第135話 エピローグ④

 レスター達と久しぶりの狩りを楽しんだ翌日、アスカはレコビッチ商会の前にいた。


「すいません。レコビッチさんはいますか?」


 アスカがレコビッチの所在を確認するために、黒服の警備員に声をかけた。


「なんだい君は、レコビッチさんは……ってアスカさんじゃないですか! 今日はどのようなご用件で?」


 この警備員は、以前レコビッチ商会を訪れた時に対応してくれた人だった。


「あの、特に用事はないのですが、ちょっとお話ししたいなと思いまして……ご迷惑でしたか?」


「アスカさんが来たら最優先で案内するように仰せつかっていますので、問題ないかと思われます。こちらで少々、お待ちいただけますか」


 そう言って警備員はアスカを建物の中に案内し、レコビッチにアスカの来訪を知らせに行った。

 それからすぐにドタバタと足音が聞こえたかと思うと、扉が勢いよく開いてレコビッチが入ってくる。


「おぉ、久しぶりじゃのぅ。元気にしておったか?」


 息を切らせながら、破顔の笑顔で話しかけてくるレコビッチ。


(どんだけアスカに会いたかったんだよ!)


「はい、おかげさまで元気でした! レコビッチさんはお元気でしたか?」


「見ての通りじゃ。それで今日は何か話があるとか?」


 警備員から事情を聞いたのだろう、そして話があると聞いて少し心配になったのか、レコビッチの表情が少し強張っている。


「あっ、特別な話がある訳ではないので、お忙しいのでしたらすぐに帰ります」


「いやいやいやいや、どんなに忙しくてもアスカたん最優先じゃ!」


 アスカはそれを聞いてレコビッチにお礼を言ってにっこり微笑む。それこそ天使の微笑みで――

『ズキューン』と音が聞こえそうなくらいの勢いで、レコビッチがその笑顔を見て崩れ落ちた。


 そして、レコビッチはこの後の予定を全てキャンセルすると言ったのだが、さすがにそれは申し訳ないので、以前のようにレコビッチの仕事に同行させてもらうことになった。


「今日は、昔馴染みの騎士の家に頼まれた物を届けに行くんじゃよ」


 レコビッチが言うには、その騎士はサモエドと言う名前で小さい頃に仲良くしていた友人の息子だそうだ。

 その友人は数年前に魔物との戦闘で命を落としてしまい、不憫に思ったレコビッチは何かとその息子に目をかけてきたらしい。

 サモエドは現在、王宮に仕えるまでに成長したが、階級が低いうえに子どもがたくさんいるので、あまり裕福には暮らしていないようだ。

 そんなサモエドがコツコツ貯めたお金で新しい剣を新調したので、レコビッチが自らそれを届けに行くのだそうだ。


 今回は、届け物が剣とサービス品の中回復薬ミドルポーションだけなので、移動用の内装が整った馬車に乗り込む。道中でのレコビッチはアスカの王都での話を聞きながら、終始嬉しそうに頷いていた。


(グリモスには見せられない光景だな)


 そうこうしているうちに騎士の家に到着する。馬車の音で気がついたのだろう、若い騎士とその妻らしき人物、そして3人の子ども達が家の外まで出てきて2人を出迎えてくれた。





 古いが綺麗に掃除された家の中に案内され、これまた古いソファーに座るレコビッチとアスカ。レコビッチがサモエドにアスカを紹介し、アスカとサモエドがお互いに自己紹介をする。


「本日は、会長自らお越しいただきありがとうございます」


 それからサモエドはレコビッチにお礼を言う。さすがに騎士だけあって、その辺りはしっかりとしているようだ。


「うむ、早速じゃがこれが頼まれておった剣じゃ」


 そう言って、レコビッチはテーブルの上に一振りの剣を置いた。


「おぉ、これが!」


 サモエドはそっとその剣を手に取り、鞘から引き抜く。アスカの装備に比べれば、素材も付与も足元にも及ばないかもしれないが、ミスリルを鍛えた片手剣で切れ味が増す鋭利が付与されていた。サモエドの後ろでは3人の子ども達が、興味津々といった感じでその剣を見つめている。


 サモエドは剣を眺め、握りや重心を確認した後、鞘にしまい代金を支払うべく席を立った。


「いただき!」


 その隙を狙って兄弟の中で一番上の子であろう、10歳くらいの男の子がテーブルから剣を取って逃げ出した。


「おい、こら!」


 それに気づいたサモエドが注意するが――


 剣を大上段に構え走る男の子。しかし、剣の重さにバランスを崩し床に置いてあったおもちゃに躓く。勢いよく振り下ろされ、鞘が抜けるミスリルの剣。むき出しの刀身が、まだ立って歩くこともできないであろう小さな女の子に迫る。


「「「あっ!?」」」


 サモエドとその妻、そしてレコビッチの悲鳴が重なった。3人が最悪の展開を予想するが……


 バキィン!


 一瞬で女の子の前に移動したアスカが、ミスリルの剣を片手で受け止め……ようとしたら力が入りすぎて刀身を握りつぶしてしまった。


「「「…………」」」


「すげー! お姉ちゃんすげー!! 素手で刀を折っちゃった!」


 剣を振り下ろした子どもが、自分がしでかしたことも忘れ、興奮して大騒ぎしている。


「ご、ごめんなさい。剣を受け止めるつもりが折ってしましました」


 アスカは女の子を助けたはずなのに、ひたすら頭を下げて謝っている。


「あ、あなた。ミスリルの剣って素手で握って折れるものなのですか?」


 娘を助けてもらったはずなのに、目の前で起きたことで思考が停止しているのか、最初に浮かんだ疑問を解決しようとする奥さん。


「お、折れるはずはないんだが、だとすると今、目の前で起きたことはいったい……っは!? あれはミスリルではなかったとか!?」


 サモエドも奥さんの質問に答えるのが精一杯で、しかも自分の常識を通すために剣を偽物扱いする始末。


「そんなわけあるかい! 儂が用意したのは紛れもなくミスリルの剣じゃわい!」


 レコビッチは商人としてのプライドがあるのだろう、そこは強く否定する。


「大丈夫? 怪我はない?」


 アスカが座っていた女の子と、剣を振り下ろした男の子に優しく声をかける。それを聞いてようやく我に返ったサモエド夫婦。

 アスカの異常っぷりに驚いてはいるものの、まずはすぐに子どもの元に駆け寄り怪我がないか確認する。

 そして、怪我がないことがわかると厳しく注意し始めた。いくら子どもといえども、きちんと言わなきゃならないことはあるからね。


「ミスリルの剣を素手で折ったのも驚きじゃが、アスカたんの動きが全く見えなかった……」


 Sランク冒険者ですら見えないアスカの動きが、レコビッチに見える訳もなく、ただただ驚いている。


「アスカさん、本当にありがとうございました。あなたがいなければ娘を失っただけでなく、息子も一生残る心の傷を負っていたところでした」


 子どもへの話しが終わったサモエドが、努めて冷静な表情でアスカにお礼を言い深々と頭を下げた。


「お子様の方は無事で何よりなのですが、その……剣を折ってしまってすいませんでした」


「何を言ってるのですか!? 子どもの命を助けるために折られた剣なんて、どうでもいいのですよ!」


(それはそうだろうけど、せっかくだからアスカ、一振り作ってあげたらどうだ?)


(そうだね。素材もいっぱい余ってるし、家で作ってこようかな)


「もしよろしければ私に一振り打たせてもらえませんか? 剣がないとサモエドさんも困ると思いますので……」


「何!? アスカたんは剣も打てるのか!?」


 その言葉に、サモエドよりもレコビッチが先に反応した。


(さっきから気になってるが、もう初老のおじいちゃんがアスカたんはないだろうよ……)


「子どもの命のを助けていただいた方に、剣まで打ってもらうなんてそんな失礼なことなどできませんよ!」


 そう言うサモエドは、恐縮しきっているようだった。


「素材は余ってますし、それほど時間もかからないので打ってきますよ? ご希望の素材や付与なんてありますか?」


「何!? アスカたんは付与もできるのか!?」


 少々、うるさいのでレコビッチの発言はスルーするとして、どんな剣がいいのかアスカが聞いてみる。


「いや、しかし、それではあまりに……」


 サモエドがまだぶつぶつ言っていると、後ろにいた子ども達が話の中身を理解したのか、さっきまで怒られていたのもどこへやら『オッリハルコン! オッリハルコン!』と大合唱を始めた。


 それを聞いたアスカは――


「子ども達もああ言ってるので、オリハルコンで作ってきますね」


 疑問形にすると断られそうだから、決定事項として伝えちゃう。そして、すぐに空間転移で自宅へ戻った。


 〜side ???〜


「レコビッチさん、アスカさんって何者ですか?」


 サモエドは騎士として王宮に仕えているので、Aランクの資格を持つ先輩や同僚も何人か知っている。しかし、王宮でもトップクラスの強さを誇る彼らを以てしても、今の動きは不可能のように思えた。

 13歳の女の子が目でも追えない速さで動き、素手でミスリルの剣を握りつぶす。こんな話し、目の前で起こらなければ到底信じられなかっただろう。


「それが、実は儂もよく知らないんじゃ。セルビアの町から王都に向かっていたアスカたんを、街道で拾ったのが出会いじゃったのじゃが、あの子の素性は謎でのぅ、王都で冒険者をしていることくらいしかわからんのじゃ。あと、儂は孫だと思っちょるけどな」


 レコビッチの説明にサモエドは首をかしげた。


(あれだけの強さがあって素性が知れない? 最近どこかで似たような話を聞いたような……あっ! 思い出した。ついこの間、魔王を討伐したSランク冒険者の中に、一切の素性がわからない冒険者がいるって騎士団長が言ってたな。"漆黒の天使"と呼ばれているその冒険者の名前は……!!! アスカだ!)


「レ、レコビッチさん。もしかして、アスカさんってついこの間、魔王倒しちゃったりしてませんかね?」


 恐る恐る質問するサモエド。もし先ほどの彼女が本物の"漆黒の天使"ならば、大変なことなのだ。何せ世界に11人しかいないSランクの冒険者であり、とても信じられない常識外れの武勇伝で、最近人気が急上昇中の人物なのだ。

 そんな有名人がこの家に来たとしたら……おまけに剣までくれるという。サモエドの心臓が一気にバクバクいい始める。


「ま、魔王じゃと!? アスカたんは今日急に会いに来たから、最近何をしていたのかなぞわしゃ知らんが、一体どういうことじゃ?」


 そこでサモエドとレコビッチが情報交換を行い、まず間違いなくアスカが"漆黒の天使"と同一人物だという結論に達する。


 そこにアスカが、オリハルコンの剣を作り終えて帰ってきた。



〜side ショウ〜


「お待たせしました」


 そう言ってアスカが剣を差し出そうとすると、それを遮るように興奮した様子のサモエドがアスカに質問する。


「アスカさんは、もしかして"漆黒の天使"さんでしょうか?」


「えっ? あっ、はい。確かにSランクになった時に、そのような恥ずかしい二つ名を付けられてしまいました……」


 アスカはその二つ名で呼ばれるとは思ってなかったのだろう、顔を赤くしてうつむいてしまった。


「サ、サインください!」


 なぜか奥さんが、「週刊冒険者」の"漆黒の天使"特集のページを開いてサインをせがんでくる。


「「うぉー!」」


 後ろで雄叫びを上げている男の子2人は何をそんなに興奮しているのだろう……。


「あ、握手してもらっていいですか?」


 サモエドが握手を求めて手を差し出すと、なぜかレコビッチも両手を差し出して満面の笑みで握手を待っている。


 もうこうなってしまっては、満足するまで好きにさせるのがいいと思ったので、アスカは握手にもサインにも応じて、みんなが落ち着くのを待った。


 そして、一段落したのでようやく剣を渡したのだが……


「これが新しい剣になります。素材はオリハルコンで付与は身体強化と結界と聖属性にしておきました。


「はっ? はぁぁぁー!?」


 このアスカの説明で、せっかく一段落したお祭り騒ぎが復活してしまった。


『これで階級が上がること間違いなし!』だとか『お給料が上がれば、私達の暮らしも楽になる!』だとか『この剣をまともに買ったらいくらになるんじゃい!?』などという声が聞こえてくる。

 なかなか収まりがつかないので、みんなが剣を見つめながらあれこれ言っている間、アスカは唯一この騒ぎに無関係な小さな女の子と遊んでいた。





「本当にありがとうございました」


 落ち着きを取り戻したサモエドはこんな高価なものは受け取れないと言ったが、ミスリルの剣の代金は支払わなければならないし、お金にも素材にも困っていないことを力説してなんとか納得してもらった。


 そして、サモエド一家みんなに見送られ、レコビッチと一緒にその場を後にした。


「まさか、アスカがSランクの冒険者になっているとは思ってなかったわい」


 帰りの馬車の中で、レコビッチが改めて感心し直したのか、独り言のように呟いた。


「すいません。レコビッチさんに隠しているつもりはなかったのですが、忙しくてお伝えする暇がありませんでした」


「いやいや、謝ることじゃなかろうて。素直に感心しておったのじゃよ」


「そう言ってもらえると嬉しいです。そして今日は、お忙しいのに私のわがままにお付き合いいただきありがとうございました」


「なに、儂も久しぶりにアスカたんとデートができて楽しかったぞ。友人の孫娘の命も助けてもらったし、むしろ儂の方がお礼をいいたいわい」


 そんな会話をしながらレコビッチ商会に戻り、家に着いた時には辺りが薄暗くなってきていたので、レコビッチにお礼を言って自宅へ帰っていった。


(明日はベンさんと、ソニアさんのところだね)


(そうだな。あの2人には商品を届けられなくなることを伝えないとな)


 その確認をして、自分を見つめ直す旅の2日目が終了した。

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