第115話 人類にとっての脅威?

 その後のグリモスは太陽爆発オーバーフレアを中心に、森に火が燃え移らないように慎重に魔法を放っていた。

 また、クロムが【魔法剣士】の本領を発揮して、複数の敵には雷の閃光ライトニングバーストを、強力な1体には究極電撃マキシマムボルトを剣と合わせて使い分け、危なげなく処理していく。


 十数回の戦闘を重ねているが、みんな特段疲れた様子もなく進んで行くあたり、さすがはSランクといったところだ。セーラに至っては、ピリス村で買った饅頭を、1人でこっそり食べる余裕すらあるようだ。

 そうこうしているうちに、辺りがだんだんと薄暗くなってきて死霊系の魔物が探知にかかり始めた。


「死霊系の魔物は突然現れますので、探知が間に合わない場合があります。みなさんくれぐれも油断しないでください」


 アスカが的確な情報を流すのだが……


 グリモスは好々爺に逆戻り、シルバはチラチラを辞め、アスカをガン見している。


(だめだこいつら、緊張感なさすぎだ……)


「まだ森を抜けるまで少しかかるはずだ。この辺りの魔物が1番強いはずだから、気を抜かず警戒してくれ」


 ラグナがリーダーらしく、みんなの気持ちを引き締める一言を放つ。そして、その言葉通り――


「後ろだ!」


 シルバの焦った声とともに振り返る、Sランクメンバー達。数々の修羅場をくぐってきた彼らの脳裏には、共通して最悪の展開が映し出された。

 探知が間に合わない、S級の魔物からの先制攻撃。後手に回る恐ろしさは、嫌と言うほど経験してきた。目の前に現れる敵が、S級でないと祈りながら振り返る。しかし、祈りもむなしくその目に映ったのは死霊系S級の魔物、ロイヤルリッチ3体だった。だったのだが――


「えい!」


 ロイヤルリッチ3体は、可愛いかけ声とともにすでに背後に回っていたアスカに全て斬り捨てられ、その身体が霧散していくところだった。


 呆然と立ち尽くす6名。さすがのクロムも、レベルが上がったアスカの動きを見たことがなかったので、他のメンバー同様口を半開きに開けている。


 今のアスカの動きの異常さを1番感じていたのは、身体強化Lv4を持っているラグナだろう。敏捷が462のラグナは、そのスキルの恩恵でステータスが倍になっている。

 つまり敏捷924で、S級の魔物と対等に戦うだけの素早さを持っているわけなのだが、そのラグナの敏捷を持ってしても、全く動きが見えなかったみたいだ。

 剣の動きが見えないとか、拳の動きが見えないとかそう言うレベルではなく、動きそのものが見えなかったはずだ。


 アスカが剣を納め、みんなの前に戻ってくるが相変わらず全員が固まったままだ。


「あれ? みなさんどうしましたか? 魔物は倒しましたので、先に進みませんか?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。アスカはここで待っててくれないか?」


 そう言ってラグナを中心に『Sランク冒険者達の緊急意見交流会』が開催された。


「今の動きは一体何だったんだ? この俺でさえ動きそのものが全く見えなかったぞ」

「わ、わしの孫が魔王だったのかえ!?」

「僕もあそこまでの動きは見たことがない。以前、カイザーキマイラを倒した時は動き自体は見えていたはずなんだが」

「わふぁひぃも、おふぁんじゅぅふぉちゃべちぇちぇきがふきふぁせんべしだ」

(※私も、おまんじゅうを食べてて気がつきませんでした)

「ラグナさんは身体強化と合わせて、1000近くの敏捷をお持ちでしたわね。そのあなたが動きを目で追えないくらいとは、一体、どのくらいの敏捷が必要なのでしょうか?」

「ガン見していたはずなのに見失った」

「ちょっと想像もつかないが、2000くらいなら目で追える気がする」


(何だか、会話が成立しているのはラグナとクロムとサンドラだけの気がするが、とりあえず気が済むまで話し合わせておこう)


(それはいいんだけど、私が討伐対象になったりしないよね?)


(それはないと信じたい。万が一そうなったら俺が守る! っていいたいところだよ……)


(ありがとう、お兄ちゃん。その気持ちが1番嬉しいよ!)


「こほん。待たせて、すまなかったアスカ。ちょっと初めての経験だったもので、動揺してしまった。もう大丈夫だ。気を取り直して先に進もう」


 ラグナのこの言葉だと、どうやら話し合いの結果、『まずは、魔王討伐まではみんなで力を合わせて頑張ろう』ということになったようだ。

 その後については、アスカの力を確かめたいというグリモスとサンドラ、アスカは人類にとって、魔王以上に脅威になるのではないかと心配するセーラとラグナ、アスカと結婚したいというシルバ、そっとしておけばいいというクロムの4つの意見に割れていたようだ。

 すぐに結論が出るものではないので、魔王討伐までその話はしないように約束したみたいだった。





 テリミスの森の中心部を越え、徐々に魔物も弱くなってきたので、ペースを上げて港町コンポートへと急ぐ。そして、コンポートに着いた時にはすでに辺りは真っ暗で、このまま状況のわからない町に入るのは危険だと思われた。


「シルバ、町の状況はわかるだろうか?」


 ラグナの問いかけにシルバは――


「もちろんだ。やはり予想通り、この町は魔族に乗っ取られてしまっている。だが、もともとの住人も殺されている訳ではなさそうだ。中央の大きな建物にまとめていれられているのだろう」


「ふむ。そうなるとここで一晩明かしてから、明日の朝早くに攻め込むのがよかろうて」


 グリモスも、ここに来てようやくまともな意見を言うようになってきた。ずいぶんと時間がかかったようだが、それほどアスカが可愛らしいということか。


「それじゃあ、今日はとっとと休んで、明日、コンポート奪還作戦といきますか」


 そう言って、クロムはさっさと野営の準備を始めたりみんなもそれに習って動き出す。


「アスカさん、出発する前にお願いしていた物を出してもらえますか?」


「あ、わかりました。確か、これですね」


 そう言ってアスカがセーラに渡したのは、ダークドラゴンの角煮だ。ギルドで食べたものがあまりにおいしかったらしく、料理長に余計に作ってもらい、アスカのリュックに入れていたのだ。さっきまで人類の脅威になるかもと言っていた割には、ちゃっかりアスカを頼っている辺りがたくましいというか何というか。


「うひひ」


 不気味な笑いを残して、自分のテントに戻るセーラ。アスカも自分のテントに結界を張って、食事を済ませてから布団に入る。


(人類の脅威になるかもしれない……か)


 少し沈んでいるように見えるアスカは、やっぱり彼らの一言が気になっていたようだった。

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