第127話 vs 魔王 前半

「はっ!」


 槍を突き出しながら急降下してくる【魔王】シンを、アスカは後方に宙返りをしながら躱す。『ズドン!』という音とともに床に大きな穴が空き、壊れた床の破片が辺りに飛び散った。


 そして、アスカが着地をした瞬間に訪れる暗闇。しかし、探知持ちのアスカはチャンスとばかりにシンめがけて飛刃斬を連続で放つ。


「クッ!」


 暗闇からの正確無比な斬撃を受け、シンの腕や足にできる切り傷。


(やっぱりおかしい。なぜアスカの必殺技を受けて切り傷だけで済むんだ?)


(えっ、だって……)


 アスカが何かを言おうとするが、シンの闇の力ダークフォースで中断させられる。


聖なる光線ホーリーレイ!」


 アスカが撃ち出した光線が、闇の触手を次々と消滅させていく。

 その間に左に回り込んできた魔王が、再び接近戦を仕掛けてきた。


 激しい金属音を鳴らしながら、交差するシンの槍とアスカの剣。その実力は伯仲しており、時折、足蹴りや肘打ちなども混ぜながら、お互いに相手の隙を窺う戦いが続いていく。


 ギィィン!


 何度目かの打ち合いの後、渾身を込めて振るった一撃がぶつかり合い、お互いにいったん距離を取る格好になった。


(アスカ、ちょっと他のメンバーがまずいことになってる)


 奇しくも同じタイミングで、ラグナ、クロム、サンドラ、シルバがピンチに陥っていた。


「それなら! 聖なるホーリー・サンク結界チュアリ


 アスカは魔族や魔族が放った魔法を弱体化させる結界を広げて、仲間を助けようとするが――


「させるか! 死の呪いカース・オブ・デス!」


 同等の魔力が込められたLv5同士の魔法がぶつかり、両者が激しい音を立てて消滅した。


「もう! 邪魔しないで下さい! それならこれにしますから……世界停止ストップ・ザ・ワールド!」


 時空魔法Lv5、世界停止ストップ・ザ・ワールド。大量の魔力を消費し続けるが、その間の時間を止めることができる。同じ魔法を使えない限り、対抗する手段がない反則魔法である。


(さてと、あんまり長く止めてられないから――)


 まずアスカは、ラグナにトドメを刺そうとしていた、ペテルギスの首を斬り捨てた。

 そして、クロムを絞め殺そうとしていたポギーとゾルドをまとめて上半身と下半身に分断した後、サンドラとシルバを焼き殺そうとしていたムーマの心臓を一突きする。

 ムーマの魔力供給が絶たれたことで、地獄の溶岩も姿を消すだろう。

 そして最後にダメージを受けた全員に完全治癒フルキュアをかけてシンの前に戻ってきた。


 そして時が再び動き出す。


「まさか、人間のお前がここまで……ここまで? えっ?」


 シンが槍の柄を地面に立てて、一息ついて話しかけてきたのだが、周りを見回して呆然とする。


 今まさに相手を殺さんとしていた側近達が、首を切られ、上半身を分断され、心臓を一突きされ、同時に崩れ落ちたからだ。


「ここまで――の後は何でしょうか?」


 アスカが話の続きを催促するが、もちろん魔王はそれどころではない。


「えーと、さっきまで俺の側近達が有利に戦いを進めていたような気がするんだが……気がついたら死んでるってのはどういう訳だ? アスカ、お前の仕業か?」


(そりゃ、まさかアスカが時間を止められるとは思ってないだろうから、混乱するのは当然だな。ある意味反則技だからな)


「確かに私の仕業ですが、気にしないで下さい。ささ、続きをどうぞ!」


 そう言われてすぐに『はい、そうですか』とはならないだろうが、自分と互角の敵を目の前にして考え事をしている場合ではないのも確かなので、釈然としないままシンは続きを話し始めた。


「ここまでやるとは思わなかった。だが、俺は強いヤツと戦うのが好きだが、負けるのは嫌いでね。切り札を使わせてもらう。悪く思うなよ!」


 何が起こったのか全てを知ってる俺からしてみれば、何だか茶番に見えてくるが、アスカとシンが互角だったのも事実なので、とりあえず油断せずにサポートに徹する。


 そして、シンが懐から取り出したのは、拳2つ分あるキラキラ輝くクリスタルだった。


「あっ! それはもしかして!?」


「さすがに知っているか。俺はこれを使わせてもらうぞ!」


 シンがクリスタルに魔力を込めると、キラキラした輝きがシンの手に吸い込まれ……


(あいつ、スキルクリスタル2500なんか持ってやがったのか! だとすればスキルが5000になって…… 身体強化をLv5にするつもりだな? 卑怯なり!)


 時を止める反則魔法を使ったことなど、すっかり忘れて相手を卑怯と非難する俺。

 妹のためなら卑怯者と呼ばれても構わないのだ。


「さて、お前さんも気づいていると思うが、身体強化をLv5に上げさせてもらった。これで、俺のステータスは元の3倍になった訳だ。全てのステータスが5000を超えたから、万が一にもお前の勝ちはなくなった訳だが」


 この切り札を持っていたから、シンはアスカとの互角の戦いにも余裕を持って臨めたのだ。


「うーん、卑怯ではないと思いますが、このタイミングで出してくる辺りがなんだかやらしいです」


 そんなアスカの言葉にきょとんとする魔王。


「俺がやらしい? えっ、タイミング? 他にもっと驚くところがあるんじゃねぇ?」


(あ、アスカ? 何かお前の調子も悪いみたいだし、これは少しまずい展開じゃないのか?)


(えっ? 向こうがその気ならこっちも本気出すよ?)


(本気?)


「じゃあ、私だって本気出しちゃいますからね! 異常回復ピュリファイ!」


(あーーーーーー、そういうことか!! 忘れてたー!!)


異常回復ピュリファイ? それがどうした?」


 シンには何が起こったかわからなかったようだが、アスカが自分にかけた呪いを解き、10分の1だった全てのステータスが元に戻る。

 全て8300超えのステータスが身体強化Lv5で3倍に、付与の身体強化でこちらは元のステータスの倍が加算されるので、合わせて5倍。

 シンは余計な切り札を使ったせいで、実に全ステータス40000超えの化け物を相手にすることになってしまった。


「じゃあ、ほんとのほんとに本気でいきますよ!」


 そして俺は思った……


(魔王シン・クリムゾン……ご愁傷様)

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