13 安藤恭太 2


 京都大学のカフェテリア「ルネ」は大通り沿いに面しており、学生だけじゃなくて一般のお客さんも利用することができる。僕たちは「ルネ」の前でタクシーから降り、階段を登って二階の食堂に向かった。

 食堂では健康に良い定食が400円ぽっちで食べられる。それぞれに好きなおかずを取り、会計を済ませて席につく。日曜日の午後3時過ぎ、他のお客さんはまばらだった。


「いただきます」


 西條さんがきちんと手を合わせてからお箸を握る。昨晩から何も食べていない彼女はみるみるうちにお皿の上のご飯を片付けていった。彼女が必死にお皿に向かっているので、他の三人は会話を挟む隙もなく、僕たちは四人で黙々とご飯を食べ続けた。


「あ〜美味しかった」


 ものの15分程度でお皿を空にした西條さんが水を飲んで一息つく。空きっ腹にご飯をかき込んだのだから体力も使っただろう。僕たち三人が食べ終わるのを静かに待っていてくれた。

 そして三人が「ごちそうさまでした」と手を合わせたところで、四人の間に絶妙な空気が流れ始める。誰が口を開くか? 沈黙の中で皆が同じ疑問を抱いているのが明らかだった。


「さっきの話の続きなんだけれど」


 会話を切り出したのは三輪さんだ。西條さんの事情を何も知らない僕と学は、もはや彼女の話に耳を傾けるしかなかった。

 僕は、ごくりと生唾を飲み込む。

 三輪さんの口から、どんな衝撃的な話が出てくるのかと、覚悟を決めた。


「今ここにいる“奏”は、本当は“奏”じゃない。“華苗”なの」


 まずはそこからだ。

 僕と学が一番に混乱する事実は、西條さんが姉の「奏」ではなく、妹の「華苗」であるということ。


「あたしは、奏と華苗とは同じ高校だったから、二人のことを知ってるわ。二人とも仲良くさせてもらっていて、奏のことを『カナ』って呼んで、華苗のことを『ナエ』って呼んでた」


 二人の名前に両方「かな」がついているので区別するためにそう呼んでいたのだろう。納得がいったので僕も学も頷く。


「二人はとってもそっくりだけど、家族とあたしだけが二人の見分け方を知ってるの。ナエの額の前髪の生え際にはほくろがあって、カナの額にはない。まあ、これもよく見ないと分からないし、前髪を上げてもらわないと区別できないから、赤の他人が二人をぱっと見で区別するのはもう不可能に近いわ」


 そう言うと三輪さんは、スマホを出して二人の写真を見せてくれた。三輪さんを真ん中に挟んで、両サイドに西條姉妹が写っている。が、あまりにも似過ぎていて、確かにどっちがどっちか分からない。

 ほくろ、と聞いて僕は今朝、西條さんを探し回っている際にネットで見つけた二人の画像を思い出す。ネットの記事には、二人がYouTubeで活動をしていたこと、姉の奏の方が行方不明となっていることが綴られていた。その時点で、僕の頭はかなり混乱していた。行方不明になっているのは、華苗の方ではないかと。しかし、ネットの記事の作成者が間違えているのだろうと軽く見ていた。それに、YouTube活動自体、姉妹でやっているとは思わなかったので、意外な事実に面食らった。


 それ以上に気になったのは、記事の中に上がっていた二人の写真だ。ちょうど二人とも前髪を分けている写真だったので、ふと気になったのだ。「奏」と記された写真の女の子の額にはほくろがなくて、華苗の方にはほくろがあった。だけど、記憶の中の西條さんの額にはほくろがあった。初めて会った時、自転車で事故を起こし倒れていた彼女の額のほくろが、無意識のうちに記憶に残っていたようだ。そこで初めて違和感を覚えたのだ。


「半年前、カナが行方不明になって……殺されてしまったことは、もちろん警察も知っている。ナエも、知っている、はずだった」


 三輪さんの声が苦しそうなものに変わる。西條さんは、俯いて悲しみを湛えているように見えた。仲良しだった双子の片割れが悲惨な目に遭って、平気でいられるはずがない。


「カナが亡くなったという知らせを受けた直後、お葬式でナエはひどく取り乱していて、その場で倒れてしまったの。現実を受け入れられなかったんでしょうね……。翌日、心配になった私がナエの元に行くと、ナエは自分のことを奏だと思い込んでいたわ・・・・・・・・・・・。そして、月日が経つにつれて自分は奏で、華苗の方が行方不明になったんだって信じるようになったの。大切な姉が亡くなったという事実は、華苗の頭の中から消去された。一種の防衛反応だと医者は話していたわ」

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