第138話 エピローグ⑦
聖都の魔法学院は国別対抗戦以来となる。あの時作られていた特設会場は無くなっており、校庭に戻っていた。そこでは何人かの学院生が魔法の練習をしていたが、その中にケンヤの姿はないようだ。
(さて、どこにいるのかな?)
(近くにいる人に聞いてみたらどうだ?)
(うん、そうしてみる)
アスカは、校庭で魔法の練習をしている女子学院生に近づき声をかけようとするが、別の生徒が放った
「きゃあ!」
突然、襲いかかってきた氷の礫に叫び声をあげて目を閉じる女子学院生。しかし、その衝撃はいつまで経っても訪れず、そっと目を開けると氷の礫は何か薄い膜のようなものにぶつかり止まっていた。
「えっと、これは結界?」
魔法を放った学院生も謝りながら駆け寄って来たが、女子学院生と一緒に結界を見て驚いている。
「あのー、この学院にタチバナケンヤさんがいると思うのですが、今、どちらにいらっしゃるかわかりますか?」
結界を見て驚いていることなど気にせず、あくまでマイペースに話しかけるアスカ。そのアスカを見た女子学院生は——
「あなたは"王都の小さい悪魔"!?」
(なんじゃいその二つ名は!!)
女子学院生は思わず叫んでしまったようで、慌てて口を押さえて気まずそうな顔をする。
どうやら聖都の有名人であるケンヤをコテンパンにやっつけてしまったことから、アスカはそんな二つ名をつけられてしまったようだ。
「悪魔ではないのですが……」
アスカはその二つ名を聞いてしょんぼりしてしまった。
「す、すいません。何というか、その……あっ! ケンヤさんでしたね。彼なら今、訓練室でクラスメイトの魔法練習に付き合ってると思いますよ!」
慌てて言い訳を考えるが、思いつかなかったのだろう。結局、ケンヤの居場所はわかったので問題ないのだが、こんな可愛いアスカが悪魔とは……誰だ言い出しっぺは!
(しかし、ケンヤがクラスメイトの魔法練習に付き合うとは、あれから少し変わったようだな)
(そうだね。ミスラさんも魔族が来た時、一生懸命戦ってくれたって言ってたもんね)
受付で要件を伝え、中に入れてもらう。王都の学院と造りが似ているので、訓練室もすぐに見つかった。
「そこは動きをもっと予測して、相手の逃げ道を塞ぐように魔法を放つんだ」
訓練室の中からケンヤの声が聞こえてくる。以前の刺々しい感じとは違い、熱心に指導しているようだ。
「こんにちはー」
アスカが入り口から顔を覗かせると……
「ヒッ!?」
ケンヤの叫び声が響いた。
その後、ケンヤと二人で話をしたかったので、空いている教室に場所を移してもらった。
「お久しぶりです、ケンヤさん。あの時はやり過ぎてしまいすいませんでした」
「い、いや、こちらこそ君の仲間を傷つけてしまい申し訳ございませんでした」
ケンヤのちょっと怯えたような様子がアスカにも伝わり、何とも言えない微妙な空気が流れる。
「それから、魔族が攻めて来た時には先頭に立って戦ってくれたと聞きました。ありがとうございました」
「そ、それは自分が住んでいる国を守っただけのことだから、むしろ君の仲間に助けてもらったので、こちらこそありがとうございました」
(なんだか随分、丁寧な喋り方になっちゃったな。まだアスカに怯えているのかな? ここは同郷ということを伝えて、親近感を持ってもらおう作戦で行ってみようか)
「ケンヤさんは転生者なのですよね? どちらの出身なのですか?」
「君に転生前の話をしても通じないとは思うが、僕は日本という国で生まれたんだ」
「えーと、タチバナケンヤという名前だから、日本だということはわかってますよ。東京の方ですか?」
「!? なぜ東京を知ってる?」
ケンヤが驚きのあまり、立ち上がってしまった。
「私の出身が東京なので。改めまして、ヒイラギアスカです。よろしくお願いします」
この世界に来て初めてフルネームで自己紹介をするアスカ。
「まさか!? そんな、いや、しかし。……本当なのかい?」
「はい、本当ですよ!」
「……初めて会えた。僕以外の転生者に」
ケンヤは感動のあまりなのか、目頭を押さえて黙り込んでしまった。
それからは、予想通り同郷の話で盛り上がり、ケンヤもアスカに対して親近感を抱いたようだった。
転生前のケンヤは生まれつき体が弱く、人生の大半を病院で過ごしていたそうだ。まれに調子が良く学校に行けたこともあったが、たまにしかこないケンヤはいつも仲間外れだった。もし生まれ変われるなら、絶対に強い人間になりたいと願っていたらしい。
そして、風邪をこじらせて亡くなった時に、その願いが叶ったというわけだ。
だからといって、ケンヤのしたことが許されるわけではないが、その話を聞いたアスカはケンヤに対する見方をちょっと変えたようだった。
「それで、アスカはこのことを伝えるためにわざわざ来てくれたのかい?」
話がひと段落したところでケンヤがアスカに聞いてきた。もっと大事な話があることに、何となく気がついたのかもしれない。
「実は、ひとつお願いがあって来ました」
「何だろう。君に出来ないことを僕ができるとは思えないが、それでもよければ力になるよ」
ケンヤはアスカに対する印象が180度変わったようで、とても好意的に接するようになってくれた。
「まずはこれを受け取って欲しいのですが……」
そういって差し出したのはキラキラ輝くクリスタル。
「! これはスキルクリスタルじゃないか!?」
「そうなんです。これは『スキルクリスタル6000』です」
「6000! そんなものがあるとは信じられない。これひとつでLv2のスキルが一気にLv5まで上がってしまうじゃないか!」
実はこのスキルクリスタル、アスカが作ったものなのだ。正確には空になったスキルクリスタルにアスカが自分の余ったスキルポイントを付与したものである。
以前、キリバスとソフィアにもらった使用後のスキルクリスタルをいじっていたら、自分のスキルポイントを付与できることを発見してしまったのだ。
「はい、その通りです。これを差し上げますのでお願いを聞いてもらえないでしょうか?」
そしてアスカがケンヤへの頼みたいことを話す。それは万が一また魔王が暴走したら、ケンヤを中心にチームを作って、その暴走を止めて欲しいというものだ。
あの魔王の感じからして、約束を破るとは思えないが、操られたりしないとも限らないのでね。アスカを抜かせば、ケンヤが一番強いと思ったので彼に頼みに来たのだ。
「き、君が止めれば良いのでは?」
ケンヤが最もな意見を言うが——
「私はこの世界を去ろうと思ってまして、ですのでケンヤさんにお願いに来ました」
「この世界を去る? それは本気なのかい?」
ケンヤからしてみれば、力が全てのようなこの世界で、最強のアスカは何不自由なく暮らしているのだと思っていたようで、アスカの言葉が信じられないのだろう。
「はい、私の居場所はこの世界にはないようですので……」
それを聞いたケンヤは何も言えなくなってしまった。ただ、魔王を止める役目は引き受けてくれた。そしてアスカはスキルクリスタル以外にも、自分の武器と防具をケンヤに譲った。魔王の強さは今のケンヤ以上だと思うから。
そしてケンヤにサヨウナラを言い、聖都魔法学院を後にした。
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