13 安藤恭太 3

 西條さんの呼吸が荒くなる。当時のことを思い出して、相当追い詰められているのだろう。三輪さんが、「もうやめる?」と心配して問いかけたが、西條さんは首を横に振った。まるで、「最後まで話してほしい」と言っているようだ。

 姉がいなくなったことを受け入れられずに自分が姉だと思い込む——半ば信じがたい話だが、心に大きなショックを受けた西條さんの防衛本能が働いたというのは頷ける。


「びっくりしたのは、話し方や性格までナエはカナになりきっていたことよ。高校の頃からどちらかと言えばカナは控えめで真面目なタイプ、ナエは楽観的で明るいタイプだった。ナエはカナのことを完全にトレースしてた」


 これには西條さんも頷いた。心当たりがあるのだろう。僕や学は本当の奏のことを知らないのでなんとも言えないが本人がそう思うなら間違いない。


「でも、ナエがカナになっているのはずっとじゃなかったの。時々思い出したかのように華苗に戻ることがあった。そういう時、ナエは自分が奏になっていたことを忘れていて、記憶もなくなっているみたいだったわ」


「確かにそうだ……身に覚えがないことがあったり、記憶が飛んでいたり……。YouTube時代のことも思い出そうとすると頭が痛くて。たぶん、YouTube時代のことは奏なしには語れないから……心に蓋をして見えないようにしていたんだと思う」


 西條さんが胸に手を当てて深く息を吸っては吐いて、を繰り返していた。そうでもしないと平静を保てないのだろう。

 西條さんの記憶がなくなっている件については、僕にも身に覚えがあった。NFで西條さんと三輪さんに鉢合わせした時、西條さんは僕の顔を見て誰だったか思い出せない様子だった。あれは、奏になりかわった華苗ではなく、華苗自身だったに違いない。華苗として僕に会うのが初めてだった西條さんは、当然僕のことを知らないわけで。誰だか分からないのは当たり前だった。


「あたしは、ナエがカナになっている間、真実を伝えようか散々迷ったわ。YouTubeのことをそれとなく伝えようとしたり、就職とか未来の話をして少しでもナエがカナのことに気づくように仕向けたりした。でも、これだけショックを受けているナエに真実を告げても、余計にナエを苦しめるだけだと思って……。だから、ナエが自然と自分のことを思い出すのを待とうと思ったの。心の整理がつくまで、ナエがカナになりきっているのを、あたしは側で見守っていようって。カナが所属してた文学部にも、ナエが所属する経済学部にも、二人の知り合いに直接会って話をして、どうか話を合わせてほしいってお願いした。皆、事情を聞いたら分かってくれたよ。もちろん、全員にお願いできたわけじゃない。もしかしたらナエを見ておかしいなって気づく人がいたかもしれない。だけど、あたしにできることはそれくらいしかなくて……。これまで黙ってて、ごめんなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る