11 閑話 奴隷イーシー
書き足りなかった部分を補足する閑話をいくつか入れさせていただきます。
お読みいただいている方、フォローしてくださった方、ありがとうございます。
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僕の名前はイーシー。小さな村で暮らしていたけど、5歳の時、流行り病で両親を亡くした。
ほかに頼れる人もいなくって、働き口を探しに町へ出ようとした時に奴隷商につかまった。眠り薬入りの食事を食べさせられ、目が覚めたら奴隷紋を刻まれていた。でも、売れなかった。体が小さくってやせっぽっちの特別な能力もない子供なんて売れるわけがない。
ところがある日買い手が現れた。盗賊団の奴だ。売れ残っていたから、値段が格安だったこともあると思う。あいつらは子供を欲しがっていた。大人には入れないような小さな窓から入って中から鍵を開けさせるのにちょうどよかったらしい。それ以外にも下働きとしてこき使われた。食事もろくにもらえず、朝から晩まで働かされた。
毎日あいさつ代わりのように殴ったり蹴ったりされた。痛くってつらくって体に力を入れたら、あんまり痛くなくなった。傷やあざもできるけど、そんなに酷くない。『なんでだろう』って思っていたら、身体強化って魔法を無意識で使っていたらしい。魔法が使えることがわかるとさらに酷使される。
色々やってみろと言われたけれど、魔法の使い方なんてわからない。誰も教えてくれない。でも、言われたとおりにやれないと殴られる。身体強化できるんだから思いっきりやってもいいだろうと前より力いっぱい殴られた。魔法を使った後の意識が朦朧としているところをやられるから、身体強化もできず、前よりひどい怪我が増えた。だから、自己流でがむしゃらにやるしかなかった。
何とか魔法を使えるようになったが、使った後はよくぶっ倒れた。魔力の使い過ぎだったらしい。下手したら死んでいたと後でわかった。
僕を使って荒稼ぎした盗賊団は、強力な眠り薬を手に入れると、荷物を街から街へと運ぶ商隊を襲うようになる。こっちのほうが一気に稼げるらしい。
もちろん、護衛はいるが、風上から薬を燃やして眠らせれば、何の役にも立たない。
全員意識を失っているから、抵抗するものもいない。楽な稼ぎだとドーア団長は笑っていた。
僕の役割は、まいた薬が自分たちのほうに来ないように壁をつくること。土を隆起させて大きな壁を作る。全員が意識を失っていることを確認すると、念のため、布で口を覆って襲う。
だけど、その日は違っていた。クロミエで祭りがあるのに合わせて、王都のほうから大商隊がくるという情報だったが、それは罠だった。盗賊団の被害が酷く、使っていた薬も悪質で助かった人も後遺症に苦しむ有り様。
事態を重くみた商業ギルドがお金を出して、強い冒険者雇い、罠を張った。高価な商品を山ほど積んだ商隊が通るとうわさを流して・・・。
商人に扮した冒険者たちは薬を無効化する結界を張っていて、眠っているふりをしていただけだった。もちろん積み荷も偽物。向こうにはS級の魔法使いがいて、盗賊団の隠れている場所もわかっていた。護衛役の冒険者たちも凄腕が多く、あっという間に盗賊団はやられていった。
『このまま助けを求めようか・・・』
そんなことを思っていたら、ドーア団長に命令されてしまった。奴隷は命令には逆らえない。
「あいつらの足止めをしろ!」
僕は無我夢中だった。大きな蜘蛛の巣をイメージして、冒険者たちに次々かぶせる。
一息に魔法を使ったので、気を失いそうになった。きっと僕はおいて行かれるだろう。これで、盗賊団との縁も切れると思ったけれど、そうはいかなかった。
「へへっ!やるじゃねぇか!!」
まだ、使い道があると思ったドーア団長に担ぎ上げられてそのまま馬に乗せられた。そこで僕は意識を失った。
どれくらい時間がたっただろう。いきなり殴られて、目を覚ます。
「おい!いつまで寝ているんだ!さっさと起きろ!」
まだ、頭がくらくらしている。僕はのろのろと起きあがった。崩れかけた小屋の中だった。先にクロミエの近くまで来ていた赤髪のヘーレンが準備していた場所だ。いったんここに荷物を運びこみ、夜の闇に紛れて船で逃げる予定だった。
「じゃあ、罠だったってことですか?」
お宝を楽しみにしていたへーレンは、がっかりした様子だった。
「ああ、逃げられたのはここにいる10人と港で待機している3人だけだ。」
「なんてこと!」
ヘーレンの顔色が変わる。そりゃあそうだ。50人で行ったのに、帰ってきたのは、10人だけ。
「ここもやばい。祭りの人混みに紛れていたほうがいいだろう」
「そうですね。それじゃあ、これを使ってよその国の人間を装いましょう」
ヘーレンが用意してあった。大きな布をそれぞれが、自分の体や頭に巻き付ける。じっとそれを見ていると、頭を小突かれる。
「なに、ボサッとみているんだい!あんたもやるんだよ!」
仕方がないので、ヘーレンが投げてよこした布を巻きつける。
「もっと顔をしっかり隠しな!」
親切で言っているわけじゃない。顔の傷が見えると不審に思われるからだ。
「さぁ、行くよ!」
ヘーレンに手を取られる。広い通りに出た途端、ヘーレンはニコニコして猫なで声をだす。
「何を買おうかねぇ~、坊や。欲しいものがあったら母さんに言うんだよ」
気持ち悪い。どこが母さんだ。でも、そんなことを顔に出したら後でひどい目に合わされる。僕は黙ってうなずいた。
ドーア団長はヘーレンと夫婦を演じるように並んで歩いていた。
「ちっ、警備隊がうようよしていやがる。どこかで夜まで隠れていたいところだが・・・」
その時、少し先のほうから男の人をのせた引き車が通った。そばについている奥さんらしい人が周りの人に声をかけて道を開けてくれるように頼んでいる。
「すみません。神殿まで連れて行かなきゃならないんです。道をあけていただけますか?」
「ランさんじゃあないか。リドのやつどうしたんだい」
顔見知りらしいおじいさんが声をかける。
「張り切り過ぎて、腰をやっちまって・・・」
「そりゃ、大変だ。お~い!道をあけてくれ!急病人だ!」
おじいさんの声にみんなが端によって道を開ける。
「どうもすみませんねぇ」
奥さんはまわりに頭を下げながら、先へ進んでいく。それを見て、ヘーレンとドーア団長がコソコソ話し始めた。
「あれは、確か・・・」
「なんだ、知っているのか?」
「ええ、この先のファーメ亭っていう食堂をやっている夫婦です」
「ってことは・・・留守だな・・・」
「ええ、しばらく戻って来られないでしょう」
ドーア団長とヘーレンはお顔を見合わせると、うなずき合って、仲間たちに目で合図を送る。
お店の前へ行き、あたりを見回しながら、1人ずつ裏口にまわる。上のほうに小さな窓が見える。
「おい、さっさとあそこから入るんだ!」
僕は肩車されて窓から入る。まだ力が入らず、家の中へ飛び降りる時に足をひねってしまう。痛い。でも、ぐずぐずしていると殴られる。僕は足を引きずりながら、裏口のカギを開ける。
ドーア団長は入ってくるとすぐに僕に命じる。
「おい、表の入口に結界を張れ。誰も入れないようにな!」
足を引きずりながら入口へ向かう。本当は足を治しておきたかったけれど、入り口に結界を張ったら、もう魔力が足りない。痛いけど仕方がない。
結界を張ったことで魔力を使い果たし、僕は壁にもたれて、床にぐったり座り込む。
「こりゃあついてる!」
ドーア団長たちは、厨房に鍋に入っていた料理を皿によそって運んでくると、座ってガツガツ食べ始めた。
「「「「「「「あ~、うまかった!」」」」」」」」
「このあたりじゃあ、美味しいって評判の店ですからね」
ヘーレンはどこからか探し出してきたお茶を出してくる。
「お茶か・・・酒はないのか?」
「ありますけど、いざっていう時に動けないと困るんじゃないですか?」
「しかたねぇな。楽しみは後にとっておくか」
「ええ、それがいいでしょう。結界は張ってあるけど、万が一のことを考えて、飲んだら厨房にいたほうがいいんじゃありませんか?」
「それもそうだな。おい!」
団長がお茶をグイッと飲み干して、みんなに合図する。僕もノロノロと起きあがって、移動する。その時だった。
開かないはずの入口の戸が開く音がした。みんなとっさに厨房の床にしゃがみ込むと息を凝らす。
「すみませ~ん。どなたかいらっしゃいますか~?」
暢気そうな女の子の声だ。ヘーレンは厨房にあったエプロンを身に着けると店員のふりをして出て行った。
「あの~、はじめまして。私、ローガンさんにここで待つように言われて・・・」
「ロ、ローガン?」
ヘーレンの焦った声が聞こえる。ローガンと言えば、この国の英雄。攻めてきた他国の軍を圧倒的な魔力で叩き潰し、防衛システム?とかいうのを作ってフロマージュ国に平和をもたらした。小さい頃に父さんや母さんからよく聞かされていたから僕でも覚えている。
「ええと~、ランさんですか?」
「い、いえ、私は手伝いの者で・・・・」
ヘーレンは平静を装って、女の子を座らせると、置きっぱなしだった皿をガチャガチャと運んでくる。そして、水道の水を出して洗っているふりをする。
どうしようかとヘーレンと団長がヒソヒソ話を始めると女の子はとんでもないことを言い出した。
「・・・あの~何かお手伝いしましょうか?」
団長たちは震えあがった。知っているのだ。あの女の子は。ここに自分たちがいるのをわかって言っているのだ。何しろ、結界を破ったくらいだ。相当な魔法の使い手だ。
団長は目配せすると全員、こっそり裏口から外へ出て行った。もちろん僕も連れていかれた。
ここからどうやって逃げるか打ち合わせていると、赤の煙弾があがる。店の裏側に道はない。崖があるだけだ。表の通りに出るしかない。焦っているところへ、警備隊がやってくる。相手は若い男が1人だ。全員で襲い掛かっていくが、男はなかなか強かった。場所が狭いこともあり、男の背後に回って取り囲むことができない。
そこへ何かが男の頭の上を飛び越えてきた。
「おっ待たせ~!」
女の人だった。既に3人が倒れていた。着地した時に蹴り倒されたのだ。3人同時に。
「私はソノーエ。警備隊の坊や、あとは任せておきなっさい!」
女の人はワクワクするような声を出す。
「ひゃ、百人力だ!」
ソノーエさんは怯える盗賊団を殴ったり蹴っ飛ばしたりしながら、倒していく。自分のほうへ向かって来たとわかった団長は僕を突き飛ばした。
『け、蹴られる!』
僕は目をギュッとつぶった。でも、衝撃は来なかった。そおっと片目を開けると目の前で足が静止していた。
「ずいぶんと酷いことするじゃあないか」
ソノーエさんは僕の後ろの団長を睨みつける。
「へっ!そいつは奴隷だ!仲間じゃねぁ!おい、奴隷!そいつを足止めし・・ブホェッ!」
団長が吹っ飛んだ。ソノーエさんは一瞬で僕の横をすり抜け、団長を殴り飛ばしたらしい。団長は白目をむいている。
「命令は完了されていないから、言うこと聞かなくても大丈夫だからね」
奴隷紋には主人の命令を聞かないと心臓が苦しくなる魔法がかけられている。
『もう、命令をきかなくていいんだ・・・』
ほっとした僕はそのまま意識を手放した。
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