第134話 エピローグ③

「アスカ、助かったよありがとう! でも、なぜこんなところに?」


 アスカにお礼を言いつつ剣を収めながら、改めて驚いた表情で質問するレスター。その横で、シーラもエリックも同じように驚いているが、嬉しそうな表情も見せている。


「はい、実は王都で大きなクエストを受けていたのですが、ひと段落したのでちょっと自分を見つめ直す旅に出ようかと思いまして……」


 今の状況を簡単に説明したアスカだったが、詳しい話は後でするとして、せっかくだから久し振りに一緒に狩りをしようということになった。

 レスター達は先ほどの失態は置いておいて、どれだけ強くなったかを見てほしいようだ。そして、あのアスカがどのくらい強くなったのかを見てみたいのだろう。


(このメンバーは懐かしいな! ジャイアントボアやクイーンアントとの戦いを思い出す)


(そうだね! ジャイアントボアの時はシーラさんに色々バレちゃったよね)


(そうそう、あの時は本当に自分の不甲斐なさにがっかりしたよ)


「それじゃあ、何を狩りに行きますか?」


 シーラも久しぶりのアスカとの狩りで、わくわくドキドキしているようだ。


「そうだ! アスカがいるならを狩りに行こうよ!?」


(ん? あれ? ここはそれほど強い敵はいないと思ったが、エリックは何のことを言ってるんだ?)


「あれって何でしょうか?」


「うん、実は最近、この奥にS級のカイザーワプスが巣を作っているという情報があってね。セルビアにはSランク冒険者はいないから、ギルドでも対応に困っているらしいんだよね」


 レスターがについて教えてくれた。


「そういうことでしたか。わかりました、一緒に退治しちゃいましょう!」


「S級の魔物ですが、大丈夫でしょうか?」


 カイザーワプスなら以前倒したことがあるから、アスカは簡単に引き受けるが、そうとは知らないシーラは少し不安そうだ。


「えへ! 実は私、Sランクなので多分大丈夫だと思います!」


(『えへ!』いただきました! 可愛いよアスカ!)


「「「えっ? えぇぇぇ!?」」」


 3人の声が森の中に響き渡る。AランクからSランクへ上がる難しさを知っているのだろう、いくらアスカが強くてもこれほど早く上がるとは思っていなかったようだ。


「Sランクってことはもしかして、さっき言ってた大きなクエストって『魔王討伐』のこと!?」


 さすがに魔王討伐については誰もが知っているようだ。ただ、アスカについてはほとんど情報が出回っていないようで、『週刊冒険者』にも名前が載っていなかったそうだ。


(ってか、エリックも『週刊冒険者』読んでたんだ……)


「あの"漆黒の天使"がアスカだったんだね!?」


(レスターも読んでるのか……)


「えっ、じゃあ、もしかしてグリモス様やサンドラ様と一緒に旅をしたってこと!?」


 グリモスやサンドラは魔法使いにとっては憧れの存在なのだろうか?

 サンドラはいいとしてもグリモスはねぇ。孫でもないアスカにデレデレのおじいちゃんだったから、あんまり凄いってイメージがないんだよ。


「そうなりますね。お二人ともLv5魔法の使い手でしたよ」


 シーラはその2人の話を詳しく聞きたそうだったが、これから狩りにいくから帰ってからにするようにとレスターに止められていた。


 そして、4人は作戦を立てながらカイザーワプスの目撃情報があった地点を目指す。


「まず、敵が何体いるのかを確認する必要があるが、カイザーワプスはアスカに任せていいのかい?」


 作戦を考えるのは変わらずレスターのようだ。


「任せて下さい!」


「僕らはアスカがカイザーワプスに集中できるように、周りの魔物を排除しよう。おそらく、キングワプスやクイーンワプス、ソルジャーワプスがいるだろう」


「あーあ、Lv4のスキルがあれば範囲攻撃ができるのにな」


 エリックが鍛えている弓術はLv4で豪雨撃ちスコールショットが撃てるようになる。豪雨撃ちスコールショットは小さくて素早い敵には効果抜群なのだが、ないものは仕方がない一匹ずつ倒してもらおう。それは、シーラも同様でLv4になれば狂った竜巻レイジトルネードが使えるようになり、これまたワプス系には効果抜群だったのだが。


 とりあえず探知があるのでアスカが調べてみると、カイザーワプス1体、キングはおらず、クイーンワプスが2体、ソルジャーワプスが多数確認できた。それと……


(お兄ちゃん、何か別なのがいるね)


(これはSS級の昆虫王インセクトロードか? 何でこんなところにいるんだろう?)


(でも、カイザーワプスの巣からは少し離れてるね)


(そうだな、戦闘にはならないかもしれないから、一応、俺達が警戒しておけば伝えなくてもいいんじゃないか?)


(うん、そうするね)


 アスカがワプス系だけの情報を伝えると、レスター達はアスカの探知の範囲の広さに驚いていたが、すぐさま作戦を細かく練り直す。カイザーワプスの相手は変わらずアスカで、クイーンワプス2体はレスターとエリックが担当するようだ。

 その間、ソルジャーワプスはシーラが相手をすることになるので、他の3人はできるだけ早く倒し、シーラの加勢に入る作戦だ。


「向こうに巣が見えますね」


 アスカが指を指した先には、大きな蜂の巣というかもはやドーム状の建物にしか見えない建造物が見えた。その周りを何匹かのソルジャーワプスが飛び回っており、カイザーワプスやクイーンワプスは巣の中にいるようだ。


「中のワプスが出てくるまで、全員で外にいるソルジャーワプスを退治しておこう」


 レスターの言葉に全員が戦闘態勢をとるが、ここはまずエリックの弓の腕前を見せてもらえそうだ。


 エリックが真っ赤な弓から矢を放つ。見事にコントローされた矢は寸分違わず、ソルジャーワプスの心臓に刺さった。もちろん、追尾撃ちコントロールショットで自分の位置を悟られないようにしている。同じように2匹倒したところで、異変に気が付いたのだろう、巣の中からクイーンワプスとカイザーワプスが出てきた。


「それじゃあ、ここからは作戦通りで!」


「らじゃ!」

「任せて!」

「はい!」


 レスターの声に3人が応えた……と思ったのも束の間、遠くから響くアスカの声。


「カイザーワプス倒しました! シーラさんのサポートに入ります」


 アスカが空間転移でカイザーワプスの背後に転移し、音もなく一刀両断したのだ。3人は瞬きを1回したらS級の魔物が真っ二つに切り捨てられている状況についていけず、自分達の役割を忘れて呆然と立ち尽くしている。


雷の閃光サンダースパーク!」


 さらにアスカは3人がワプスを倒しやすいように、麻痺効果のある雷の閃光サンダースパークを放つが、込められている魔力が半端ないので、あり得ない範囲で光の球が出現し、その場にいた全てのワプスが痺れて動かなくなってしまった。


「さあさあ、みなさんどうぞ。倒しちゃってください!」


 アスカの言葉に反応しない3人組。今度は雷の閃光サンダースパークの範囲と威力に固まってしまったようだ。


 その後、何とか気を取り直した3人が動けなくなったクイーンワプスとソルジャーワプスに黙々とトドメを刺していくが――


「何だろうこの作業感。以前にも同じことがあったような……」


 レスターは昔、ジャイアントボアを泥沼にはめた時のことを思い出しているのだろう。シーラもエリックも『あったあった』と言って苦笑いをしている。


 と、その時少し離れたところにいた、昆虫王インセクトロードがこちらに向かって動き出すのを探知した。


「みなさん、ちょっと動かないでください。昆虫王インセクトロードがこちらに向かっているようです」


 アスカはそう言って迎え撃つ準備をするが――


「「「はぁー!?」」」


昆虫王インセクトロード!? S級よりさらに上、伝説の魔物じゃないですか!?」


 真っ先に驚きの声を上げたのはシーラだ。エリックも何か言いかけたが、突如訪れた突風のせいで何も言えずに顔を背けてしまう。そして、顔を上げたその先にはカブトムシの角、クワガタのハサミ、カマキリの身体と前足、サソリの尻尾を組み合わせた、体長5mはあろう銀色に輝く昆虫族の王がいた。


「ワレハインセクトロード、ココハワレノナワバリダ。スグニデテイッテモラオウ」


 機械的な声で昆虫王インセクトロードが忠告してきた。


(こいつ、どこから声を出してるんだ?)


 レスター達3人は、突如現れたSS級の魔物が放つ威圧に足がすくんで動けないようだ。 


昆虫王インセクトロードさん、こんにちは。あなたの縄張りだとは知らなかったのです。ごめんなさい」


 アスカにとってはカイザーワプスも昆虫王インセクトロードも大した違いはないが、一応、縄張りに勝手に入ってしまったので謝っている。


「ところで昆虫王インセクトロードさんは、何かいい物持ってたりしませんか?」


 アスカは地竜王アースロードがスキルクリスタルをくれたのを思い出して、昆虫王インセクトロードも頼めば何かくれるのではないかと思ったようだ。

 事情を知らない3人は、SS級を前にして落ち着いているアスカに驚いたが、今度はアスカが昆虫王インセクトロードを怒らせるのではないかとビクビクしている。


「イマノカイワノナガレカラ、ナゼソノヨウナハナシニナル」


 昆虫王インセクトロードは見た目は昆虫だが、頭はいいようだ。


「以前出会った地竜王アースロードさんがスキルクリスタルをくれたので、昆虫王インセクトロードさんも何かくれるんじゃないかと思いまして」


「……オマエハ、ジャナクテ、アナタノナマエハ、アスカサンデスカ?」


 急に言葉遣いが丁寧になる昆虫王インセクトロード


(これはもしや……)


「はい、私はアスカですが、どこかでお会いしましたか?」


(アスカよ、会ってる訳ないだろう! こんな目立つ奴に会ってたら絶対覚えてるわ!)


(そ、そうかな? もしかしたらってこともあるかと思って……)


「アッタコトハアリマセンガ、アナタハマモノタチノアイダデモユウメイナノデ……」


 どうやら何体ものSS級の魔物と仲良く? なっているうちに、アスカの名前は有名になってしまったようだ。昆虫王インセクトロード曰く、『アスカに会ったらまず土下座』が知恵ある魔物達の間での合い言葉になっているそうだ。


「あ、アスカって一体何者なの?」

「僕が聞きたいくらいだ」

「ブーンブーン、ドッカーン」

「エリック、しっかりしろ!」

「はっ!?」


 昆虫王インセクトロードの威圧が弱まり、ようやく動けるようになった3人は、これまたどこかで聞いたような会話を繰り広げている。


「イマハ、コノヨウナモノシカモチアワセテオリマセンガ、ドウゾオオサメクダサイ」


 そう言って昆虫王インセクトロードが出してきたのは、銀色に輝く数枚の葉っぱだった。


「これはもしかして……ネオジム草ですか?」


「サスガハアスカサン、シッテイマシタカ。ニンゲンカイデハ、マダカクニンサレテイナイトキイテイタノデスガ」


(これがネオジム草か、俺達でも初めて見るな)


 3人も何でこんな葉っぱを大事そうに出してきたのだろうといった顔で、不思議そうに見つめているので、アスカが説明する。


 このネオジム草はS級の魔物の血と心臓と混ぜることで、最終究極秘薬ラストエリクサーになるのだ。最終究極秘薬ラストエリクサーは近くにいる味方のHPとMP、全状態異常を瞬時に完全回復させてくれる薬で、その存在は過去の文献などで知られているが、材料であるネオジム草を見た者は誰もいないという話なのだ。


 そう、今までは誰も見たことなかったのだが……


「見ちゃいましたね、私達……」

「これって人類初ってことなのか?」

「バビューン」


「エリックさん!」


「はっ!?」


 エリックはさっきから別の世界へ旅立ちっぱなしのようだ。アスカの呼びかけで戻って来たようだが、ちょっと、彼には刺激が強すぎたみたいだ。





 昆虫王インセクトロードと別れ、森の入り口へと戻って来た4人。アスカはここでみんなに別れを切り出した。


「今日は久しぶりに一緒に冒険ができて楽しかったです。ありがとうございました」


「いやいや、こちらこそありがとう。アスカが来てくれなかったらあそこで死んでいたよ」


 アスカのお礼にレスターがお礼で返す。


「もう、行くのですか?」


 シーラはアスカの雰囲気を察して、先に声をかけてきた。


(相変わらず鋭いな、シーラは)


「はい、また次の場所に行こうと思います」


「この葉っぱ貴重なんだよね? もらっちゃっていいのかい?」


 いつも遠慮しないエリックも、さすがにこの葉の価値に気がついたのだろう、少々萎縮しているようだ。


「ええ、私には必要ありませんので自由に使ってください」


 売れば3人が一生遊んで暮らしても使い切れないほどの大金が手に入るであろう銀色の葉。3人はエリックが持つその葉っぱを改めて見つめている。


(3人はどうするんだろうね、この葉っぱ。あまりに価値がありすぎて、逆に扱いづらいだろうに……)


「それでは、みなさんお世話になりました。私が組んだ初めてのパーティーがこのパーティーで本当によかったです。これからも頑張って下さいね!」


 そう言ってアスカは3人とそれぞれ握手をして別れを惜しんだ後、次の目的地へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る