第113話 魔王討伐会議
あの後はもう、魔族の動きや魔王を倒す作戦どころではなかった。現在、時空操作のスキルを持っている者はいないとされている。
それどころか、過去の文献にも時空操作が使われたという記述は見つかっていない。ごく稀に古代遺跡から見つかる空間拡張が付与された
そんな幻のスキルが、ギルドの売店に置いてあるリュックに付与されているということは……
「あの、みなさん魔王討伐の話は……」
何とか話を戻そうとしたアスカの言葉は、興奮したみんなの耳には届かず――
「魔王なんてどうでもいいわい。お主、これを付与した人物を知っておるのかえ?」
先ほどまで興味なさそうにしていたグリモスも、蜂蜜酒で赤くなった顔でアスカを問い詰めてくる。
「あの、兄の形見なのでそこまでは……」
「あなたのお兄さんは何者なのです?」
サンドラも尋常じゃない鬼の形相でアスカに迫っている。
「ほぉふふぇふひょ、ひょれはぶぁいもんふふぁいぶぇすぽ」
(くくくっ、だめだセーラのせいで頭が回らない!)
(お兄ちゃん! 笑ってないで何とかしてよ!)
(我が妹よ、すまない。よし、ここは兄は死んでしまった作戦でいこう。悲しい雰囲気を作り出して、突っ込みづらい雰囲気を作るのだ!)
(そんなので上手くいくのかな……)
「実は、これくれた兄は私が小さい頃に事故で亡くなってしまって……」
アスカがしんみり話し始めたことで、みんな興奮が冷めたのか、ごにょごにょ口ごもりながらも、それ以上は突っ込んで聞かないでいてくれた。
食事がひと段落して……と言ってもまだ1人食べ続けている女の子もいるが、ようやく具体的な魔王討伐の作戦会議に入った。
「海を渡るための船はネメシスで用意してるが、船を動かすのは
国王から伝えるように言われていたのであろう、シルバがそうみんなに告げる。
「船は有り難いが、海の魔物は厄介じゃのう」
グリモスが言う通り、海はその魔物の強さ以上に、潜られた時に倒す手段が少ないので厄介なのだ。
「と言っても船で海を渡る以外に、魔王国にいく手段がないですから仕方ないですね」
クロムがもっともな意見を言っているようだが――
(お兄ちゃん、空を飛んでいくのはダメなのかな?)
(アスカ、たぶんみんなは空を飛べないんだよ。時空操作と同じように、重力操作を使ってるやつを見たことないからな)
(ふーん、そうなのかな)
「魔族ふぁちは、どうやっふぇかの国まじぇ来てるのずぇすかね?」
(まだ食ってたのか!? 恐るべし【聖女】!)
「魔族も船で来ているようですが、どうやらクラーケンにその船を引かせているようですね」
シルバの言ったクラーケンとは、海に住むA級の魔物である。大きなイカの化け物で、その大きさは優に20mを超える。それを従えるということは、魔王は相当の強さであることに間違いない。
さらに船に乗りながら、海の真ん中でクラーケンと戦わなければならないかもしれない可能性が出てきたことで、みんな表情も険しいものへと変わっていく。
「まあ、それでも行くしかないじゃろう」
グリモスの一言で、全員が覚悟を決めて頷いた。
(みんなで船に乗って、私が浮かせていけばいいのにね?)
(アスカよ、それは最終手段に取っておこう)
やることが決まったので、あとはそれぞれの役割分担を確認し、移動経路や日程の調整を行う。
最後に、このパーティーのリーダーをラグナが引き受けて、今日の話し合いが終わった。
気がつくと周りには、Sランク冒険者のパーティーを見ようと、たくさんの人達が集まっていた。ラグナやクロムはこの後、その冒険者達の相手をしてあげるようだ。
グリモスとサンドラは、まるでその集団が見えていないかのように悠々と出口に向かって歩いていく。それに合わせて、人混みが2つに分かれていく。
(さすがの貫禄だな)
シルバは気づけば居なくなっていた。
(私は気づいてたよー!)
さすがは敏捷8000越え、どんな動きも見逃さない。
そしてセーラは……
「ダークドラゴンの煮込みはありませんか?」
「……」
料理長が泣きそうな顔でアスカを見ている。
(アスカ、出してあげなさい……)
「あの、よろしければどうぞ……」
料理長がダッシュで厨房に戻っていく。高級料理店でもまず置いていないであろう、S級の魔物の煮込み。セーラは完全にアスカのリュックをあてにして注文してるようだ。
セーラに付き合うといつまでも終わらないので、この辺でアスカも宿に戻ることにした。
明日の朝、それぞれ必要なものを持って、東門に集合することになっているので、明日の準備をしてから早めに休む。
(魔王討伐か。まさか本当にこんな日が来るとは思ってなかったな)
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