第121話 魔族の村

 大規模な魔物の襲撃の後は、時々、A~C級の魔物が単体で襲ってくるくらいで、見張りの2人でどうとでも対処できてしまうくらい、順調な航海が続いた。


 そして今、7人は魔王国へと上陸を果たしたところだ。上陸の時にも大規模な襲撃を予想していたが、意外にも何事もなく上陸できてしまった。

 おそらくアスカの魔法で、連絡役や斥候役の魔物も全て殲滅してしまったのだろう。魔王側に情報が伝わっておらず、7人の動きが掴めていない感じがした。


「ここは、魔王国のどの辺りになるのだろうか」


 上陸したのは島の西側だが、目の前に広がる森のせいで視界は悪く、初めて来たラグナには魔王国の中心"魔都"の場所がわからないのだろう。

 初めて訪れるのはみんな同じだが、アスカの探知範囲は半径100kmあるので、ここから北北東約80kmの地点にいる、多くの魔族の反応を捉えていた。


「ここから80kmほどのところに魔族の反応がありますね。数は100を超えています」


 アスカがその情報を伝えるが――


「100? その数だと魔都ではないぞえ?」


 グリモスは、魔族がどのくらいいるのか知っているのだろう。その数と比べると、100はあまりにも少ないようだ。


「この島には魔都以外の町や村はなかったはずだが……」


 シルバも聞いたことがないのだろう、少し困惑した表情をしている。


「どうする? 少し遠回りになるが行ってみた方がいいのか?」


 ラグナも、この集団をどう扱っていいのか迷っているようだ。


「もしかしたら、何か良くない計画が進行しているのかもしれないから、とりあえず様子だけでも見に行くというのはどうだろうか?」


 サンドラはこの集団の存在が気になっているみたいで、心配そうな顔をしている。


「僕もサンドラの意見に賛成だね。遠回りといっても、方角的にそれほど離れてはいないはずだ。何をしているのか確かめても遅くないだろう」


 クロムもサンドラの意見を支持する。


「よし、ではその集団の目的を確かめに行くか。アスカ、案内を頼む」


 ラグナが下した決定にみんなが頷いた。


「わかりました、こっちです」


 こうして、アスカを先頭に7人は急遽、魔族の集落を目指して森の中に入って行くのだった。





 森の中には、ワプス系やアント系の昆虫族の魔物やデビルボア、ネメアライオン、インビイジブルタイガーなどの動物系の魔物も数多く生息していた。アスカはそれらの魔物を先に発見しては、気づかれる前に速やかに処理していく。


「こ、これは……」


 しかし、そのことに気づいているのは探知を持つシルバだけであった。アスカの動きはSランク冒険者の目でも捉えることができず、魔法も無詠唱で放っているため誰にも気づかれずに静かに魔物を葬っているからだ。

 探知を持っているシルバだけが、魔物の反応がなくなって初めてそれが倒されたことを知るのであった。


「どうかしたのか、シルバ?」


 その事実を知って驚愕しているシルバの様子に気がついたラグナが声をかけた。


「ラグナ、お前には見えるか? アスカが魔物を倒しながら進んでいるところが」


「えっ!? 冗談だろ? そんな様子は一切見られないが……」


 シルバの言葉でラグナの背中に冷たいものが流れる。いくら自分も周りを警戒しているとはいえ、魔物を倒していることに気がつかないなどありえるだろうか? そう思い、アスカから目を離さないように注意して見ていると……


 アスカの身体が一瞬ブレた気がした。


「シルバ、今!?」


「ああ、10時の方向20m先にいたインビジブルタイガーの気配が消えた」


 アスカの実力を知れば知るほど、その圧倒的な強さに背筋が凍る思いをしているのだろう。アスカが人類の脅威であろうとなかろうと、『自分達にはどうすることも出来ない』と思わせるだけの実力差がそこには存在していた。


「シルバ、このことは2人だけの秘密にしておこう。他の者が知ったところで、アスカへの恐怖が増すだけだ。その恐怖に対して、我々はどうすることもできないからな」


「ああ、そうすることにしよう。しかし、アスカだけは絶対に敵に回してはいけないぞ」


 ラグナとシルバは、この時アスカを敵に回さないように全力を尽くすことを誓うのだった。





「着きました。100m先に村のようなものが見えます」


 アスカの言うとおり、目の前に木で作られた質素な建物が並ぶ集落のようなものが現れた。そっと近づいてみると魔族らしき者達もいるが、どう見ても普通に生活しているようにしか見えない。そこには子ども達もおり、楽しそうに追いかけっこをしている。


「どういうことだ? 何かを企んでいるようには見えないが……」


 シルバは、穏やかに生活しているように見える魔族の姿に困惑しているようだ。


「敵意や悪意といったものが全く感じられません。これは一体どういう状況でしょう?」


【聖女】であるセーラにも、ここの魔族が悪であるようには見えないようだ。


「この村は放っておいても大丈夫か?」


 ラグナがそう言ってきびすを返そうとした時――


「ぶぅわっくしょん!」


 グリモスが盛大にくしゃみをする。


「「「あっ」」」


 村の魔族達と目が合う。襲われることを覚悟して、戦闘態勢をとるが相手の反応は意外なものだった。


「我々には戦う意思はありません。どうか剣を納めてください」


 一番近くにいた、まだ若そうに見える魔族が落ち着いた声でそう告げる。ラグナは警戒しつつも、相手に敵意がないことがわかると剣を収めた。


「突然の来訪、失礼しました。ここは……村なのでしょうか?」


 ラグナがその若い魔族に尋ねた。


「はい、ここは戦争に反対している魔族が集まってできた村です」


 そう言って若者は今の魔王国ダークネスの現状を話してくれた。

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