9 キリコ 海のおまつりに行く⑥

カプリスが挨拶もせずに行ってしまったことに違和感をもちながらも、急いでいたんだろうと思いなおす。



お店には誰もいない。誰かが食べ終わったお皿が大量に置かれている。



『あれ、片づけていない。いそがしいのかな?お昼から営業だって聞いたんだけど・・・』




「すみませ~ん。どなたかいらっしゃいますか~?」




 私は厨房のほうへ声をかける。何かひそひそ話す声がする。



「は、は~い」



 奥から見事な赤髪の女性がエプロンをして出てきた。



「あの~、はじめまして。私、ローガンさんにここで待つように言われて・・・」



「ロ、ローガン?」



なぜかぎょっとした顔になる女の人。あれ?知り合いって言ってなかったっけ?



「ええと~、ランさんですか?」




「い、いえ、私は手伝いの者で・・・」



「?」



「どうぞ、かけてお待ちください」



 そう言ってテーブルの上にある山積みの皿に気がつく。




「あ、す、すみません。きゅ、急にご主人の知り合いが来まして、えっとすぐに片づけます!」




 女の人は慌ててお皿を下げていった。お水を出す音がする。




「・・・あの~何かお手伝いしましょうか?」




「だ、大丈夫です!どうか、座っていてください!!」



 ちょっと、強めの口調?何か慌てているみたいだけど・・・。




『あんなにたくさん洗うの、大変だろうなぁ・・・』





 この時、厨房のほうで何が起こっているのか私は全く気づいていなかった。




********************************************




「くそ!どうなっているんだ!キリコ!キリコ!」




 キリコに続いて店に入ろうとしたカプリスだったが、壁のようなものに阻まれて中に入れなかった。まるで、結界が張られているような感じだ。だが、なぜ?飲食店に?


 まして、店主夫婦は元冒険者だ。いつもカギは開けっぱなしだ。施錠するのは夜寝る時と外出くらい。




「あら、お店なら、今お留守よ」



隣家から出てきた老婦人が教えてくれる。




「張り切りすぎたリドムさんが腰を痛めちゃって、今、ランさんに連れられて、神殿に行っているはずよ」



「なんですって!」




 カプリスはその場で緊急時にあげる赤の煙弾を空に打ち上げる。これを見れば、応援がやってくる。



「中に危険な者たちが潜んでいる可能性があります。ご家族の方と避難してください。あと、出来たら近所の人にも知らせてください!」



「は、はい!孫たちに知らせに走らせます!」



 老婦人が家へ入ると同時に大きなカメラを首からかけたジョージーが現れた。



「その服は警備隊ね。私はジョージー。ローガンの仲間よ。何があったの?!女の子が一人でここに来なかった?」



「・・・キリコさんならこの中です。警備隊の詰め所から送ってきたのですが、彼女だけが中に入れて、私は弾かれてしまいました」



ジョージーは頭を抱えた。





「あ~、魔力無効化のネックレスをつけていたんだね。ローガンの安全対策が裏目に出た!」



『いいかい?キリコはあんなにも可愛いんだ。もしも、人さらいにあったら・・・魔力封じの腕輪とか首輪とかかけられたら・・・どうするんだい!』





 確かに魔力封じや魔法で攻撃されても魔力無効化のネックレスつけていれば、無敵だけどね。



 ジョージーは頭を切り替える。もうすぐ、オーカヨーとソノーエも来るはずだ。それなら、自分はここにいたほうがいい。



「この店、裏口があるはずだから、あんたはそっちへ行ってちょうだい。これがあいつらの仕業なら逃がしちゃいけないわ。私は解錠できないかやってみる」



「し、しかし・・・」



「キリコちゃんなら大丈夫。ローガンの作った守りの魔道具をつけているから。あんたは自分のするべきことをやりなさい」




「・・・はい!では、お願いします!」




 カプリスは一瞬迷った後、気持ちを切り替えて、裏へと走っていった。



 ジョージーはカメラのレンズをいじるとファインダーを覗き込んだ。カメラは魔道具でもあり、こうして、魔法の構造を調べることができる。



「これは・・・やっかいだね・・・」




 複雑な構造になっていて一か所間違えると、ドアが吹き飛ぶ。そこへ息を切らした3人がやってくる。皆、ローガンからの手紙鳥で緊急召喚とキリコがファーマ亭に向かったことを知った。警備隊の詰め所へ向かっていたところ、赤い煙弾があがり、キリコの身を案じて駆けつけた。


『『『『『リドムとランの2人がいる店で事件が起こるはずがない!』』』』』




 ローガンも含め、皆、そう思った。であれば、何かあったはず。キリコが危ない。



「結界?どう解錠できそう?」




「ううん、私には無理。オーカヨーでも時間がかかるかも・・・」



 ジョージーはオーカヨーにファインダーを覗かせるとソノーエとマオに合図を送る。ソノーエとマオは、笑顔で頷くと裏口のほうへ駆けていく。



「ああ~、確かに・・・。仲間に魔術師がいるのね。それも、魔力ばかり多くてろくに知識のないやつが・・・めっちゃくちゃな構造よ。下手したら、建物ごと吹っ飛ぶわ」



「だよね~。中にはキリコちゃんもいるから下手な真似はできないし」



 

「・・・中には入れれば、なんとかできるんだけど、キリコちゃんには聞こえないだろうし・・」




 その時だった。ドアがカチャッと開いた。





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私はしばらく大人しく座っていたが、厨房からは水がジャージャー流れる音しか聞こえない。



『お皿、洗っているんだよね?』



 私は静かに立ち上がると足音を立てないようにして、厨房の入口まで歩く。そして、中を覗き込む。




『あれ?誰もいない。汚れたお皿も出しっぱなしって水止めなきゃ!』




 私は慌てて水を止める。



『・・・・・なんか変?』




 外の様子を確かめようと、私は入口へ行ってドアを開けた。



 ドアの前には見知った顔が・・・。ホッとした。



「あ、ジョージーさん!オーカヨーさん!よかった。お店の人がいなくなっちゃって・・・」




 私は今までのことを2人に説明する。




「「はぁ~、よかった!」」



 私は2人に前後から抱きしめられる。




「え?え?え?」



 事情がのみこめない私は戸惑うばかり。その時、お店の中の床が光る。魔法陣だ。真っ青なお師匠さんが現れた。




「キリコ!キリコ!無事かい?何もされてないだろうね?」



 お師匠さんに全身くまなく点検される。



『何?何?何?』



「落ち着きなさい、ローガン。あんたのおかげでキリコちゃんは傷一つないから」



「へっ?私の?」



 ジョージーさんが私の話に補足して説明してくれる。



 お師匠さんからの手紙鳥で盗賊団のことを知った4人は警備隊の詰め所へ向かおうとする。その時、赤の煙弾が上がる。ちょうど、ファーメ亭のあたりだ。私が危険だと感じた4人は全速力で走りだす。


 入り口には若い警備隊員が立っていて、中に私だけが入っていったことと店主夫妻は不在のはずであることを知る。



 ジョージーはそのことから盗賊団が潜んでいる可能性に気づく。



『ん?えっ?盗賊団?あの人盗賊だったの?何?私、もしかして、危ないところだったの?』



 

話を聞いて、私は血の気が引いていく。足がガクガクしてきて、力が抜ける。崩れ落ちそうになったキリコをお師匠さんが受け止めてくれる。



「キリコ!キリコ!ごめんね!もう大丈夫だからね!この私が誰にも指一本触れさせやしない!」



お師匠さんは私を抱きしめると顔をくしゃくしゃにして大泣きしはじめた。





「うわぁ~ん!ごめんよ、キリコ!ごめんね!ごめんね!」



「うぇ~ん!怖かったよ~!お師匠さ~ん!」



 つられて私も泣き出し、2人で大号泣。ジョージーさんとオーカヨーさんが私たちをなだめるように、背中をトントンしてくれる。





「おっ待たせ~!やっぱりあいつらだったわ!マオさんが全員土牢に閉じ込めて・・あれ?」



 開けっ放しにしてあったお店の入口からソノーエさんが入ってきた。私たちの姿を見て、固まった。



 そこへ、マオさんが何かを抱えて入ってくる。



「あら、その子、どうしたの?」




 オーカヨーさんの言葉にみんなの視線がマオさんへ集まる。私の涙もピタッと止まる。





「・・・こいつ、盗賊団の仲間、というより奴隷だな」




「「「「「奴隷???」」」」」





 オーカヨーさんが肩にかけていたショールをテーブルの上に広げ、その上に子供を寝かす。どうやら、気を失っているらしい。




 全身うす汚れていて、頭はぼさぼさの埃だらけ、服はボロボロ。靴を履いていなので、足も真っ黒。



んん?わかりにくいけど、この子傷だらけじゃない?顔にあざもあるし・・・。


緊急事態にパニックになりかけた私はお師匠さんにすがる。



「大変!お師匠さん!助けてあげて!」





「よっしゃ!」



 張り切るお師匠さんの肩をジョージーさんがガシッと掴む。あ、食い込んでいる?




「写真を撮ってからにしようね、ローガン。あんたが証拠をキレ~イに消してしまう前にね」




「ハ・・イ・・・ソ・・デス・・ネ」



 なんで、カタコトに・・・。お師匠さんが震えているように見えるのは気のせいだろうか・・・。




「「ローガンのことは私たちが抑えて(押さえて)おくわ!」」




 オーカヨーさんとソノーエさんが良い笑顔でお師匠さんの腕を両側から掴む。




「そうしてもらえると安心だわ」



 ジョージーさんは子供の服を脱がして、いろんな角度から写真を撮る。あ、男の子だね。ごほっ。



「じゃあ、まずはクリーンの魔法だけ(・・)お願いね」




「クリーン!」



 お師匠さんが体に手をかざすと小さな風が起こる。あっという間にキレイに・・・って傷だらけじゃん!!




足や腕は傷だらけ・・・顔やお腹は、殴られたのか、あちこち赤青く腫れあがっている。背中には鞭でたたいたような跡・・・とコレ何?




「これは奴隷紋だ。これをつけられたら、主人の命令には逆らえない」



 私の疑問に気づいたマオさんが教えてくれる。



「えっ?じゃあ殴る必要ないじゃないですか!」




「・・・世の中には、弱いものを嬲ることが好きな奴がたくさんいる。奴隷だから、物として扱っても構わないと思っているんだろう」



 マオさんが険しい表情で言った。



 ショックだった。元の世界でもそういう話は聞いたことがある。学校にいてもちょっとした仲間外れやいじめ?みたいなものもある。でも、これはまったく違う。この世界の大人は体が大きい。盗賊団なんてきっとガタイのいい荒くれものだろう。そんなやつらがこんな小さな子に暴力をふるうなんて・・・・。




「キリコちゃんはいい子だなぁ~。ちゃんと真っ当な考え方ができる。その気持ち、ずっと持ち続けて欲しい」



 マオさんは顔に皺をつくって笑うと、私の頭を優しく撫でてくれた。



 そうしているうちに男の子の治療が終わったようだ。お師匠さんは奴隷紋も消そうとしたが、ジョージーさんに止められる。命には別条ない。奴隷から解放するなら、警備隊や上の判断を仰いでからと。



 お師匠さんは渋々引き下がった。



 そこへポーネ隊長が警備隊を引き連れてやってくる。ポーネ隊長はソノーエさんから裏に盗賊団をつかまえてあることを聞き、裏口へまわる。




 こうして事件は無事解決した。




 ファーメ亭のリドムさんとランさんも戻り、厨房の惨状を目の当たりにしてショックを受けるが、お師匠さんの魔法を使って、一瞬で元通り。料理は復元できないので、作り直しになったが、みんなで手伝い、噂の魚介類のドリアを美味しくいただいた。



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