16 キリコ 夢を見る①  奨学生マリー



*町の名前と鍛冶の親方の名前がかぶってしまったので、町の名前を変更しました。




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 私はマリー。奨学金で王立学園に通っている。寮に入っていて、学費、食費はタダだし、教科書、教材、ノート、筆記用具などもすべて支給される。けれど、王都から離れた村に住む家族のため、働かなければならない。



10歳の時、父が治水工事中に川に流され、亡くなった。母は私と弟2人を養うために必死で働いてはいるが、女の人が稼げる仕事は少なく、お金も少ししかもらえない。




 村の教会では神父様が、週に3日、子供たちに、字や計算など生活に役に立つことを教えてくれる。私はその縁で、教会の手伝いをしている。裏の畑で採れた野菜などを分けてもらえるからだ。



 そんなある日、神父様から提案があった。王都の学校に行かないかという話だった。



私は本を読むのが好きだった。教会で字を覚えると神父様から色々な本を借りてきて読み漁った。子供向けの本がなくなると歴史、地理、経済、薬草学など大人向けの本も読み始めた。神父様はそんな難しい本を読んでも面白くないだろうと笑っていた。


やがて、私が本の内容を理解して質問するようになると、驚きながらも教えてくれるようになる。父はあまりいい顔をしなかったが、神父様が説得してくれたので、家の手伝いが終わった後という条件で、空いた時間に勉強を教わるようになる。



しかし、父が亡くなってからは勉強どころではなくなった。母のかわりに家事や弟たちの世話と教会の仕事を手伝うことで精いっぱいになった。最初は雑用や畑仕事が多かったが、計算が得意ということで、帳簿をつける手伝いも始めた。新しいことを覚えるのは楽しく、神父様から任される仕事も増えてきた。そうするとわずかだが、給金もいただけるようになった。ありがたいことだ。




神父様は、王立学園の試験を受けられるだけの学力は身についている。奨学金がもらえれば、一人分の食費も浮くし、届けを出せば、仕事をして稼ぐこともできると言った。学園への推薦状は神父様が書いてくれるという。



私は迷いなく、行くことを決めた。無事良い成績で卒業できれば、お給金の高い仕事にもつける。そうすれば、私一人で家族を養える。母は心配したが、私の決意を知り、認めてくれた。すぐ下の弟が大きくなり、ちょっとした仕事ができるようになったのも決め手となった。





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 試験に合格して、奨学生になったものの、現実は厳しかった。王立学園だけあって、学力のレベルが高い。授業についていくのに必死だ。課題もたくさん出る。奨学金の条件は試験の順位が10位以内であること。最初のうちは2~4位だったが、だんだん下がってきて、2年生になった今は8位くらい。9位になると危ないので、8位をキープするよう頑張っている。



仕事は王都の教会の紹介で、大きな商家で会計の仕事を手伝っている。計算が得意なので、重宝されていて、勤務時間が延びることもたびたび。




寮の門限である19時に滑り込むように戻ってくる毎日。食堂は19時で終わりだが、食堂のおばさんたちも私の事情をわかっているので、厨房の片隅で残り物を食べさせてくれる。あくまで残り物なので、パンと具がほとんどなくなったスープだけの時もある。おばさんたちは申し訳なさそうな顔をするが、私だけ特別扱いはできないので、仕方がない。



感謝しながら流し込むように食べる。美味しい。ホッとしている時間はない。お風呂は共同で20時まで。お皿を洗い、お礼を伝えると部屋へ荷物を置いて、お風呂へ急ぐ。時間がないので、サササッと洗って出る。



これで終わりではない。授業の復習と予習、課題などやることは山ほどある。毎晩、眠い目をこすりながら、勉強する。辛くないと言ったら噓になるが、家族のためになっていると思うと頑張れる。



試験前になるとさらに忙しくなるので、その時だけは仕事の時間も短くしてもらっている。



 授業が終わるとすぐに、図書館へ本を借りに行くことがよくある。仕事の後では図書館が閉まってしまうし、本がないと課題がこなせないのだ。



図書館へ行くには庭園を通る。中まで探索したことはないが、季節ごとに花が咲き乱れ、たいそう美しいとか。奥には東屋があり、貴族の方たちがお茶会など交流をしているらしい。私には関係ないことだが、楽しそうな声が聞こえるとちょっとうらやましくなる。急いで抜けていこうとして、人とぶつかってしまった。



「すみません!」



 顔をあげて、ギョッとする。輝く金色の髪、青い瞳。手入れの行き届いた指先で私の落とした本を拾ってくださった美しい方。



「お、王子様!ご無礼をお許しください!」



 私は地面に膝をつき、深く頭を下げた。




「大丈夫だよ。ケガはない?さぁ、立って」



「は、はい」



 立ち上がって本を受け取ったものの、恐れ多くて顔が上げられない。本を抱きしめたまま、動けない。




「君は奨学生だね。確か・・・マリーだったよね、いつも上位に名前がある」



 王子様に自分のことが知っていた。うれしい、でも恥ずかしい。




「い、いえ、恐れ多いことでございます」




 私と学年は一緒だけれど、王子さまは入学からずっと首位を維持していらっしゃる。剣術の授業も取っており、そこでも上位だという。私とは天と地ほど違う。15歳というまだ成長期ではあるが、やや小柄でほっそりしている美少年。それがまた美しさを倍増させている。頭も見た目もまさに〝完璧の王子〟という評判だ。



 誰にでも優しく笑顔を絶やさないのも人気の理由で、平民、貴族問わず、愛されていらっしゃる。現国王のたった一人のお子様であるが、この王子様なら、良い王様になるだろうと国中から期待されている。




「あら、王子様ではありませんか?よろしかったら、お茶でもいかがです?」




 騒ぎを聞きつけて、奥の東屋から出てきたらしい豊かな赤い髪を綺麗に巻いた女生徒が声をかけてくる。私のほうをちらりと見ると眉を顰める。




「あら、あなた・・・」




 女生徒は何か言いかけたが、王子様がそれを遮る。



「ドリー公爵令嬢、彼女はオレーロ商会の会頭のお気に入りだ。余計な手出しは無用だよ」




「もう!私を何だと思っていらっしゃるの?」



公爵令嬢は、プリプリしながら行ってしまった。途中でそばにいた侍女に何か耳打ちされていた。





「・・どうやら私の勘違いだったらしい。余計なことを言ってすまなかったね」



「いいえ、だ、大丈夫です」

 



「じゃあね、頑張りなさい。大変だろうけれど、それでも君はしあわせさ」




 王子さまは謎の言葉を残して去って行った。私は我に返って、寮へと急いだ。その後は仕事の没頭し、忘れてしまった。



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 いつものように遅く、食堂へ行くといつもより豪華な食事が用意されていた。



「えっ?これ・・・どうしたんですか?」



 おばさんがニコニコしている。



「あんたの顔色が悪いから、栄養のあるものをたっぷり食べさせてあげてって、ドリー公爵令嬢の侍女の方が山ほど食材をもってきてくださったのさ。お金ももらったから、明日からは残り物じゃなくってあんた用に特別料理を準備しておくからね」




 私はビックリした。ドリー公爵令嬢とは今日、中庭で出会った方だ。



『私の顔色が悪いことを心配してくださっていたんだ』



 私をかばってくれようとした王子様、優しい心遣いをしてくださった公爵令嬢。いつも気にかけてくれている食堂のおばさんたち・・・。自分の姿を見てくれている人たちがいる。頑張っている私を認めてくれている人たちがいる。なんてしあわせなのだろう。私は胸が熱くなった。




 『今度お会いしたら、お礼を言おう』




 そう心に決めたのだった。




 翌日、仕事に行くと、副商会長から話があった。忙しさが一段落したので、仕事は18時であがれること、頑張ってくれているので、給金をあげてくれると。




 何とも有難い。商会から学園までは歩いて30分。走って帰ることもたびたびだった。18時なら走らなくて済むし、夕食も時間内に食べられる。




 急にどうして?と思わないこともなかったが、その時間を有効利用して勉強を頑張ろうと思った。




 急に豪華になった私の食事を見て、同級生たちが驚いていたが、少し給金があがったので、しっかり食べるようにしたと伝えると納得してくれた。



 「そうだよね~。顔色悪すぎたものと」言われ、ここにも自分を心配してくれる人たちがいたとわかり、うれしくなった。





 その後、王子さまや公爵令嬢とはお会いする機会がなかった。たくさんの人に囲まれている王子様の姿を時々見かけたが、遠くから眺めるだけだった。




 早めに帰れるようになったことで、試験の順位も5位にあがった。うれしかった。疲れているのに、興奮したのか、何だかその日は寝付けなかった。




 眠れないまま窓のほうを見ると、カーテンの隙間から月の光が差し込んでいた。私はベッドから起き上がると窓辺へいき、外を見る。




 まん丸の月が見えた。そうか、今日は満月だったんだと思う。試験勉強で近頃は特に忙しく、こうして夜空を見ることなどなかった。この前見た時はまだ半月だったなと思った時だった。中庭のあたりに、誰かがいることに気づいた。月の光に照らされた金色の髪がキラリと光る。




『まさか、王子様・・・』




 こんな時間に何をなさっているんだろうと気になった私は部屋を抜け出して、王子様の跡をつけていった。




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