第137話 エピローグ⑥
一人旅4日目、今日、アスカは聖都に来ている。もう一人の転生者、ケンヤに会うためだ。ただ、ケンヤはいま魔法学院にいるだろうから、先にクラリリス教会にいるセーラのところに行って、お話でもしてくることにした。
「おはようございます。セーラさんはいらっしゃいますか?」
アスカは教会に入り、入り口に立っていた神父さんらしき人物に声をかけた。
「これはこれは、お嬢さんようこそクラリリス教会へお越しくださいました。ここは初めてですか?」
神父さんは柔らかな物腰に丁寧な言葉遣いだが、アスカの質問には答えていない。さすがにセーラはクラリリス教会のトップなので、いきなり『いますか?』なんて言ったので不審に思われたのかもしれない。
「はい、この教会に来たのは初めてです。セーラさんはいらっしゃらないですか?」
アスカも丁寧に質問に答えるが、セーラに会うことに関しては一歩も引くつもりはないようだ。
「やはり初めてでしたか。ここは神にお祈りする場所です。あなたもまずは中央の祭壇でお祈りしてみてはいかがでしょうか? 神の救いがあるかもしれませよ」
神父さんもなかなかの強者だな。あくまでも話しをはぐらかして、セーラには会わせないつもりのようだ。
「いえ、救いは特に必要ありませんから、セーラさんの居場所を教えてください。自分で会いに行きますので」
(アスカちゃーん、もうちーっと別の言い方があるんじゃないかな?)
(えー、だってお友達に会いに来ただけなのに何で止められなきゃいけないの?)
(セーラはこの教会で一番偉い人だからね。会いたいって人みんなに会ってたら大変なんじゃないかな)
(ふーん、じゃあ、聞き方を変えてみるね)
「そうですね。この教会はどなたでもご利用できますが、セーラ様に会えるのは誰でもという訳ではないのですよ。おわかりいただけますか?」
神父さんもアスカにははぐらかしても無駄だと思ったのか、ようやく核心に触れてきた。
「では、セーラさんに伝言をお願いしてもよろしいでしょうか? 友達のアスカが会いに来たって」
「ん? アスカ? 失礼ですが、あなた様はセーラ様と魔王討伐に行かれたアスカ様ですか?」
アスカの名前を聞き、急に態度が変わる神父さん。
「そのアスカです」
「これはこれは大変失礼いたしました。セーラ様からお話は聞いております。今、セーラ様にお伝えしてきますので、中で少々お待ちいただけますか」
そう言い残して奥の方に歩いて行く神父さん。アスカは言われた通りに中に入り、祭壇の近くの席に座る。
セーラを待っている間、教会の中を観察してみる。俺も初めて来る教会にちょっと興味があるからね。
ここクラリリス教会はこの世界で最も大きな教会で、訪れる人の数がとても多い。今日も平日の朝なのに次から次へと人が入ってきて、祭壇に向かってお祈りしていく。
それとは別に明らかに他とは違う、格の高そうな神父の前に並ぶ人々がいる。おそらく神聖魔法(といっても治癒や光操作のことだが)で、怪我や病気を治しているのだろう。神父が2人いて、治癒の詠唱と光操作の詠唱が聞こえてくることからも間違いないはずだ。
その様子を眺めていると、外から人が叫ぶ声が聞こえてきた。どうやら大けがをした人がいるようで、急いでこの教会に運んできたのだろう。入り口のドアが勢いよく開いて、数人の男に抱えられた若い男性が入って来た。
「神父さん、助けてくれ! うちの若いもんが崩れた家に巻き込まれて、腕を切断しちまったんだ!!」
作業服を来ているところを見ると、家を建てる大工か何かだろうか。ここまで来るのに少し時間がかかったようで、抱えられた男性はすでに意識がなく顔は血の気が失せて青白くなっている。
「わ、私じゃ治せない。奥にいるレイモンド神父かセーラ様を呼んできてくれ!」
男性の今にも死にそうな様子を見ると、間に合うかどうか微妙なところだ。とりあえずLv3の治癒が施され血は止まりつつあるが、すでに失った血が多すぎるのだろう男性は力なくぐったりしたままだ。
「けが人はどこだ?」
先ほどの2人の神父達よりさらに豪華な神官服に身を包んだ男性が、慌てた様子で駆け込んできた。作業服を着ていた仲間達も期待を込めたまなざしでその神父さんを見つめている。
「傷を癒やせ!
レイモンドと呼ばれていた神父が
「おい神父さん、腕が治らないじゃないか! どうなってるんだ!?」
作業服を着た男の一人が、レイモンド神父に食ってかかる。
「申し訳ないが、この方はすでに亡くなられている。死んでしまったものにはいかなる治癒も効果がないのだよ。私も助けることができなくて残念だ」
どうやら、神父の魔法は間に合わなかったようだ。
「ふざけるな! 残念で済む訳ないだろう。こいつは俺をかばって巻き込まれたんだぞ! こいつには恋人もいて、来月結婚する予定なんだよぉ。うぅ……」
レイモンド神父に食ってかかった作業服の男は、神父の襟をつかんだまま泣き崩れてしまった。
(これはつらいな……)
(うん、でも私なら助けられる)
「あのー、お取り込み中のところすいません。私なら助けられると思うのですが……」
アスカが泣き崩れている男性に申し出るが……
「うぅ、何だオマエは。今この状況がどういう状況なのかわかってるのか? 冗談なんか通じる状況じゃないんだぞ! そんなこと言うならこいつを生き返らせてみろよ! オラァー!!」
アスカの言葉を冷やかしだと受け取ったのだろう、激高してアスカを怒鳴りつける作業服の男性。『こいつ突然現れて何言ってるんだ?』って顔をしている野次馬の人達。もう諦めなさいと言わんばかりに首を横に振る神父。そんな人達の目の前で――
「それでは、
アスカの声とともに男性が光に包まれる。無くなった腕が元に戻り、顔に赤みがさす。そして――
「ゴホッ! うぅ、何が起きたんだ?」
男性が息を吹き返す。
「えっ!? えぇぇぇぇー!?」
「オラーーーー……あ? ああああ!?」
野次馬と神父さんは驚きの声で大合唱だ。アスカを怒鳴りつけていた男性が、生き返った若者とアスカの顔を交互に見比べる。アスカが男性に頷くと……
「お前、生き返ったのか! 良かった、本当に良かった!! あぁ、ありがとうありがとう。うぅ」
若者を抱きかかえ、涙を流しながら安堵の声を漏らす男性。そこへ――
「アースーカさーん! 何をやってるのですか!」
その声に振り向くと、セーラがとんでもない勢いでアスカの元に駆け寄り、むんずと腕をつかんで奥へと引っ張っていった。
「アスカさん何をやってるのですか! こんな人前で蘇生魔法を使うなんて! 教会の中で、教会以外の人間が蘇生魔法を使うと、どういうことが起こるかわかりますか?」
「ご、ごめんなさい。人助けのつもりだったのですが、何が起こるのでしょうか?」
「私の人気が……じゃなくて、教会の価値が下がってしまいます。あれを見た人は、『教会が助けられなかった人間を助けた者がいる。教会も大したことないじゃないか』となってしまうのですよ!」
「そ、そこまでは考えていませんでした。すいません。ですが、目の前で困っている人がいれば、やっぱり私は助けますよ」
正直、教会の体面のために助ける人を見捨てることなどありえない。アスカはそういう子なのですよ。
「……ごめんなさい。私の方がちょっと取り乱してしまいました。そうですよね。まずは『あの人を助けてくれてありがとうございました』でしたね」
そう言って頭を下げるセーラ。さっきは、教会のトップとして守らなければならないものがあっての行動だったのだろう。そう考えると攻める気にはなれないな。
「私ももう少しこっそりやればよかったですね。反省しています」
「大丈夫。こうなったら神様がクラリリス教会に使わした"天使"ということにしておきますので」
(おいおい、さすがにそれは無理がありそうだが、実際、アスカは天使に見えるからいいのか?)
「それはそうと、今日は突然どうしたのですか? もちろん会いに来てくれたことは、とっても嬉しいですけどね!」
アスカは、自分を見つめ直す一人旅をしていること、そして今日は以前ひどい目に遭わせてしまったケンヤに、謝りに来たことを告げた。
「なるほど、今、ケンヤさんは学院で授業を受けてるから、空いた時間で私に会いに来てくれたのですね。ということは、アスカさんはお昼過ぎまで時間があるということですね? ふふふ、ちょっとお手伝いをお願いしちゃおうかな!」
セーラが急に悪い顔をして笑い出したので、嫌な予感しかしないが、アスカはそれを見ても嬉しそうにしている。頼られるのは嫌いじゃないからね。
アスカは、クラリリス教会の高位の女性神官が着る服を着せられて、けが人、病人の治療をすることになった。その衣装は巫女さんのような衣装で……
(セーラ、グッジョブ!)
アスカにとっても似合っていた。どうやら"天使"は止めて、クラリリス教会の関係者をアピールするつもりらしい。さすがに世界最大の教会のトップ。なかなか強かだ。
アスカの役割は、先ほどのように教会に来る傷病者を待つのではなく、セーラと一緒に聖都を回るのに付き合うというものだ。歩いて来れない重病人を治すという名目だが、教会の力をアピールする目的もあるのだろう。まあ、助けてもらう方はどちらでも構わないのだろうが。
午前中いっぱいかけて、聖都を一回りする。いつもはセーラの魔力が足りなくなるので1時間程度、治せても数人で終わるそうだが、何せアスカのMPは8000を超えている上、回復速度が尋常じゃないので移動している間に完全回復してしまう。
何人治してもMPが切れることはないのだが、セーラの空腹が限界だったようでお昼で終わりにして、教会で一緒に昼食を食べた。
教会の食事は質素なものが多いので、厨房を借りてこっそりドラゴンやらインビジブルタイガーやらの肉を焼いて出してあげた。それはもう泣きながら喜んで食べてくれましたよ。
そして、昼食が終わると丁度いい時間になっていたので、アスカはセーラに別れを告げて聖都魔法学院を訪れた。
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