食事

東京駅の前、私はポツポツと降る雨の垂れる軒下にいました。大時計が10時1分を示したときに彼は来ました。

「遅れてしまって、すみません。」

彼は傘を折って深々と頭を下げて私に言いました。軒下から垂れる雫が頭を通してコンクリートに打ち付けられました。私はますます、抑えるのに必死でした。

ハイカラな店、私のような、と躊躇いを表には出しませんでした。

席につくと彼はテーブルから私に注文表を渡しました。

「ここのお店はね、フレンチのコースが一番美味しいんだよ。」

私は敢えて彼の罠とも言えるような、甘いそれを言いませんでした。

「私には到底、似合いませんよ、大久保さんったら。」

「満で良いよ。」

カシャン、と音を鳴らしてしまいました。

フレンチがとどくと、彼はナイフとフォークに目を運びました。彼は「食べて良いよ」と伝えたかったのでしょうか。でも、私は食べませんでした。彼は意地悪に何も言いません。私はやっぱり、ナイフに手を伸ばしました。

「そういうところが、可愛いね。」

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