貸してくんねえか?」
「まあいいですけど」
僕はビニール袋をそのシスターに渡したのだった
「お、ありがとう」
BL本の入ったビニール袋を渡したのだった…
一旦返してくれませんか?と言おうとしたのも束の間彼女はもうビニール袋の中を覗き込んでいた。もう終わりだ…今死にかけたところだがシスターに中のものを見られた。なんて神は残酷なのだろう。
彼女は少し苦い表情を浮かべていた。あっ…ちょっと引かれてるのか?こんな美人の人に?
「ぐ…ぅ…」
ん?その聖職者はてを口元に抑えた。
「がっ…!あ"ぅっ…ゔぅお"あ"」
まさかな
「げぇぇえぇえおええええがはっ…ご"ほっ…え"」
ええ…
「あのー大丈夫ですか?」
ゲロシスターはグットのハンドサインをした。あ、ダメなやつだ。
そんなやりとりをしていると虎は立ち上がりこちらに近づいてくる。
「"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」
先ほどまでの恐怖を思い出しパニックになり取り乱してしまった。
ゲロ女はビニール袋を投げ捨て僕の右肩に手を置いた。
「あー…ちょっと待ってて」
顔はゲッソリしていたが少しかっこよかった。ゲロを吐いてなければ惚れていたことだろう。彼女は僕の近くに落ちていた白いノートを拾った。
「ああこんなところに落ちてたのか、たく勝手にいなくなりやがって」
彼女は胸にあるポケットからペグシルを取り出し何かを書いているようだった。
「うっし!これでいいかな。おい!」
「はい!」
「これ持ってて!」
彼女はその白いノートを僕に投げた。中を見ると変な絵が書いてあった。一本の槍に三角形が刺さっている絵だ。周りは六芒星で囲まれている。
「よーしやるぞ!」
そういうと彼女はとんでもない速さで虎に近づいていった。動きにくいシスター服だろう修道着でも顔の近くまで一瞬だった。がしかし虎はそれを待っていたかのように左の前足でカウンターをかけようとした。
さらにそれをシスターは右手を盾にして受け止めたのだった。腕からは少し血が流れているようだった。シスターの左手にはまだペグシルがあった。彼女は虎の頭に何かを一瞬で描いた。
「もう終わりだよ」
彼女はそう言った。虎の額には一本の線に三角形と六芒星。あれは?
「永遠の剣_ベビー」
虎は青色の数本の剣(つるぎ)に貫かれその場で絶命したようだった。
「なんだよ…これ…なにが起こったんだ…?」
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