13 安藤恭太 10



 西條さんとそっくりな声をした奏の柔らかな言葉が西條さんに降りかかる。西條さんが、はっと肩を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。


「私は華苗に謝って欲しいことなんて、一つもないよ。むしろ私の方が言わなくちゃいけないことがある」


 凛とした表情でそう告げる奏は、胸に大きな決意を秘めている様子だった。


「言いたいことって……?」


 奏の言葉を聞き漏らすまいと、西條さんとそれから僕たち三人も奏の方に耳を傾ける。


「華苗、今までありがとうって。それだけ、伝えたかった。私さ、大学に入るまで自分を表現したり明るく振る舞ったり、何かに挑戦したりするのが苦手だった。華苗の底抜けの明るさが私には羨ましかった。でも、華苗と一緒に京都で生活したりYouTubeをしたりするうちに気づいたの。ありのままの私を受け入れてくれる人たちがいるって。華苗をはじめ、つばきも、それからファンのみんなも。あと、安藤くんに御手洗くん。短い時間だったけれど、タコパしたり相談に乗ってくれたりして嬉しかった。あれはちゃんと私の記憶に残ってるんだよ。私は私のままでいいんだって、華苗とみんなに教えてもらったから。だから私は後悔の一つもない。私の人生は、誰にも譲りたくないよ」


「奏っ……」


 胸を張って主張する奏の言葉に、西條さんはもう溢れ出る涙を抑えきれなかった。学も鼻の頭を抑えている。三輪さんは言わずもがなだ。

 僕は……僕は、正直なところ複雑な気持ちだった。

 今、大切な言葉を紡いでくれた奏こそ、僕が好きだった“西條さん”であるという事実を突きつけられて。

 だけど彼女はもう、この世にいない。

 代わりに残され華苗のことを、守りたいという気持ちももちろんある。

 しかし奏に伝えなければならないことは僕の中にもあった。今この瞬間にしかもう伝えるチャンスはない。

 両掌を丸めて力を込める。ここで勇気を出さなければ、僕は一生後悔する。拭いきれない後悔。そんなのは嫌や。

 僕はいつだって、当たって砕けてやる。


「さ、西條さん!」


 名前を呼んで、しまった! と心の中でつっこむ。大事な場面で吃ってしまうなんてなんてザマだ! しかもこれ、前にもあったよな? 確か真奈に告白をした時も同じ失敗をした。どうして僕はいつもこうなんだ……。

 しかも、「西條さん」と苗字で呼んだことで、奏と華苗が一気に僕の方に振り返った。


「あ、いや、奏の方だけど……」


 最高に格好の悪い台詞を幽霊の奏の方に投げかける。しかし奏は何食わぬ顔で「私?」と聞き返してくれた。

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