002 鬼火焼き

僕は一人屋上の一角で昼食を嗜しなもうと屋上を目指していた。別に友達がいないわけではない。むしろ多い方だと自負している僕だが今回はゲームのアップデートのため早くログインしたいという心理である。長い螺旋階段の途中にこの先立ち入り禁止の看板があったが僕はそれを気にも留めず進んでいった。そこから少しして階段を上がり終えると僕の前に重厚な扉が現れた。かなり年季の入った扉がさらにその存在感を後押ししているように感じた。僕はそれに手を伸ばし、開けた。

やはり少し錆びているのか扉が重いように感じた。ふわっとした夏の陽気に暖められた風が僕の体を包み込んだ。

先には黒ずんだコンクリート上にあるベンチで昼食を取る少女が1人僕を見つめていた。彼女の持つ瑠璃色の髪は屋上に吹く暖かい風になびいてた。

「あら…来客?珍しいですね。」

その瑠璃色の色とは反対の白いセーラー服を着た彼女はそんなことを呟いた。少し悩んだ末に彼女は太ももに乗せた弁当をそのベンチに置き立ち上がり僕の方に近づいてきた。僕はその異様な彼女の雰囲気に抜け出せなくなっていた。

来客…というからには前からいたのだろう。だが、前…と言ってもせいぜい一週間である。たまたま会わなかっただけか?とそんなことを考えていた。

「あなたの…あなたの名前はなんでしょうか?」

彼女はそんなことを言った彼女に対してこう返した。

「名前を聞く前に自分で名乗るのが礼儀だろ?」

そんなことを。彼女からすれば僕はとてもませたやつだったかもしれない。

彼女は少しの沈黙のあとにこう答えた。

夜神楽(よかぐら) すずし と夜の神楽、夜に騒ぐ祭り、とだがしかし、彼女の様子からはそんな騒がしい様子を感じることはなかった。むしろ静かに佇むその様子は線香花火を想起させる儚さを伴っている。

僕は自己紹介をする前に小物のような咳払いを入れた。

「僕の名前は 一尺二寸(かまつか)羽苅(はかり)だ。

かまつかは一尺、二寸と書く、はかりは測定や図形のはかるじゃなく羽、そして草苅りの苅だ。」

「はかり?面白い名前だね」

なんというかすごい気まずかった。初対面ということもあるが彼女のそのそこに存在しないかのような白い肌に見惚れていた。

「…なんかついてる?」

口調が変わった…?

「い、いえなにも」

気のせいか、夏の暑さは僕の頭をおかしくするのには十分だ。

「でなんではかりはこんなところに?やっぱりお弁当を食べにきたの?」

「まあ、そんなところだ…」

死んでもゲームがしたくて屋上に来たなんて言えない…なんか悪いこの人に悪い気がする。

「じゃあ一緒に食べない?私も1人で退屈してたからさ!いいかな?」

彼女は上目遣いで聞いてきた。自分より少し身長の低い彼女の上目遣いはバッターボックスに立ったストライクゾーンに投げられた豪速の球となりそれは最速の169.1キロを超えて、大幅にその記録を更新した。これは健全な高校生からしたらよろしくない。

落ち着け、落ち着くんだ。

「ふぅ…。」

「大丈夫?」

「あー、すいません。大丈夫です。」

「じゃあ一緒にご飯食べよ!」

彼女は出会って一番の笑顔を見せた。僕はその笑顔に釘付けとなり彼女に一夏の恋という病を患った。食べている間は互いに口数が少なくなった。彼女のお互いに出会ったばかりなので当たり前といえばそうだがなんとか話しかけてみたいところだ。そういえばずっと気になっていたがちょっと腕が当たるのが気になる…

「かぐらさんってもしかして左利きですか?」

「うん!もしかして腕気になる?一応右も使えるけど」

そういうと彼女は自分の箸を右手に持ちかえまた食べ始めた。

「両利きってすごいな。僕も昔左利きの練習してたんだ。」

彼女はふーんと素っ気ない返事をしながら卵焼きを箸で掴もうとしていた。

「まあ私もずっと両方使えたわけじゃないよ。いつからか使えるようになったんだよね左手、ずっと右利きだった筈なんだけど。今日みたいな暑い日に卵焼きを掴む箸が左側にあったのに気づいた。なんでなのかはよく分からないけどね。」

そう言うと彼女は掴んでいた卵焼きをはむっと口の中に放り込んだ。

彼女の美味しそうに食べる姿にどこか救われる僕がいたような気がした。

そんなことを考えていた僕を横目に見た彼女はあと一つ残っていた卵焼きを僕の方に恥ずかしそうにしながら突き出した。

「これあげるからはかり君の卵焼き交換しよ」

「ああ、いいけど…」

この時僕の鼓動は等加速度運動のように心拍数は上昇していた。これって関節キ…

「はやく……」

これが彼女いない歴=年齢の人間の悲しい妄想でないことを僕は望んでいた。これは僕の始めた物語だ。これは僕が始める物語なんだ。

僕は突き出された卵焼きいやその卵焼きを掴んでいる箸に狙いを定めていた。におもいっきり齧りつこうとした。

ーンコー…カー…コ…ンキー…コー…カー…

「ん…?」

キーンコーンカーンコーン

「あっ…」

彼女は鐘の音が鳴るとともに卵焼きを自分の口に頬張り、なにやら急いでる様子だった。彼女が卵焼きを飲み込んだ時お弁当を完全に片付けていた。

「ごめん!また明日、会えたら!一緒に食べよ!じゃね!」

そういうと彼女は屋上から立ち去った。夏空に吹ける風のように。白いセーターを着た彼女は夏空に溶けた氷は溶けることなく昇華してしまったようだった。山風との出会いと別れに放心した僕は彼女が隣で座っていたところにそっと手を置いた。

「あっっっっつ!!!!!」

ベンチは彼女の存在を忘れてしまったかのようだった。彼女の熱は夏の大気と混ざり合い取り込まれてしまったようだった。

僕はこの時だけはワイシャツに透けた下着を見れる夏よりも彼女に触れられる冬に少し嫉くのだった。



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