第132話 エピローグ①

 翌朝、誰よりも早く起きたアスカはクランのメンバーに書置きを残していく。そこにはクランでの思い出や感謝の言葉、これからもよい冒険者であり続けてほしいという願いなどが、びっしりと書き込まれていた。


 そして、もしかしたらここへはもう戻ってこないかもしれないと、覚悟を決めてそっとハウスを後にする。少し離れた場所で空間転移しようとしたアスカは、後ろから声をかけられ振り向いた。

 そこには初めて友達になれたソフィアと、年下の自分を師匠と言って慕ってくれるミーシャが立っていた。


「王都に帰って来てからのアスカさんの様子が、何となくおかしかったので、何かあったんじゃないかって思ってました」


 ソフィアは、本当にアスカのことをよく見てくれているようだ。


「私もアスカさんが遠くに行ってしまうような気がして、落ち着かないんです」


 さすがはミーシャ、そういった気配を感じる能力は人一倍である。


「ソフィアさん、ミーシャさん……」


 この2人に引き止められたくないから、早起きして出てきたわけだが――


「アスカさん、ここは何があってもアスカさんの居場所ですから、遠慮せずにいつでも帰ってきてくださいね」


 ソフィア達はアスカを引き止めることはしなかった。でも、アスカにも帰る場所があることを教えてくれたのだった。


(仲間ってありがたいな、アスカ)


(うん……)


 アスカ達3人は抱き合ってしばらく泣いていた。


「それじゃあ、行ってきます」


 ひとしきり3人で泣いた後、スッキリしたかのように晴れ晴れとした笑顔で別れを告げるアスカ。


「必ず帰ってきてくださいね」


 ミーシャは無理やり作った笑顔でアスカを送り出す。


 そして、空間転移でアスカの姿が掻き消え、残った2人は顔を見合わせて、何も言わずに静かにハウスへ帰って行った。





(お兄ちゃん、この場所覚えてる?)


(ああ、もちろん覚えてるよ)


 アスカはとある森の片隅に立っていた。それほど木が生い茂っている訳でもなく、遠くの方には道らしきものが見える森の片隅に。


 ガサッ


 少し離れた茂みから音がしたので振り向いてみると、そこから現れたのは3匹のブラックウルフ。


(なんか来た時と同じだね)


 そう、アスカは今、転生した時に立っていた森に来ているのだ。


 ブラックウルフの1匹がアスカに気が付き、唸り声をあげながら迫って来た。残りの2匹も、急に現れた美味しそうな獲物に興奮しながら先頭の後を追う。


「危ないぞ君!」


 街道側から声がしたので、ブラックウルフの攻撃は無視してそちらを見るアスカ。


「あっ! クロフトさん!?」


 そこにはアスカがこの世界に来て、1番最初に話した人物、アスカが人助けを当たり前だと思えるようにしてくれた人物が立っていた。


 アスカは、両足と左腕にブラックウルフを装着したままクロフトに駆け寄る。


「お久しぶりです、クロフトさん。お元気でしたか?」


 笑顔で声をかけるアスカだが――


「お、おかげさまで、げ、元気だったが……その、君は大丈夫なのかい?」


 ブラックウルフに盛大に噛みつかれながら、笑顔で話しかけてくるアスカにドン引きしながら、引きつった顔で答えるクロフト。


「えっ? 何がですか? 見ての通り元気いっぱいですよ!」


「いや、確かにダメージは全くないようだけど、その、噛まれてるよ?」


「あっ! ほんとだ。気が付きませんでした」


 アスカは無造作にブラックウルフを掴むと、『ポイポイ』っと投げ捨てた。


 弱々しい悲鳴をあげながら逃げて行く3匹のブラックウルフ。


 その様子を唖然とした様子で見送ったクロフトは、改めてアスカを見つめ直してこう呟いていた。


「めっちゃんこ強くなってる……」





 クロフトと再会した後、2人は歩いてセルビアに向かった。なぜクロフトがあんなところにいたのかというと、彼はアスカが町を出た後、アスカと同じ境遇の子どもを少しでも減らしたいと、あの道を定期的に巡回するようになったのだそうだ。


(相変わらず、なんていい人なんだ!)


 クロフトの息子のケインもあの後はすっかり元気になった上に、アスカに憧れて冒険者になると言ってるらしい。


 そして2人が町に着いた時、クロフトは門の横に立ち、姿勢を正してこう言った――


「ようこそ! セルビアの町へ」

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