3 キリコ、お師匠さんの家で暮らす
お師匠さんの家はツリーハウスだ。私が迷子になっていた〝ミズラフの森〟を出て、すぐのところにある。
ツリーハウスというよりは、家の真ん中に大きな木が一本はえている五角形の建物。
ツルツルの太い幹、日本家屋の柱よりもずっと太い。直径1m以上はある。
木自体はもう生きていないが、土魔法などで根っこを地面に固定し、幹の部分には時間停止の魔法がかかっているとか。
魔法のない世界から来た私には理解不能だが、まぁ、いい。考えてもわからないことは考えない。
玄関を入ってすぐの部屋は工房になっており、大きな窓を開けると庭に出ることができる。
工房の奥にキッチンとお風呂。仕事で全身汚れた時、すぐにお風呂に入れるよう1階にしたらしい。キッチンの奥には扉あり、そこから地下の貯蔵庫につながっている。お酒、調味料、保存食などの食料品や石鹼などの日用品も置いてある。
工房の端っこ、キッチンに近い場所に3人が座れるテーブルと椅子が置いてある。
ここは、お客さんが来た時に注文を聞いたり、お師匠さんの友達が来た時に、お茶したりする場所。
2階はお師匠さんの部屋と読書室。
読書室には、魔法学、薬草学、植物学、植物図鑑、草花の写真集など、仕事関係のものと、お師匠さんの趣味の物語系の本が壁一面に並んでいる。
ここは、私も出入り自由。字を覚えたら、色々読んでみたいと思う。
ありがたいことに、言語理解できるので、会話には困らない。
数の計算は10進法だし、四季があり、1週間は7日で、1年は12か月と元の世界と変わらない。ただし、文字はアルファベットのようなもので、数字も違う。読み書きだけは勉強するしかない。
部屋の壁に数字や文字を書いてはったり、単語帳を作ったりして、学習中だ。まぁ、元々受験生だし、このくらいの勉強はどうってことない。
異世界チートなのか、記憶力や理解力も上がっている気がする。
そして、3階。ここは、使っていない家具や仕事の材料など入れておく、倉庫として使っていたらしい。
広いテラスもついていて、洗濯を干したり、ハンギングチェアーで寝そべったりもできる。
私が居候させてもらっているのが、この3階。
倉庫のうちの一つを片付け、キリコの部屋として使わせてもらっている。倉庫にあった2段チェストが、ベッドとして使えるものだったので、そこに布団を敷いて使っている。
50cm四方のテーブルと椅子のセットもあったので、それを部屋に置かせてもらった。勉強するのにちょうどよい高さだ。壁にハンガーをかけるフックをいくつかとりつけてもらい、そこに服をかけておく。
なんと、部屋を出てすぐのところに、トイレと小さな水道まであり、とても便利。水道のところには鏡もついている。ラッキー!
お師匠さんがいうには、私も魔法が使えるらしい。水、火、風などの魔法のほかに、欲しいものを生成する謎の魔法が使える。ただ、これは魔力の消費が激しいので、なるべく使わないようにしている。これもチートなのかもね。
クラフトスキルや手芸スキルがあるというので、魔法を教えてもらいながら、現在修行中。まだ、皮をなめしたり、染めたりはしていない。魔法や文字の勉強をしつつ、端切れで小物を作らせてもらっている。
中3になってやる時間がなかったが、私の趣味は手芸。小学生の頃から、古くなった服をリメイクしたり、端切れでバッグや人形を作ったりして楽しんでいた。
小学生程度の技能なのですが、『私ってすごい!才能あるかも!』と本気で思っていた時期もありました。(小学生時代の黒歴史)
閑話休題。
私の面倒を見てくれることになったお師匠さん。服や靴も買ってくれて、飾りがなくてちょっと寂しいからとこげ茶のショートブーツには、青い小花を刺繡してくれた。
刺繍しただけで、ぐんと素敵になったブーツ。その刺繍に魅せられて、やってみたくなった私。お師匠さんに頼み込んで、教えてもらった。
白いシャツの首周りには、簡単な模様を刺繍し、5分丈の青いズボンは裾の部分に小鳥とクローバーのワンポイントを入れた。
「へぇ~、なかなかやるじゃないか。」
それから、皮の端切れに繰り返し、刺繍した。布と違って皮は厚みがあるし、針も長くて太い。結構力がいる。手が痛くなったり、皮がむけたり、針で手を指してしまったこともある。でも、やめなかった。だって、楽しかったから。
茶色の皮に白い猫と蝶々が刺繍してあるショルダーバッグは、はじめて作ったバッグだ。やや不格好だが、実はマジックバッグ。
そのあたりは、お師匠さんに手伝ってもらった。魔法陣をかいたり、魔石をつけたり、結構難しい。でも、練習には、ちょうどよかったみたい。
30cm×20cm×10cmの小ぶりなバッグだが、中には畳1畳分くらいのものが入るし、状態保持できる時間停止機能もついているので、買い物にも使っている。生鮮食料品とか、入れるのに便利だよね。
もちろん、 お師匠さんの作ったものではない。お師匠さんの皮製品は予約制で、半年待ちだ。
納品するのは、何を隠そう私の作った小物だ。3階の倉庫には、お師匠さんが革製品を作った時にでた端切れや染めてみたけれど、イメージと違って使わなかったものなどがたくさんしまってある。私にとっては宝の山だ。
そうこうしているうちに〝クラフトスキル〟〝手芸スキル〟ともにレベルが
〝職人見習い〟→〝新米職人〟になった。
この後、〝一般職人レベル〟〝中堅職人レベル〟〝熟練職人レベル〟などなどに上がっていくらしいけど、まだまだ先の話だ。
刺繍で出来が良いものを使ってポシェットや財布をこしらえてみたら、お師匠さんが売れると言い出した。
日ごろからお師匠さんは私に甘い。
「もう覚えたのかい?キリコは覚えが良いねぇ~」
「今日も早起きしたのかい?キリコは働き者だねぇ~」
「わっ、この目玉焼きとベーコン。絶妙な焼き加減じゃないか!もしかして、料理の才能もあるんじゃないかい?」
甘すぎるし、褒めすぎる。だから、本気にしていなかった。
『またまた、お師匠さんたら、褒めすぎだよ。そんなはずないじゃん』と思いながら、買い物に持っていったら、商店街のおばさまたちの目が〝キラ~ン〟と光って、声をかけられた。
「キリコちゃん、ちょっとそれ見せて」
「お財布もあるのかい?ちょっと見せてね」
「あらぁ~、バッグとおそろいなんだね」
両手が空くから便利とか、可愛いとか、うちの子に持たせたいとか・・・。
あっという間におばさまたちに囲まれ、そこに観光ギルドの職員までやってきた。
実はこの町、断崖絶壁の上に造られている。
港があるのは隣町なのだが、灯台が立っている。海がきれいで、観光客には人気のスポットらしい。
崖から落ちる人はいないのかと聞いたら、なんと結界があるそうだ。
この結界、常時作動はしない。人や生き物が落ちそうになると感知して結界を張るそうだ。
ちなみに、他国からの侵略にも備えていて、その際は、ココだけでなく、国全体が結界で覆われるのだそうだ。
どれだけ、魔力必要かって話だけど、ココ〝フロマージュ国〟には優秀な魔術師が多くって、結界に使う装置に定期的に魔力を補充しているんだってさ。
ここだけの話だけど、何かあっても、2、3か月は一人で結界張れるくらいの魔力が、お師匠さんにはあるらしい。(しぃ~)
隣町の港へ入る船が、夜間や霧の深い時にくると、この灯台から光が出て、港まで導いてくれるんだってさ。
あ、普通の商船に偽装した海賊なんかが来たときは、迎撃されるらしいよ。灯台の最上階には人工知能?みたいなのが備えられていて、自分で判断するんだってさ。
そして、警報がわりの鐘の音が鳴って、町全体に危険を知らせる仕組み。
魔法、スゴッて思ったよ。
灯台の1階には、売店があって、地元で採れた新鮮な野菜とか、山の近くで酪農業をやっているヒーターさんのところの乳製品などが売られている。
ここで、ポシェットや財布を置いてみてはと言われた。
地元の人も休みの日に親子で来たりするので、買っていくだろうと。
お師匠さんも二つ返事でOK。
というわけで、私の作ったものをここで売ることになった。完成をお師匠さんにチェックしてもらい、OKのでたものだけを売る。
NGだったものは、ほどいて縫い直したり、練習用にしたり、自分で使ったりする。
正直、ココは元の世界より居心地がいい。
この町に学校はない。7歳~10歳の子は、教会で、簡単な読み書きや計算を習う。もっと勉強したい子は、大きな町の学園に通う。よっぽど、優秀な子でないと、学園には行かず、家業の手伝いをしている子がほとんど。まぁ、お金もかかるしね。
だから、私と同じくらいの子は一人前の働き手だ。仕事中なので、あいさつ程度で話す機会も少ない。むしろ、おばさまがたや親にくっついている小さい子と話すことが多い。
私はなんでも全力でやるのが好きだ。やり始めると夢中になりすぎて、まわりが見えなくなる。
「また、一人だけ、目立とうとしている」
「いい子ぶるなよ」
「点数稼ぎでしょ」
やりたくてやっているだけなのに・・・。
一生懸命やっているだけで、敵意を向けてくる。一人だけさぼっているというならまだわかる。同級生って、ほんと面倒くさい。
それにくらべ、ここはいい。一生懸命やれば、まわりがちゃんと認めてくれる。だから、もっと頑張りたいと思う。
そうして、短期間で私のスキルもあがった。
まわりに変な気を使わなくてよいのはとても楽だ。今、私は自分のやりたいことを思う存分やらせてもらっている。
このままここで暮らしてもよいとさえ思うが、家族のことを思うとちょっと胸が痛む。
『私がいなくなって、大騒ぎしているだろうな・・・』
まさか、異世界に行っているなんて、誰も思わないだろうし、家出したとか、事件に巻き込まれたとか思われているんだろうな。
まぁ、考えたところで仕方がない。帰り方もわからないしね。
今は、ここでの生活を思いっきり楽しもう。
『いつか、帰ることになっても手に職をつけておけば、困ることはないだろう』
とお師匠さんも言っていたしね。
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