第94話 ミーシャとの旅の途中にて

 キリバス達が神聖王国に到着したその日、アスカとミーシャは神聖王国の近くにあるノースの村にいた。村の近くの森で薬草採集を手伝ったのがきっかけで、この村に招待されたからだ。

 薬草を集めていたのは、この村で唯一の【錬金術師】で、錬金Lv2を持っているルシアさんという方だ。もう初老と言っても差支えがない感じの、小柄で白髪の優しそうなおばあさんに見える。


「本当にいいのですか?」


『今夜は食事を食べて、泊まっていきなさい』と勧めてもらったのだが、一応ミーシャが遠慮がちに確認をする。


「しばらく1人で暮らしているから、話し相手がほしいんじゃよ」


 そう言って、嬉しそうに食事の支度をするおばあさんの姿に、2人は今晩はここに泊めてもらうことにした。

 おばあさんは、薬草と一緒に採ってきた山菜を天ぷらのように、油で揚げて出してくれた。ヘルシーな上、とっても美味しかったらしく、アスカも懐かしい味がすると大喜びだった。


 楽しい食事の後、おばあさんは今日採ってきた薬草で回復薬ポーション毒回復薬アンチポイズンを作っていく。


「お手伝いしましょうか?」


 美味しい料理を食べて、ご機嫌なアスカは笑顔で尋ねる。


(この笑顔はLv5の魔法より破壊力があるな)


 おばあさんには子どもがいないのだろうか、アスカの笑顔を見て顔をほころばせている。


「ありがとう、アスカさん。でもこの作業はとっても難しいから、おばあさん1人でやらないとだめなんだよ」


 そう言いつつも、可愛くて優しいアスカの心遣いに感動し動きも軽やかになっている。


「そうでしたか。では、こちらの薬草はどうしましょうか?」


 そう言ってアスカは、おばあさんが横に避けて、ひとまとめにしている高級薬品の素材を指さす。


「そっちは私でも扱えない薬草でね。時間がある時に……」


「じゃあ、私がこっちの薬草で作っておきますね!」


「いや、だからそっちは…………ええっ!」


 アスカはおばあさんの話を最後まで聞かず、おばあさんが扱わないならと、勢いよく高級薬品を作り始める。

 魔物の血や心臓など足りない素材はリュックから取り出して、せれはもうどんどん作っていく。それを見ているミーシャはもう苦笑いするしかないくらいの勢いで。


「あんたはいったい?」


 おばあさんが驚いて目を見開いている姿を見て、アスカはようやくまたやってしまったことに気がつく。


「あっ!? や、薬草が余ってたのでつい……。う、運が良かったのかもしれません!」


「「…………」」


 おばあさんとミーシャがじと目でアスカを見つめてきた。結局、おばあさんは詳しいことは聞かずにいてくれたが、高級薬品をどうするかで少し意見が分かれた。

 作ったのも魔物の素材を出したのもアスカなので、アスカに持っていきなさいと言うおばあさんと、もともとおばあさんが採った薬草を勝手に使ったので、ここに全て置いてくと言うアスカがお互いに譲らなかったのだ。

 頑固者の2人だといつまでも決まらなさそうだったが、ミーシャがお金には全く困っていないこと、素材が待ちきれないほど余っていることを説明し、何とかおばあさんを説得した。


 おばあさんはこの薬品を相場の値段では売らず、もともと採った薬草代で売ることにすると決めたようだ。この村で一時、高級薬品が格安で売られていると話題になったのはこれが原因である。




 翌朝、ミーシャとアスカはおばあさんと別れ、また神聖王国目指して出発する。


 ゴードン達がケンヤ1人に倒されてしまっていた頃、アスカとミーシャはまだ神聖王国へ続く街道をのんびり歩いていた。


 そして、後もう少しで神聖王国に着くというところで、男女の二人組で旅をしている人と出会った。 


「おふたりはどのようなご関係で?」


 せっかくなのでと、一緒に聖都まで行くことにした男女のカップルに、ミーシャが直球の質問を投げかける。


「えーと、私達、もうすぐ結婚するんです!」


 女性の方が照れくさそうにしながらも、嬉しそうにはっきりと答えた。


「えー、やっぱりそうだったのですか? 何となくおふたりを見て、そうじゃないかと思ってました!」


 誰がどう見てもラブラブカップルなのだが、ミーシャは大人の気遣いで上手にふたりを盛り上げている。


「やっぱり、そう見えちゃいますか?」


 男性の方はというと、確かにラブラブ感は出しているのだがさっきからチラチラとミーシャの方を見ているようだ。


 ミーシャって叫ばなければ美人だし、猫耳だし、好きな人にはたまらないのかもしれない。


「おふたりはどうして聖都に?」


 アスカがえて目的を聞く。


「もちろん、聖都で結婚式を挙げるためですよ!」


 男性の方が笑顔で応えた。アスカもまだ子どもとはいえ、超絶に美少女だからこの男性はちょっとしたハーレム気分に浸っているようだ。


(男がお前ひとりだと思うなよ!)


(お兄ちゃん、さっきから何ブツブツいってるの?)


(気にするな我が妹よ。男には戦わねばならぬ時があるのだよ)


(ふーん、ちょっと意味がわからないけど、私が結婚するって言ったらお兄ちゃんどうするんだろう?)


(…………ぐすんっ。ぐすぐすん。うわぁーん!!)


(ちょ、ちょっと泣かないでよ! 冗談だよ、お兄ちゃん!)


(……ぐすん。……冗談なら許す)


 まぁ、この会話も思考速度倍化のおかげで一瞬で終わっているわけだが、冗談でお兄ちゃんを泣かすのはよくないと思う。


「それから、今やっている国別対抗戦を見てみようかと思って――」


 俺達が脳内で会話をしている間も、女性とミーシャの会話は続いている。女性が言うには、結婚式以外にも目的があるようだ。


「へー、今そのようなイベントをやっているのですか?」


 ミーシャが知らない振りをして話を合わせる。


「年に1度のイベントなのですが、これがまた大盛り上がりするのですよ。何せ、エンダンテ王国の学院生と神聖王国クラリリスの学院生が真っ向から力勝負をするわけですから。若い力がぶつかり合うって、なんかいいですよね」


 男性も楽しみにしているのだろう、興奮している様子が伝わってくる。


「お兄さん達はどちらが勝つと思いますか?」


 アスカも関係者なのだが、なかなか突っ込んだ質問をぶつけていく。


「そうだねー、僕が噂に聞いたところによると、今年の王都の学院生はえらく強いらしいよ。全員がレベル70を超えてるって話だからね」


 田舎のお兄さんかと思ったら、結構情報通のようだ。かなり細かいところまで正確に事実を押さえている。


「といっても、僕も『週刊冒険者』の特集を読んだだけなんだけどね」


(何じゃそりゃ……『週刊冒険者』ってどんなネーミングセンスやねん)


「では、今年はエンダンテ王国側が勝利すると考えてるのですか?」


 アスカが嬉しそうに聞き返す。


「いや、エンダンテ王国側は確かに強いみたいだけど、残念ながら時期が悪かった。今年の神聖王国側には、あの方がいるからね」


「あの方?」


 男性の意味深な言い方に、アスカの表情が曇る。


「ああ、今、聖都の学院には"転生者"がいるんだ。今年の王都の学院生は運が悪いとしか言えないな」


「転生者ですか? その方はお強いのですか?」


「それは転生者だからね。彼は今までの転生者のように、実力を隠したりはしていないようだ。何でも氷操作の達人という話だからね。転生者といえば、Lv5のスキルを初めから持っているという噂だから、彼の氷操作はLv5何じゃないかな?」


 アスカの質問の答えに、アスカとミーシャの顔が段々と険しいものになっていく。


「あ、それからこれは噂だから本当かどうかわからないけど、その転生者って、味方を騙してスキルクリスタルを奪い取ったって話よ。聖都にいる私の知り合いが教えてくれたの。確かに強いけど、ちょっと感じ悪いみたい」


 女性からの情報で、さらに2人の顔が険しくなる。


(お兄ちゃん、この話が本当ならソフィアさん達でも勝てないかもしれないね)


(そうだな。この2人の情報はかなり信用できそうだから、ちょっと心配だな。もう最初の試合は終わってるかもしれないが、少し急いだ方がいいかもな)


(そうだね。もしかしたら、同じ地球からの転生者かもしれないね。ちょっと感じ悪いみたいだけど)


(ありえるな。アスカ、ちょっと名前を聞いてみてよ)


「その転生者のお名前ってわかりますか?」


 アスカの問いに男性は少し考えてから……


「思い出した。確か、『タチバナ ケンヤ』だったはず」


(間違いないな)


 ひょんなところから神聖王国側の情報を得たアスカとミーシャは、急いで聖都に向かおうとしたのだが、この男女のカップルが2人じゃ不安だから一緒についてきてくれと熱心に頼むものだから、断り切れずに結局到着までまる1日かかってしまうのであった。

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