13 安藤恭太 9
「西條さん……」
僕は見かねて彼女の肩に手を添えようとした。だが、僕が手を触れる前になぜか西條さんの肩が大きく震えた。と同時に、僕も全身が何か得体の知れない大きな空気のようなものに包まれるのを感じた。三輪さんや学も同じだったようで、全員で顔を見合わせる。振り返った西條さんの瞳は、とある一点を見つめて大きく見開かれていた。彼女の視線に合わせて、全員の視線が一致する。
そこに、信じられないものを見た。
ちょうど僕たちが立っている方向とは側——華苗の左側には他のお墓が立ち並んでいたのだが、隣のお墓の前に、
華苗とそっくりの別の人間。白いブラウスにチェックのスカートを履いたその女の子は、僕たちの方をまっすぐに見つめている。
「奏……?」
驚愕したまま西條さんがほろりと彼女の正体を口にした。なんやなんや、どういうことや? 僕は夢を見ているのだろうか。だけど、頬を撫でる冷たい風も踏みしめるコンクリートの感触も、これが現実以外の何ものでもないことを物語っている。
「ゆ、幽霊……!」
導き出された結論を口にする。学も三輪さんも、「えっ」と声を上げた。
幽霊。その存在を否定しているわけではない。僕たちが暮らす京都は古くから戦場になったことも多く、ゆえに霊的なものを感じるという人は多い。ただ、こんなにもはっきりと、しかも全員の目に映っていることが信じられなかった。
「みんな、こんにちは」
さらにありえないことに、奏の幽霊は僕たちに話しかけてきた。幽霊って喋るん? え、どういうこと? 頭の中が混乱しまくって、僕は「あ、え、う」と意味をなさない語しか発せられない。
「びっくりした。私、ずっと華苗に乗り移ってるって知らなくて。自分が死んでることに気がつかないなんて、華苗以上に天然でバカみたい」
幽霊の奏がふふっと小さく笑う。その姿は華苗にそっくりで、確かに二人が入れ替わっていたとしても到底見破ることなどできそうにないなと冷静に思う。
もう訳がわからへん……。
聞いた話では華苗がずっと自分のことを奏だと思い込んでいたということだったけれど、本当は幽霊の奏が華苗の身体に取り憑いていた……?
導き出した答えを、この場にいる全員が感じていたようで、「嘘でしょう」と三輪さんが口に手を当てる。
西條さんは瞠目したまま動かない。その間にも僕はとても不思議な感覚に襲われていた。
奏の幽霊からは、いわゆる「幽霊」のおぞましい空気を感じられない。恐ろしくて逃げたい、という本能がまったく働かないのだ。その代わりに、懐かしいという感覚に陥っていた。奏の話し方や話し声が、これまで僕が接してきた「西條さん」そのものだったから。
「奏……本当に奏なの?」
「ええ」
固まっていた西條さんが奏の方に手を伸ばす。その手を握るように奏も手を伸ばしたが、お約束通り奏の手は西條さんの手をすり抜けた。宙を掴んだ西條さんの手は行き場をなくし、空に向かって掲げられる。日の光が彼女の掌を脈々と流れる血液を透かす。同じようにその場で静止した奏の掌の向こうにはお墓の風景が透けて見えた。その一連の映像が、奏がもうこの世のものではないという現実を突きつけて、僕は複雑な気持ちになった。
奏の顔が切なげにくしゃりと歪む。大好きな妹にやっと会えたのに触れられない、そんな葛藤が表情に滲み出ていた。
「ごめんなさい」
西條さんはただひたすら、ごめんなさいを繰り返す。
それしか言葉を知らない小さな子供のような姿に胸を痛めたのは、この場にいる全員が同じだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
奏に縋り付くようにして、けれど指一本も触れられない幽霊の奏を前に膝をつき、崩れ落ちる西條さん。彼女の心の痛みが、ズンと僕の胸を貫く。僕は西條さんのことを好きだと思いながら、彼女の心の重しについて、何も知らへんのや。知ったつもりでいたけれど、今彼女を慰められるだけの言葉すら浮かんでこない。
自分が情けなくて、腹立たしかった。
見ると学も普段は見せない悲しそうな表情を浮かべている。涙もろい三輪さんはすでに目元を拭っていた。
どれぐらいの時間そうしていただろう。誰も、ただの一言も発せずに双子のやりとりを、目を凝らして見つめていた。奏は膝をつき悔しそうに顔を歪める西條さんの頭に、そっと手を触れるフリをした。
「華苗、顔を上げて」
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