第128話 vs 魔王 後半

異常回復ピュリファイで何かが変わるのか? 状態異常の魔法なんか誰も使ってないだろう」


 魔王シン・クリムゾンが釈然としないのか、何やらブツブツ言っているが、今の俺は本気を出したアスカの動きがどんなもんなのかを見るのに集中しているから、そんなことに構っている暇はない。


「行きますよー、それ!」


 途端に響く爆音。アスカの動きによって発生したソニックブームの破裂音だ。その爆音、爆風に耐えるシン。

 彼が顔を上げた時にはアスカの姿はそこにはなく、背後に振り向くと自分が持っていたはずの槍をいとも簡単に折り曲げて、ハートマークを作っているアスカがいた。


「い、いつの間に! ってか、その槍は俺の……オリハルコン製だぞ!? そ、それを素手で……な、なぜハートマーク?」


 ステータス5000を超えても捉えることができない動きに、オリハルコン製の槍でハートマークを作ってしまう馬鹿力に、もう何が何だか理解不能に陥る魔王。


(あの力ならデコピンだけで、身体が吹っ飛んじまう! 先に攻撃しなければ――)


 頭が真っ白になったシンが辛うじて思いついたのが、先制攻撃だったのだが、動きが見えない敵に攻撃が当たるはずもなく……


「なぜだ、なぜ当たらない!? 当たりさえすれば!!」


 アスカはシンの手刀や蹴りを躱しては元の場所に戻っているので、シンはまるで攻撃がすり抜けているかのような錯覚に陥っている。


「当たっても何も起こらないと思いますが……」


 そう言って動きを止めたアスカの額に、シンの拳がぶつかるが――


 ボキボキと音を立て、シンの拳の骨が砕けてしまった。


「うぐぅ、こんなはずでは……」


 スキルクリスタルまで使ったのに勝てないなど、露ほども思っていなかったのだろう、シンは砕けた拳を抱えてうずくまってしまう。


「人間や他の種族を排除しようとするのを辞めてもらえませんか?」


 シンが負けを認めるなら、これ以上の戦いは無意味だと思いアスカが再度問いかける。しかし――


「その条件を呑めば見逃すとでも言うのか? ふざけるな。俺はもとより他の種族のことなんぞどうでもいいが、負けを認めるくらいなら戦って死んだ方がましだ」


 そう言い放ったシンは再び立ち上がり、しっかりとアスカの目を見つめる。その目は死を覚悟しながらも、まだ諦めの色は浮かんでいなかった。


(うーん、やっぱりそれほど悪い奴には見えないんだよな)


(私もそう思う。でも、もっとちゃんと戦って負けを認めさせないとだめみたいだね)


(そうだな。あいつが負けを認めるくらいコテンパンにやっつけちゃいなさい)


「俺の全力の攻撃を受けてもら……ぐぉ」


 何やら最後っぽいセリフを吐いている最中に、アスカが放った無詠唱の石の弾ストーンショットが魔王の土手っ腹に穴を空ける。


「くそがぁー!!」


 逆流する血を飲み込み、それでも向かってこようとするシンの足がアスカの氷の網フリーズウェブで凍り付く。


「この、ばけ……も……ん……がぁ」


 最後の言葉を残し、前のめりになるシン。足下が凍り付いたままなので、倒れることすら許されず絶命する。


(終わったか)


(うん、勝負はね。でもこの人の命は終わらせない)


 アスカはシンの最後の言葉がショックだったのだろう。顔を強張らせているが、強い責任感でその気持ちを押し殺し、自分がやるべきことを続ける。


蘇生リザレクション!」


 アスカが唱えたのは治癒Lv5の魔法、蘇生リザレクション。その名の通り、対象を生き返らせるという、回復魔法の中でも最高位の魔法である。


【魔王】シン・クリムゾンの身体が明るい光に包まれて……


「うぅ、これは……どういうことだ? 俺は死んだのでは?」


 シンが再び目を開き、氷が溶けて自由になった足で立ち上がる。周りには、アスカの仲間が集まってきて、アスカと一緒に魔王を見つめていた。


「まさか、お前が生き返……らせたのか?」


「はい、お願いしたいことがありましたので、勝手ながら蘇生させてもらいました」


 そしてアスカはシンに、魔族が他の種族を攻撃するのをやめさせてほしいこと、それを願っている魔族もいて、少し離れた集落で暮らしていることを伝えた。


「そうか。俺はそのために生かされるのか……」


 俺はてっきり断ると思っていたのだが――


「わかった。アスカ、この勝負お前の勝ちだ。俺の命が続く限り、お前との約束を守ると誓おう」


「ありがとうございます。【魔王】シン・クリムゾン」


「そのかわり、時々でいいから俺とまた戦ってくれや。もちろん手加減ありで」


 シンは何か憑き物が取れたような、清々しい笑顔でアスカと約束を交わした。


「ラグナさん、それから他のみなさん、勝手に決めてしまいましたがこれでよろしいでしょうか?」


 2人の会話を静かに見守っていた、他の討伐メンバー達がお互いに目を合わせて同時に頷いた。


「我々の目的は魔王の討伐だったが、魔族全体の考え方が変わってくれるなら、もちろんそっちの方がいいと思う」


 ラグナの答えはメンバーの総意だ。


「魔王を倒して、返って魔族に恨まれるよりいい結果じゃろうて」


 グリモスもアスカの判断が間違っていないと後押ししてくれた。


「ありがとうございます。それじゃあ、ネメシスに戻って報告しましょうか」


 こうして、7人の魔王討伐はアスカの活躍により、誰一人欠けることなく最高の結果で終えることができたのだった。


(アスカ、成長したな)

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