第117話 解放

〜side ???〜


 アスカを除いた6人が、港町コンポートの入り口に到着した。もちろん、入り口にいたはずの見張りも倒されているはずだが、その亡骸は見当たらない。代わりに、何かを燃やした後のような黒ずみが2つあった。


「アスカ、丁寧に亡骸を燃やしていったんだな」


 誰かが呟く声が聞こえた。


 一行は、ラグナを先頭に町へと入って行く。すぐに中央の大きな建物を目指すが、魔族の亡骸は入り口と同じように全て燃やされていた。


「あの建物の中に、町の人々がいるようだ」


 シルバの探知が、建物の中にいる大勢の人々を確認した。そこはこの町の倉庫群のようで、いくつかの倉庫に何千人単位で、人が押し込められているようだ。


 倉庫の入り口には鍵がかかっていたが、ラグナが剣で叩き斬る。大きな扉を開けると、怯えた表情の人達が暗がりの中で身を寄せ合っていた。


「もう大丈夫です。私はネメシス国王に頼まれて助けに来た冒険者で、ラグナといいます」


 ラグナが名乗ると、中にいた人々から歓声が上がった。さすがはSランク冒険者、大陸の端の町にまでその名が知れ渡っている。


「助けに来ていただき、ありがとうございます。ここに閉じ込められてから2日が経ち、水も食事も満足に与えられなかったので、もう少し遅ければ死人が出るところでした」


 この中でも、比較的身なりのよい領主らしき中年の男性がラグナの前に立ち頭を下げた。


「だからアスカは急いでいたのか……」


 クロムは、アスカが自分が脅威と思われるだろうとわかっていながら、なぜ1人で魔族を倒すことを選択したのか疑問に思っていたが、今の領主の言葉を聞いてひとりで納得していた。そのクロムの言葉を聞いて、ラグナとセーラが目を合わせ、バツの悪そうな顔をする。


「わしらは他の倉庫も開放してくるとしよう。元気な者は家に帰し、すぐに治療が必要な者は【聖女】にまかせるがよいかえ?」


「わかりました。ここでの治療が終わったら、他の倉庫も回りますね」


 セーラとラグナがこの倉庫に残り、グリモス達4人が他の倉庫の解放に向かう。


 セーラは町の人達の治療をしながら、他の倉庫から歓声が上がるのを聞いていた。そして、治療をした者の中には、確かに衰弱が激しかったり、病気や怪我が治療されずに放って置かれたため、危険な状態になっている者がいた。


「私、ひどいこと言っちゃったのかもしれないな」


 治療を終えた人々から、たくさんの感謝の言葉をもらい、先ほどのクロムの呟きと合わせて、セーラは『アスカは人類の脅威だ』と言ってしまったことを後悔していた。



〜side ショウ〜


 ラグナ達が村人の解放に向かっている頃、アスカは町の北側にある小高い丘の上で、SS級の魔物、風竜王ウインドロードの眼前に佇んでいた。


「小娘よ、我に何用か?」


 風竜王ウインドロードは真っ直ぐアスカを見つめ、威厳に満ちた声で問いかける。


「私がここにいることよりもむしろ、風竜王ウインドロードさんは、なぜこんなところにいるのですか?」


 並みの冒険者なら耐えられないほどの重圧の中で、逆にアスカは軽い感じで聞き返す。


「ふむ、それを聞いて何とする? 残念ながら我は自分の意思でここにいる訳ではない故、我と話をしたところで止めることは叶わぬぞ」


 風竜王ウインドロードは、自分の威圧が軽く受け流されていることに少々驚いていたようだ。

 しかし、今の言葉からこの竜王は、何らかの手段で魔王軍に強制されてこの場にいることがわかってしまった。


「あの町を襲うように命令されているのでしょうか? もしそうなら、それはちょっと困ってしまいますので、何とか止めさせていただきますね」


 風竜王ウインドロードは、この少女は軽口を叩くだけではなく、自分を止めることができると思っていることに、腹立たしさを通り越して愉快な気分になっているようだ。


「そうか、我を止めるつもりなら我を倒すか、我を操っている魔族を倒すしかないぞ」


 操られている者を倒すのは気が引けるので、操っている者を倒すことにしよう。


「貴方のような強大な存在が操られていることが信じられませんが、貴方を操っている者はどこにいるのですか?」


「我は油断していたところに不意打ちを受け、体内に魔法道具マジックアイテムを埋め込まれてしまったのだ。アイテムを取り出そうとする者には、自動的に反撃する命令も刻まれている故、誰も取り出すことができないのだ。

 これと対になる命令を伝えるためのアイテムは、あの町にいる魔族が持っている。それを破壊できれば我を止められるが、30体もの魔族を相手にできるか?」


(あの中にいたのなら、もう燃やしちゃってるな。このお茶目な風竜王ウインドロードちゃんは、もう自由になっていることに気づいてないのかい)


「あのう、その魔法道具マジックアイテムはどこに埋め込まれてるのですか?」


「む、それは右の胸辺りだが、お主我の話を聞いていたか?」


「聞いてましたよ」


 そう言いながらスタスタと風竜王ウインドロードに近づいて行くアスカ。


「それ以上近づくな! お主を敵と認識して……認識して……あれ認識しないじゃん」


「さっき、あの町の魔族を全部倒して燃やしちゃいましたので、そのアイテムも一緒に燃えちゃったみたいですね」


 その会話の最中に、一瞬で右胸の魔法道具マジックアイテムを抜き取り、傷を治癒魔法で治す。


「これも燃やしちゃいますね」


 そう言うが早いか、アスカの手の中で炎に包まれる魔法道具マジックアイテム


 風竜王ウインドロードはその炎に包まれている魔法道具マジックアイテムを見て、初めて自分の胸から抜き取られた物だと気がついた。そして、SS級の魔物である自分に全く気づかれずに体内から魔法道具マジックアイテムを抜き取ったアスカに驚愕する。


「お前は何者だ?」


(何か最初と言葉遣いが変わってないか? 威厳が全くなくなっているが……)


(私はこっちの方が楽でいいかも)


「私はただの冒険者ですよ。風竜王ウインドロードさんも、せっかく自由になったのでもう油断しないでくださいよ!」


 アスカはそれだけ伝えると、くるっと背中を向けて立ち去ろうとした。その背中に風竜王ウインドロードが声をかける。


「アスカとやら、助けてもらったこと感謝する。何かあったら我を頼ってくれ」


 背中に風竜王ウインドロードが飛び立つ風を感じながら、アスカも仲間の元へ帰って行った。

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