婚約破棄から『真実の愛』を手に入れました

uribou

第1話

 王家主催の若者のための集いで、わたくしの婚約者であるマイスカープ王国王太子アイザック様が高らかに声を響かせます。


「僕は真実の愛を見つけてしまった」


 あっ、『真実の愛』から入るパターンは新しいですね。

 芸術家肌のアイザック様らしいです。


「ここにいるケイシー・リース男爵令嬢こそが真実の愛だ。僕はケイシーに愛を捧げるため、君に預けていた愛を返してもらわなくてはならない」


 意味が浸透するとともに、令嬢令息の間にざわめきが広がります。

 預けていた愛を返す、要するにわたくしとの婚約を破棄するってことですからね。


「コーデリア・ソールズベリー公爵令嬢。僕の愛を返してもらえないだろうか?」


 アイザック様は五年の間、わたくしの婚約者でした。

 ああ、もうコディとは呼んでもらえないのですね。

 少々寂しくは思いますが……。


「謹んで愛をお返しいたします。アイザック殿下」

「ありがとう、コーデリア嬢。君の婚約者でいられてよかった」

「わたくしもです」


 これは本心です。

 いえ、政略ですから特に愛情を通わせていたということはないですけれども、貴重なお妃教育を受けさせてもらいましたから。

 であってもアイザック様……アイザック殿下の言葉に動揺しないのには理由があるのです。

 殿下とケイシー・リース男爵令嬢の親密さに気付いていたということもあるのですが……。


「皆様、お騒がせして申し訳ありません」

「ああ、宴は続くよ」


 わたくしはここで退場ですね。


          ◇


 それは三日前のことでした。


 ――――――――――


 侍女と街を歩いていた時に、辻占い師に声をかけられたのです。

 侍女は怪しいと言いましたが、わたくしは何となく抗いがたい雰囲気を感じて、話を伺いたく思ったのです。

 水晶玉を前にした占い師の老婆は言いました。


『あんた、コーデリア・ソールズベリー公爵令嬢で間違いないね?』

『はい』


 ズバリと言い当てられてビックリしました。

 私のことを元々知っていたのか、力のある占い師だからなのかはわかりませんが。


『よくお聞き。あんたは三日後のパーティーで婚約を破棄される』

『えっ?』


 三日後のパーティーと言えば若者のための集い。

 令嬢令息に出会いを提供しようという趣旨の催しです。

 原則的に婚約者のある者はエスコートされての登場ですが、今回はエスコートなしと王家から連絡が入っています。

 王太子アイザック様はあまり私に興味がないようで、最近では男爵令嬢ケイシー様に夢中という話もチラホラ聞きます。

 状況的に婚約破棄はなくはないと思いますが、同時に現実的ではないと思いました。


『ここまでは間違いないよ。占いにそう出ているからね』

『そうなのですね?』

『ショックかい? 気を落とすんじゃないよ』

『いえ、ショックと言いますか……』


 意外に思いました。

 何故ならアイザック様が次代の王たるためには、ソールズベリー公爵家の後ろ盾が必要かと思いましたから。

 リース男爵家ではとてもとても。


『王太子アイザックは陛下から大目玉を食らう』

『やはり王位継承権剥奪の上平民落ち、断種されて鉱山送りですか?』

『えっ? い、いや、犯罪者ではないから、そこまでの罰にはならないけれども』


 何だ、つまらないですね。

 どうせなら零落れ果てたアイザック様を見てみたいですのに。


『王位継承権剥奪で、個人資産からあんたに慰謝料が払われることになるだろうよ』

『……半端なざまぁですね。ケイシー様は娼館落ちですか?』

『あんたは極端だね。男爵令嬢ケイシーの罪は問えないだろう? 王太子に迫られちゃ拒否権なんかないんだから。せいぜい堕ちた王子アイザックをリース男爵家に引き取る、くらいだろう』


 本当につまらないです。

 侍女が口を出します。


『それではあんまりではありませんか。コーデリアお嬢様に非はないのに、傷物令嬢にされてしまって』


 そうです、自分の身のことを忘れていました。


『王太子に婚約破棄された公爵令嬢かい。まともな縁談なんて来るわけない……』

『でしょう!』

『たくさん慰謝料がもらえるなら構わないですけれども』


 男女の間のことは大変に気疲れするものと知りました。

 相手が仮にも王太子殿下だからかもしれませんが。

 これ以上の縁談がなくてもいい、もしあるならもっと楽な相手がいいと心から思います。


『……というのは国内に限定した話でね』

『『は?』』

『外国はあんたを欲しがるってことさ。ソールズベリー公爵家の優秀な令嬢で、お妃教育も進んでるからマイスカープ王国の内情にもある程度通じているあんたをね』

『……わたくしに情報的価値があるなら、逆に国外には出せないのでは?』

『それこそ逆だね。あんたには貴族の同情が集まる。あんたに十分に配慮しないと王家への不信感が増大しちまうのさ』

『そうなのですか』


 わたくしは外国に嫁ぐことになるのですか。

 国内では噂話のネタにされそうですし、いいかもしれません。


『外国からの縁談はいくつか来ると、水晶玉に出ているね。あんたは選べる立場だよ』

『と、言われても困りますね……どこのどなたがいいでしょう?』

『おや、丸投げかい?』

『お嬢様、隣国ヤルーラからのお話があれば、一番いいと思いますよ。ソールズベリー公爵領からも近いですし』

『ヤルーラとマイスカープは関係がいいから、狙い目かもしれないね。これは確定の未来ではないが、ヤルーラ第三王子のカーライルから縁談が持ち込まれる可能性は高い』


 カーライル殿下にはお会いしたことがあります。

 洒脱な感じの方です。

 側妃の子だから重要な役目は回ってこないよと、首を竦めていらしたのを覚えています。

 ……楽、という意味ではいいかもしれませんね。


『あたしの方からはそれだけだよ。お代は一〇〇ゼニーだ』


          ◇


 ――――――――――後日、王宮にて。ソールズベリー公爵ジェラルド視点。


「何とか無事に片が付いた。公、不肖の息子がすまんな」

「いえ、私こそ不肖の娘が申し訳ありません」


 陛下から呼び出された。

 用件はわかっている。

 先日のアイザック元王太子殿下と娘コーデリアの婚約破棄の件だ。

 全て予定通りになった。


「アイザックはリース男爵家のケイシー嬢と結ばれるだろう」

「めでたい、と言っていいのでしょうか?」

「ハハッ、マイスカープの行く末のためにはな」


 五年前にコーデリアとの婚約が整った時、アイザック元殿下は次代の王として過不足ない王子だと思われていた。

 しかしその後、生来の夢見がちな耽美的傾向が強くなり、高度の現実性を求められる国王としては失格であるという判断が下された。


 一方お妃教育の過程でコーデリアにも問題が指摘された。

 優秀ではあるが他人を信じやすい傾向があり、嗜虐性が認められると。

 将来の王妃の資質としてどうかと思われる上に、アイザック元殿下とはいずれ性格的に衝突するだろうと。


 頭を抱えざるを得なかった。

 何もないのに別れさせては信用問題だ。

 我々の陰謀が疑われてしまう。

 かと言ってこのまま王太子並びにその婚約者を続けさせては、王国の破綻が見えている。

 幸いトリスタン第二王子殿下が優れた才を見せ始めていたので、王太子を交代させることができれば……。


 アイザック元殿下がケイシー・リース男爵令嬢と親しい、という報が入ったのはそんな時だ。

 天啓を得たように感じた。

 アイザック元殿下をケイシー嬢に押し付けてコーデリアとの婚約を解消させ、その責で王太子の座から退いていただけばいい。

 援助と引き換えに男爵を抱き込むと、アイザック元殿下はケイシー嬢にのめり込んだ。


「よって婚約破棄の成立ですか」

「いやあ、あんなにホッとしたことはなかった」


 王太子が公開婚約破棄事件を起こしたというのに、ホッとしたという陛下の本音がおかしい。

 無事に、あえて無事にと言うが、トリスタン王太子殿下が誕生した。


「リース男爵家は頃合いを見計らって昇爵だ。その時は口添えを頼む」

「お任せを」


 アイザック元殿下の婿入りしたリース男爵家を厚遇すると、処分が甘いという声が出てくるだろうから。

 婚約破棄された側の我がソールズベリー公爵家のフォローが必要ということだ。

 男爵はやり手として知られる男なので、アイザック元殿下の件さえなければ昇爵にもそう違和感はない。


「邪魔するよ」

「叔母上」


 先帝陛下の妹君で隣国ヤルーラに嫁がれたグウィネス様だ。

 御夫君を亡くされて先日マイスカープに戻られた。

 今回の婚約破棄劇の裏事情をお知りの数少ない一人で、かつ我が国の若者の間で顔がほとんど知られていないということから、辻占い師役をお願いした方だ。


「まあコーデリアも大概面白い子だね。『やはり王位継承権剥奪の上平民落ち、断種されて鉱山送りですか?』だよ。引いたね」

「……」


 恥ずかしい。

 報告はあったものの、娘の嗜虐性というのはピンと来ていなかったから。

 おっとりとした子だと思っていたが、そんな一面があったとは。

 確かに王太子妃には向いてない。


「いや、いいんだ。カーライルは人当たりはいいけど、ちゃらんぽらんな子だからね。コーデリアとは相性ピッタリだと思うよ。コーデリアの素直過ぎる点も、疑り深いカーライルの妃ならそう問題にならない」

「叔母上がカーライル殿下を推薦してくれたのかい?」

「コーデリアの侍女から、外国ならヤルーラがいいという意見が出たのさ。それに乗っかっただけだね」


 ヤルーラ王国第三王子のカーライル殿下は、まあ軽い王子だという印象がある。

 地頭はいいんだろうな。

 ただ質実剛健な国風のヤルーラではあまりよく思われてはいないらしく、いつか身を滅ぼすんじゃないかと、国内での婚約者選びが難航しているらしい。


「カーライルは悪い子じゃないよ。能力はあるのに側妃の子だから軽く見られがちで、拗ねてるだけさ」

「ふむ、叔母上がそう言うならば、コーデリア嬢の嫁入り先としていいのではないか?」

「コーデリアの尻に敷かれりゃまともになるさ」

「……」


 これ、コーデリアの嗜虐性が期待されてるということなのだろうか?

 もう一つ納得いかないけれども。

 幸せになってくれるといいんだがなあ。

 ふっとため息を吐いた。


          ◇


 コーデリアはヤルーラ王国新公爵カーライルの妃となった。

 マイスカープとの交易量が増大し、カーライルは名領主と称えられた。

 また社交界でもカーライルとコーデリアの仲睦まじさは評判となった。


 ――――――――――


「あなた」

「!」

「ビクッとしないでくださいよ」

「あ、ああ、コーデリアか」


 ビクッとしないでくださいとは言いますが、カーライル様はその様子がとても可愛らしいのです。


「どうかしたかい?」

「いいお茶が手に入りましたのよ。あなたといただこうと思いまして」

「いいね」


 カーライル様は女性関係が派手と言いますか、誰にでもいい顔を見せる傾向がかつてありました。

 お相手を調べさせ、それぞれに丁寧な手紙を差し上げたところ、皆様によく理解されたようです。

 またそれ以来カーライル様がおどおどした顔を見せるようになりました。

 わたくしがそういう顔を好んでいると知って、気配りしてくださっているのでしょうね。


「ああ、いい香りです」

「そうだな……俺は君に頭が上がらないよ」

「交易の件でしょうかね? マイスカープ王国からわたくしが迎えられたということは、修好・通商が求められているのですから、当たり前ですのよ」

「いや、交易の件もあるが……」


 あるが、続きは何でしょうか?

 カーライル様がにこっと微笑みます。


「幸せの形とは自分で予期しないものであるのだなと、改めて思ったのさ」


 カーライル様の言葉に頷きます。

 アイザック様の婚約者であった時に、今のような平穏を思い浮かべることができたでしょうか?

 わたくしには王妃よりもカーライル様の妃が合っていたようです。

 カーライル様の後ろに回って軽くハグします。


「あなた」

「おや、今日のコーデリアは可愛いね」

「いつものわたくしはどうなのでしょう?」

「えっ? いいいいつもは威厳があって頼りになるかな、うん」


 そんな風に思われているとは知りませんでした。

 いえ、これも自分で知らない幸せの形なのかもしれませんね。

 あっ、アイザック様の仰っていた『真実の愛』がこれなのではないでしょうか?

 今、この瞬間に感謝します。

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