19 キリコ 屋外ホテルで素敵な夜を過ごす
ちょっと長めです・・・。
ホテルでチェックインを済ませると、筒状でツバがついた帽子をかぶった短髪の男性が宿泊する河原へと案内してくれた。あの帽子、日本でもホテルマンが被っているのと似ている。
お師匠さんと私は後をついていく。
ホテルの入口には馬車が何台も停まっている。貴族の方はここでいったんホテルに入り、歩きやすい服に着替え、靴も山歩きに適した物に替えるらしい。私たちは軽装なので、そのまま現地へ向かう。
舗装されていないが、2人で並んで歩けるくらいのしっかり固められた道だ。両側は低い崖になっていて、草木がいっぱい茂っているが、道のほうまでは伸びていない。ところどころ、黄色い百合に似た花が咲いていたりする。あ、白い小花も咲いている。なんか遊歩道みたいだな。
「結構、道幅が広いんですね」
「そうだね、貴族も通るから、周りの草木が触れないように整えてあるんじゃないかな」
「そうなんですよ。よくおわかりですね。毎日朝、昼、夕と点検があり、崖が普段歩きなれていないお客様も多いですし、夕食や寝る前の飲み物とか朝お出しするおめざなど運ぶものもありますので、小さな荷車が通れないと困るのです」
「なるほど!」
『へぇ~、飲み物?って、お酒とかかな?えっ?おめざもあるの?楽しみ~!』
私はニマニマしてくる。
「ここで出されるおめざはすごくおいしいってジョージーが言っていたよ。気に入ったら帰りに買って帰ろう」
「いいですね!うちのとジョージーさん、オーカヨーさん、ソノーエさん・・・」
私が指を折って数える。案内の人がビクッとした気がするけど、気のせいかな?
「オーカヨーのところはマオも甘党だから、3人分だね」
「はい!イーシーにもいっぱい食べさせましょう!」
あれ、また、ビクッとしたよ。
「・・・よろしかったらご予約されますか?」
「ああ、そうしておくれ50個、いや、100個かな?」
「す、すみません、最大で50個くらいです。あと、3日くらいしか持ちませんが大丈夫でしょうか?」
案内人の顔色が青くなる。あ、そうだよね、そんなにたくさんは作れないよね。
「ああ、時間停止機能が付いた手提げをもっているからね」
「そ、そうでしたか・・・」
そうなのよ~、ダミーの手提げ袋を今回も持参していますよ~。折りたたんでポケットにしまえるエコバックみたいな手提げ。これ、マジックバックじゃなくても便利ということで、型紙付きの作り方を登録した。
登録はブリアさんが商業ギルドでしてくれた。服飾ギルドが管轄になり、作ってみたい職人さんが買ってくれているみたい。そのたびに私のところにお金が入る仕組み。いいのかなぁ~、私が考えたわけじゃないんだけど・・・。自分で考えたアイデアじゃなくても、異世界の物を紹介する紹介料ってことでいいんだってさ。
※商業ギルドには商人ギルド、鍛冶ギルド、服飾ギルドなどたくさんのギルドがあり、観光ギルドその中の一つ。特許などの申請を行い、管理しているのも商業ギルド。
今では、型紙付きの作り方に布がセットになったものが売られており、マンベールでも持っている人が増えている。お店で売っていたりもする。
「ちなみにおめざは、何種類あるんだい?」
「5種類です」
おお~、5種類!屋外ホテルは一泊しかできないけど、お部屋のほうに長く泊まる人もいるっていうから、毎日同じよりバリエーションがあったほうが楽しいもんね。
「それを10個ずつ注文することは可能かい?」
「は、はい!料理長に伝えさせていただきます」
何か震えている?なんで?
「よかった。じゃあ、まかせたよ!」
これで一安心。良かった!お師匠さんも私もニコニコ。楽しみだなぁ~。
急に視界が開けた。白くて眩しい!目が慣れてくると白くて滑らかな岩場であることがわかる。中央に紺色の大きなテントがある。
近くに来ると、周りのくぼんだ所に横になっている人たちが見える。ジョージーさんの写真の通り白いパジャマ?のようなものを着ている。
お師匠さんと私もさっそくテントの中の更衣室で着替える。
脱いだものを盗難防止機能が付いたロッカーに入れる。ちなみにダミーの旅行かばんはホテルのほうに預けてきている。荷物が少なすぎるとマジックバッグなのがばれちゃうからね!なので、今はポーチだけ。
お師匠さんと私はパジャマのズボンにベルトでポーチをつける。上着が長めでゆったりしているから、ちょうど隠れる。うん、これで気づかれまい。
まぁ、ここに泊まれるのはホテルの常連客から紹介のあった人ばかりだから、盗難の心配とかはないんだけど、念のため・・・。
着替えが終わってテントから出てくるとショートカットの女性従業員が待っていた。白いシャツに黒いズボンとベスト。襟のところに黒の細いリボンを通して前で蝶結びにしてある。背が高くて男装の麗人みたいで格好いい!
「ローガン様、キリコ様、寝る場所を決めてください。お好きなところで結構です。また、暗くなる前でしたら、場所の移動も可能です」
「「はい」」
「ではのちほど、毛布をおもちします」
女性従業員がお辞儀する。お、様になっている!この人、絶対女の人にもてるタイプだね!
「キリコ、どこにしようか?」
「ん~、ちょっとみてまわっていいですか?」
私は人のいないところをねらって歩き出す。
「あ、ここどうかな?」
私は2人が並んで横になれそうな良い感じのくぼみを見つけたので、そこへ行き、横になってみる。
お、なかなかいい感じ。
「あ~、いい感じだね」
お師匠さんも横に寝ている。
「じゃあ、ここに決めますか?」
「ほかは試さなくていいのかい?」
「はい!こういうのは最初にいいと思ったところが良いんですよ」
うん、直観ってやつだね。
「じゃあ、ここにしよう。私もここが気に入ったよ」
しばらくするとさっきの男装の麗人、もとい女性従業員が毛布を持ってきてくれた。
私は遠くに鳥の声を聞きながら、お師匠さんに元の世界のことを沢山話した。もちろん、音漏れしないように結界を張ってね。(お師匠さんが)
話に夢中になっていると、ポツリポツリ・・・と音がする。見上げると岩場に張られた結界に雨粒があたっている。空は濃灰色の雲でいっぱいだ。
うわっ、これ雨雲だよね。雨、酷くならないといいんだけど・・・。
悪い予想は当たる。まもなく雨がザァーザァー降り出した。遠くで雷の音も聞こえる。
従業員の人たちの話声が聞こえる。
『もしかして、ホテルに戻るのかな・・・』
従業員の人が大きな声でホテルに戻ることを告げる。落胆の声が上がる。
『ああ、やっぱり・・・』
私もしょんぼり・・・。するとお師匠さんが立ち上がった。
「ホテルまでの道は既に結界で覆ってある。あと、1時間。いや、30分待ってもらえないだろうか?」
ザワザワした空気に包まれる。せっかくなら泊まりたい客と客になにかあっては大変と心配する従業員。
「私たちはドゥーフの森を通ってきた。その時、精霊が教えてくれた。雨はすぐ止むと」
失笑が起きる。ドゥーフの森を通れる人間はいないし、精霊と会話など奇跡が起こらない限りあり得ない。
「すべて、事実だ。四大英雄ローガンの名にかけて誓おう!」
失笑がピタリととまる。従業員も本物のローガン様であることを認める。それなら少し待ってみようということになった。
30分たったら、ホテルへ戻る約束をし、私は空を見上げたまま心の中で祈る。
『お願い!精霊さん、30分で雨を上がらせて下さい!』
ほかの宿泊客も祈るような表情で空を見上げる。
20分経過・・・・まだ空は厚い雨雲に覆われたまま・・・25分経過・・・変化なし・・・・。
28分経過・・・もうだめか・・・・と思った時に急に雲が切れてきた。雲の切れ間から光が差し込むとそこに虹がかかる。しかも3重。2重でも珍しいのに3重とはなんと縁起が良いことかと宿泊客全員が盛り上がる。
30分経過・・・・すっかり雨はあがり、あたりは夕焼けに包まれる。オレンジ、ピンク、紫が混ざる景色は息をのむほど美しい。
やがて、濃い紫一色になって夜の闇にかわると星が瞬きだす。配られてあったランタンに灯りをともす。客のいる場所では同じようにランタンの灯り、客の居場所がわかるようになっている。
「ローガン様、ありがとうございました」
いつの間にか男装の麗人の従業員がそばに来ていた。
「いや、こっちこそ、我がままを言ってすまなかった」
「わかっております。お連れ様のためですよね。私どもといたしましてもここで宿泊していただくことができてよかったと思っております。雨で途中からホテルに戻ることになると、どのお客様も大変がっかりされますから・・・」
そうだよね、最初から雨ならあきらめもつくけれど、途中から雨っていやだよね。
「お師匠様、ありがとう。ほんとは名前を出したくなかったよね」
「いいのさ、こんな時くらい権力を使わなくっちゃね。それにキリコだからこそ教えてもらえた精霊からの情報を無駄にするのはもったいない」
「まぁ、キリコ様も精霊が見えるのですね」
あれ?すごく驚いてる?
「ああ、たぶん相性がいいんだろう。キリコはいい子だから、誰にでも好かれるのさ!」
「お、お師匠さん・・・」
は、恥ずかしいよ。お師匠さんってば!
「素晴らしいお弟子さんですね。こちらに夕食をお持ちしましたので、ゆっくりお楽しみください。食後のドリンクはのちほどお持ちしますね」
「ああ、そうしておくれ」
ん?食後のドリンクって?もしかしてお酒!ワクワクする私の考えを見透かしたようにお師匠さんが言った。
「・・・お酒は私だけ。キリコにはもっといいものを用意したから楽しみにしておいで」
「ええ~、お酒じゃないんですね・・・ん?いいものって?」
「まぁまぁ、それは後のお楽しみ。今はこっちを楽しもう」
草で編まれた蓋つきの箱。お弁当箱だね、これ。開けてみる私。うわっ!サンドイッチだ!端っこには葡萄も入っている!え~とこれはチキン?ツナ?おっ、卵もあるね!私はいただきますと手を合わせると1つ手に取って口に運ぶ。アグッ。モグモグモグ・・・。うん、美味しいね!ビンに入った飲み物もある。ゴクゴクゴク・・・。あ、紅茶だね。微かな酸味と甘み。レモンティーだ!サンドイッチと合うね!
私は無言で味わいながら食べる。ホテルの料理人さんが作っただけあって、上品で綺麗で高級な感じ。2、3口で食べられるサイズにカットしてある。ローストチキンとレタスとトマト。ツナときゅうり。きゅうりが長方形にカットして段々になるようになら並べてある。おしゃれだね!卵は細かくしたのと4分の1にカットした味付け卵が入っている。刻んだパセリが飾りでかけてある。お、これはスモークサーモンとクリームチーズとピクルス。チーズに胡椒がちょっとかかっていていいアクセントになっているね!
私が食べ終わる頃を見計らったように男装の麗人がやってくる。
「お済みの容器を回収させていただきます」
手をふく新しいお絞りと交換に、容器を回収する。そして、お師匠さんと私の間にあるくぼみにトレイを置く。トレイの上にはシュワシュワした飲み物、これはシャンパン?たぶんお酒。そしてこっちは・・・?
「こちら、シャンパンとリンゴジュースでございます」
「りんご?透明だけど?」
しかもゴールドだよ、色が!
「絞った果汁を何度も濾すとこうした色になるとか」
なるほど!男装の麗人は軽く頭を下げるとテントへ戻っていった。
「キリコ、乾杯しようか!」
「はい!」
グラスを掲げると三日月がみえた。グラスを通してみると夢で見たあの白いイルカのように見えた。
「「乾杯!!」」
その夜は月を見ながら、遅くまでお師匠さんとおしゃべりを楽しんだ。
お土産のお菓子は大変喜ばれたのは言うまでもない。
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