1 キリコ、異世界生活を満喫する
〝ダダダダダダ・・・ダン!〟いつものようにツリーハウスの螺旋階段を駆け下りる私はキリコ。
3段目からの着地も決まった。体操選手のように両手を上に伸ばしてポーズを決めるのも忘れない。
「お師匠さん、私、納品に行ってきます」
1階は工房で、お師匠さんは染色中だった手をとめた。
「キリコは今日も元気だねぇ~。気をつけていっておいで。転ぶんじゃないよ」
「はい、スピード出しすぎないように気をつけます!」
「ついでに、ヒーターさんのお店で牛乳とヨーグルトを買ってきておくれ」
「はぁ~い!行ってきま~す!」
外へ出ると、私は、お師匠さんに買ってもらった赤い自転車に乗って出発。
お師匠さんの家は、町の東側〝ミズラフの森〟のそばにある。民家や商店が立ち並ぶ中心地からは、やや離れているが、植物とか採集するのには都合が良いらしい。
町のメインストリートを走っていると、顔見知りの人がちらほら声をかけてくれる。
「キリコちゃん、おはよう!」
「おはようございま~す!」
「おはようさん」
「おはようございます!」
「キリちゃん、スピード出しすぎちゃだめよ~!」
「はぁ~い、気をつけます!」
キリコも挨拶を返すが、自転車なので、あっという間に駆け抜けてしまう。
町のメインストリートを抜けると灯台までは一本道だ。なだらかな斜面になっているので、ブレーキをかけながら、すすむ。
気をつけるように言われたのは、以前ノーブレーキで走ったら、勢いがつきすぎて止まれなくなったからだ。あやうく、海に落ちるところだったが、崖のところに結界が張ってあったおかげで、落ちずにすんだ。
自転車ごと、ひっくり返ったので、後頭部に大きなたん瘤ができて、お尻が2、3日痛かった。
マンベールは崖の上に建てられた町だ。そのため、結界が張られているんだって。
この結界、常時作動はしない。人や生き物が落ちそうになると感知して結界を張るそうだ。
ちなみに、他国からの侵略にも備えていて、その際は、ココだけでなく、国全体が結界で覆われるのだそうだ。
どれだけ、魔力必要かって話だけど、ココ〝フロマージュ国〟には優秀な魔術師が多くって、結界に使う装置に定期的に魔力を補充しているんだってさ。
ここだけの話だけど、何かあっても、2、3か月は一人で結界張れるくらいの魔力を、お師匠さんはもっているらしい。(しぃ~)
港があるのは、お隣〝クロミエの町〟
クロミエ港へ入る船が、夜間や霧の深い時にくると、この灯台から光が出て、港まで導いてくれるんだってさ。
あ、普通の商船に偽装した海賊なんかが来た時は、迎撃されるらしいよ。灯台の最上階には人工知能?みたいなのが備えられていて、自分で判断するんだってさ。
そして、警報がわりの鐘の音が鳴って、町全体に危険を知らせる仕組み。
魔法、スゴッて思ったよ。
灯台の前で自転車を降りた私は、灯台の中へ入っていく。
灯台の1階には、売店があって、地元で採れた新鮮な野菜とか、山の近くで酪農業をやっているヒーターさんのところの乳製品などが売られている。
「おはようございま~す。納品に来ました!」
「おはよう、キリコちゃん」
観光ギルドのカウンターにはブリアさんがいた。金の巻き毛がゴージャスな美人さんだ。
入ってすぐのところにあり、観光客に案内をするのは、観光ギルドのお仕事。コンシェルジュみたいな役割だ。
ここマンベール、クロミエなど海辺の町を収める領主様はゾーラ伯爵。ブリアさんはゾーラ伯爵領の観光ギルドの№2、副ギルド長だ。領都であるクロミエに本拠地はあるが、近いせいか、マンベールにもよくやってくる。
『良く会うけど、副ギルド長って、暇なのかなぁ~?』
私は気を取り直して、マジックバッグの中から、商品を取り出す。
「これ、お願いします。売れそうにないものは、持って帰りますので」
「わ~、いっぱい作ったわね。どれどれ、拝見いたします」
ブリアさんはにこにこしながら、私の作ったポシェットをひとつひとつ、丁寧にみていく。
「どれもきれいに縫えているわ。刺繍のデザインも可愛いわね。これ、人魚?可愛いわね」
「はい。そろそろ夏だから、海をテーマにしたものも、いいかなぁ~って思って」
「フフッ。観光客が来る前に売り切れそうね」
「そんな、まさか・・・」
「この前、姪っ子にあげたクマポシェットも大喜びだったの。港町のクロミエへお出かけするときに掛けて行ったら、あちこちで可愛いって褒められたって喜んでいたわ。」
クマポシェットは子供用に作った。バッグがクマの顔になるように耳をつけてみたものだ。
「気に入ってもらえて、うれしいです。あ、ドルフィー(※いるかのことらしい)とかだったら、男の子でも使えるかな?」
「ああ、いいかもね。男の子用は、ないのかっていう声もあったし」
女の子むけはアイデアが浮かぶんだけど、男の子用ってむずかしいよね~。あ、ボディバッグとかならいいかな?帰ったら試作して、お師匠さんに相談してみよう。
「うふふ、何かアイデアが浮かんだみたいね」
「え?」
『なんでわかったの?』
「誰だってわかるわよ。キリコちゃん、顔に考えていることが出やすいもの」
ブリアさんに笑われた。
『そんなに、わかりやすいかぁ~』ちょっと恥ずかしい。
「全部で20個ね。1個1銀貨。手数料の2割を引いて、16銀貨ね」
「はい。ありがとうございます。」
キリコは、ショルダーバッグから、黒猫のついた財布を出すと、その中にお金をしまった。
「あら、それも新作ね」
「ええ、猫はうまくできたと思うんですけど、ここに穴が開いていて・・・」
端切れを縫い足して、穴をふさいだところをみせた。恥ずかしい。
「あら~、ほんとね。もったいない」
「ええ。もったいなくて、なるべく、余らないように型紙ギリギリで切ったら、こんなことになってしまって、お師匠さんからも余裕をもって切るように言われました」
そのことがあってから、キリコは、ギリギリで切るのをやめた。かわりに残った部分をポケットや飾りなどほかのことに活かすように工夫することにしたのだ。
『だって、どれも素敵で、私にとっては宝物みたいなもの。少しだって無駄にしたくない』
キリコがポシェットを作るのに使っているのは、お師匠さんが革細工を作った端切れだ。お師匠さんがこだわって染めただけあって、どれも捨てがたい魅力的な色をしている。
「素敵な色合いだものね~。キリコちゃんが大切に使おうとするのもわかるわよ」
優しいブリアさんはちゃんと私の気持ちをわかってくれていた。うれしいな。
『まさか、今のも全部顔に出ていた???』
ブリアさんはクスっと笑いながら、奥の部屋へ入っていった。
『顔って表情だけだよね。声にだしてしないよね』
不安になった私。考え込みながら、歩く。
「あら、キリコちゃん、おはよう。今日は新作入っているわよ」
ジェラート屋のナナさんから声がかかる。
「えっ、新作?」
ショーケースの中をのぞくと、そこには七色のジェラートが!
おう!レインボー!
「こ、これって!」
「この前、キリコちゃんからアイデアもらったから、マスルさんに言ってみたの。そしたら、マスルさん、すっごく、やる気になっちゃって・・・」
ナナさんがクスクス笑う。
マスルさんは、ヒーター牧場の長男。加工工場を任されている。ちなみに次男のプレスさんは、奥さんのラッテさんとヨーグルトやチーズやバターのほうを作っている。
マスルさんは悩んだ。7種類となると相性をみるのが難しい。お互いを生かし合うものを選ぶのに苦労したそうだが、満足のいくものができたとか。また、それを混ぜないようにジェラート容器に入れるのも、ひと手間だったそうだ。
氷魔法が使える人なので、なんとかできたらしいが、あとは企業秘密。
『企業秘密だって、なんだってかまわな~い!』
「な、七色アイス、レ、レングボーゲください!」(注:レングボーゲ=虹)
「はい。銅貨3枚です」
ナナさんは、コーンにジェラートを山盛りにのせてくれた。サービス?いいえ、ここではこれが普通。これで銅貨3枚。日本円にして¥300。さっきの銀貨1枚は¥1000くらいだから、かなりのお得感。原料のミルクがよいのか、めちゃくちゃ濃厚で食べ応えも抜群!!
量も多く、ミルクが濃厚なので、結構お腹にたまる。(私は別腹ですが)親子連れでくると、子供の残したものを親が「ムッ、フゥ~~♡」と悶絶しながら食べる姿があちこちでみられる。
キリコは、階段を上って、展望台へ。
コバルトブルーの海が一面に広がる。右手を見下ろすとクロミエ港があり、そこに停泊している大型船が見える。
遠くを行きかう船や海鳥が飛ぶ姿もあり、紺碧の海と空のコントラストがとても美しい。〇ブリのアニメの世界みたいだ。眺めていると嫌なこともすべて吹き飛んでしまいそうだ。
『やっぱり晴れの日が最高だね!』
いつものように海をながめながら、アイスを食べる。
「ん、ふぅ~ん♡美味しい!これ、最高!」
強い海風が、キリコのおでこ丸出しにするが、そんなことにはお構いなし。キリコ14歳。色気より食い気のまだまだお子ちゃまである。
「風が気持ちいい~!」
納品に来るたびにここで、ジェラート休憩をとるキリコ。
ただいま、異世界満喫中!
※ そして、私は、お師匠さんに頼まれた買い物を忘れて帰り、再び買い物に出るのだった。
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