第118話 出航

 アスカが町の中央の倉庫街に着いた時には、セーラが最後の1人を治療し、ラグナとともに倉庫から出てくるところだった。


「無事、救出できましたか?」


 アスカが努めて普通の態度で尋ねる。


「ああ、アスカの迅速な対処のおかげで、だれひとり欠けることなく助けることができた。実際、あと半日遅かったら死者が出ていたかもしれない」


「そうでしたか。それは良かったです」


 アスカもほっと胸をなで下ろす。これで間に合わなければ何のために、恐れられてまで力を発揮したのかわからないから。


 ラグナとセーラ以外のメンバーは、町の東にある港で待っているので3人でそちらに向かう。ラグナが先頭で歩き始めた時、アスカはセーラに呼び止められた。


「あの、アスカさんのことよくわかっていなかったのに、失礼なことを言ってすいませんでした。町の人を本気で助けたいと思っていたのは、私達ではなくアスカさんだということに、町の人達を治療してる時に気がつきました。これからも、良いお友達でいてください」


 そう告げると、恥ずかしさから顔を赤くしてラグナの背中を追いかけた。


「えへ、わかってもらえた!」


 アスカもちょっと顔を赤らめながら、慌てて後を追いかける。が、力をセーブするのを忘れて一瞬で2人を抜き去ってしまった。突風でよろめくラグナとセーラ。アスカの動きは見えていなかったのようなので、こっそり空間転移で2人の背後に戻った。


(アスカさん、後で自分に呪いをかけてステータスを10分の1にしておきなさい)


(はい、お兄様……)





 港に着いた3人は、先にいた4人と合流した。船は壊されて残っていないだろうと思っていたが、魔族は自分達の戦力によっぽど自信があったのか、もともとあった船も含めて全て無傷で残っていた。そこには、ネメシス国王が用意してくれた黒塗りの帆船も浮かんでいる。


「これが国王が用意してくれた船、ネメシス号だ」


 国王のネーミングセンスはさておき、そう言ってシルバが指さした黒塗りの船にみんなで乗り込む。

 乗組員はいないが、各装置に魔力を流すことで簡単にコントロールできるように、魔法道具マジックアイテムが至る所に配備されていた。現に、シルバが少量の魔力を流すことで碇が巻き上がっている。


「アスカさーん、助けてくれてありがとうございましたー!!」


 気がつけば港に多くの人達が集まり、船に向かって手を振っている。アスカの名前を呼んでいるのは、グリモスやサンドラが町の人達を解放する時に、アスカがこの町にいた魔族の全てを1人で倒したことを伝えていたからだ。


「ラグナさーん、クロムさーん、魔王討伐頑張ってー!」


 ラグナやクロムには女性の声援が多いようだ。


「サンドラさーん、今度、あなたの雷魔法で僕をしびれさせてくださいー!」


 サンドラには個性的な男性の叫び声が届く。


「セーラさんに癒やされたい!」


 セーラには若い男性のファンが多いようだ。


「シルバ、シルバ、シルバ」


 町の衛兵達が国の英雄にエールを送っている。


「アスカのおじいさーん、頑張って下さいー!」


「「「…………」」」


「グリモスさん、どういうことですか?」


 アスカがジト目でグリモスを見つめる。


「いや、これには、訳が。アスカの名前を出した時に説明を求められて、ついわしの孫じゃと口が滑ってしもうたのじゃ」


 グリモスが慌てて言い訳するが、そもそも『口が滑る』とは隠していた事実を言ってしまうことなので、彼の頭の中では『アスカ=孫』という既成事実が成立してしまっているようだ。





 ネメシス号は国王自慢の船だけあって、ぐんぐんスピードを上げて陸地から遠ざかっていく。とは言っても、アスカが風操作で帆に風を送っているからなのだが。


「このスピードなら、何事もなければ2日ほどで着くだろう」


 シルバが、魔王国の方角を見つめながら教えてくれた。


「当然、何もないってことはないよね?」


 クロムは、そう簡単にいかないことがわかっているようで、その顔は笑っている。


「まあ、クラーケンぐらいは覚悟しておかねばなるまいて」


 グリモスもとっくに覚悟はできているようだ。


「海の魔物は水属性が多いから、私やクロムが活躍できそうね。逆にグリモスはつらいんじゃないのかしら?」


 サンドラとクロムは雷操作持ちなので、水属性と相性がいい。


「なーに、わしには最強の孫がおるから大丈夫じゃよ!」


 そう言ってアスカにピースサインを送るグリモス。さっきアスカににらまれたことは、すでに記憶の彼方に飛んでしまっているようだ。


 それから船で進むこと半日、何事もなかった順調な航海が終わりを告げた。


「前方から魔物の大群が押し寄せてきます」


 アスカの探知が、魔物の群れを捉えたのだ。その数、数百。ほとんどがB級のマッドピラニアやデビルシャークだが、A級のクラーケンも数十体混ざっているようだ。


「来たか。俺とシルバは、船の先端で魔物が上がってくるのを防ぐ。その後ろで、サンドラとクロムは強めの魔物に雷魔法をお見舞いしてくれ。セーラはさらに後ろで治癒の準備を、グリモスは看板に上がってきた魔物を処理してくれ。アスカはこの船を結界で守ってほしい」


 ラグナが素早く指示を出し、それに従ってあっと言う間に陣形が整えられる。この動きに、Sランク冒険者の経験値の高さが現れているようだ。


「第一弾、来るぞ!」


 シルバの叫び声で、海上での戦闘が始まった。

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