第92話 ミーシャと2人旅

 クランのメンバーが出発する前日、アスカとミーシャはというと……


「がちょーん!」


「違いますね。それだと単純すぎです」


(何してんだお前ら……)


 アスカがミーシャに叫び声を教わっていた。


「おっぱぴー!」


「違いますね。なぜかオリジナリティを感じません。あなたの心の叫びをそのまま言葉にするのです」


「はい、師匠!」


(し、師匠……)


 なぜこのような事態に陥ったのかというと、ミーシャの叫び声に対し、俺があまりに喜ぶので自分も習得したいと思い、適当な理由をつけてアスカがミーシャに頼んだからだ。


「あっちょんぶりけ!」


「それもオリジナルじゃない!」


(ミーシャは、なぜオリジナルじゃないとわかるのだろう……やはり彼女は謎だ)


 S級の魔物がうようよする地下迷宮ダンジョンの奥深くで、謎の叫び声を上げる美女と美少女。結構、恐ろしい光景だ。この特訓はこのあと30分も続くのだった……


 さすがにその後は気を取り直して、覚えたスキルを使った戦闘訓練をみっちり行った。


(そっちが先だろうよ……)


「さて、探知や鑑定を使った戦い方もずいぶん上手になりました。特訓はこれにて終了です。ミーシャさん、大変よく頑張りました!」


「はい、師匠! ありがとうございました!」


 先ほどと立場が逆転しているようだが、これでミーシャも一人前の……どころか超一流の冒険者になったな。


「それじゃあ、のんびり神聖王国クラリリスに向かいましょうか」


 ここデスバレー峡谷は、神聖王国クラリリスの国境付近にあるので、ここからなら歩いて3日くらいで到着するだろう。


 対抗戦の開会式が3日後なので、のんびり行っても終わるまでには着くと思われる。試合はアスカがいなくても大丈夫とソフィアが言ってくれたので、あまり心配はしていないようだ。ミーシャとの、のんびり2人旅を楽しむつもりなのだろう。





地下迷宮ダンジョンを出て街道をしばらく歩いていると――


「あっ、人が襲われてますね」


 二人の探知にかかっていた魔物が街道に近づいて来ていたので、心配して様子を見に行ったら案の定、商人達と思われる一行がB級のバジリスクに襲われていた。


 商人達の護衛の邪魔をしちゃうと悪いので、とりあえず様子を見る。護衛は3人いるようだが、1人が早々に石化してしまい、何とか2人で戦ってはいるが、馬車や石化した仲間を守りながら戦っているので、苦戦しているようだ。

 そうこうしているうちに、もう1人がバジリスクの爪に切られ倒れる。最後に残った1人も健闘むなしく、今まさに噛みつかれようとしていた。




〜side ???〜


 ドシュ!


 鈍い音とともに、1本の矢がバジリスクの頭部を貫いて、はるか先にある木に刺さる。頭をなくしたバジリスクの胴体が、2~3歩歩いて崩れ落ちた。


「た、助かったのか? いったいあの矢はどこから?」


 九死に一生を得た護衛は辺りを見回すが、それらしき人物は見当たらない。唯一見えたのは、遥か後方、デスバレー峡谷に向かう道の先、500mくらいのところに、2人組と思われる人影らしきものだけだ。


「さすがに、あそこからはないよな」


 常識的に考えてもありえないので、その可能性は無視し、とりあえず倒れた仲間の元に駆け寄る。

 石化している方は、衝撃で崩れたりしないように慎重に街まで運ぶ必要がある。バジリスクの爪に切られた方の護衛はというと……


「これはひどい……」


 左肩から胸をバッサリ切られ、ひどく出血している。念のため持参した中回復薬ミドルポーションをかけるが傷口が少し小さくなっただけだった。


 そこに現れたのは――


「大丈夫でしたか?」


 猫耳の大きな弓を担いだ綺麗なお姉さんと、白いローブに身を包んだ可愛い女の子だった。先ほど見えた2人組のようだ。



〜side ショウ〜


「その弓は……もしかして先ほどバジリスクを倒してくれたのはあなたでしたか!?」


「はい! 食べられちゃいそうに見えましたので、とりあえず撃っておきました。余計なお世話でしたらすいません」


 ミーシャが笑顔で答え、頭を下げる。


「いや、すまない。頭を下げるのはこちらの方だ。おかげで助かった。ありがとう」


 そして、アスカが倒れてる護衛と石化している護衛を見つけ――


「こちらの方は、急いで回復しないと危険な状態ですね。治してもいいですか?」


「治せるのか!?」


「はい。完全治癒フルキュア!」


 倒れていた護衛が光に包まれ、胸の傷がみるみる塞がっていく。ついでに若ハゲだった頭にみるみる髪が生えてくる。


「うぉ、うらやましい!」


 怪我をしていない男性のその声は放っておいて、石化している護衛を治していく。


異常回復ピュリファイ!」


 石化していた冒険者が光に包まれ、石化が解けていく。ついでに持病の糖尿病が治っていく。


「何が起こった!?」


 石化から解けた護衛は、何が起きたかわかっていないようだったが、助かった2人の冒険者から事情を聞き、改めて3人でお礼を言ってくれた。

 馬車から、彼らを雇った商人も出てきて感謝の言葉を述べている。どうやら、彼らは神聖王国に行って商売をするつもりらしい。何でも国を挙げての一大イベントがあるから、それに乗じて一儲けしようと考えていたようだ。


「石化の回復魔法は強力なので、他に病気があれば治ってるかもしれません」


 アスカにそう言われた護衛は……


「うぉー! 身体が軽い! これは絶対、糖尿病が治ってるぞ!」


石化から回復した冒険者の言葉に、最後まで頑張っていて1番評価されなければならない護衛は……


「俺もやられればよかった……」


ちょっと可哀想になった。


 商人御一行は、私達に謝礼を払おうとしたけど、私はクロフトさんとの約束を引き合いに出し断った。大したことはしてないしね。


「人助けって気持ちがいいですね!」


 ミーシャは、神聖国に向かう彼らの背中を見ながら、何かをやり遂げたような充実した顔をしていた。


「うんうん。私もそう思う」


 アスカもそれを聞いて笑顔になっている。

 ミーシャは人助けは気持ちがいいと思うと同時に、人助けができるまで自分を強くしてくれたアスカに、心の中で改めて感謝していたようだった。


 2人は足取り軽く、神聖王国クラリリスを目指す旅を再開する。

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