第74話 武術大会④ & ベン、商談に行く
お互いに放ったのはLv4の魔法。クラリスの竜巻とソフィアの渦潮がぶつかり合い、大量の水が巻き上げられる。一瞬にして視界が悪くなった隙をついたのは、ソフィアだった。
「水の刃よ、敵をき………?」
水しぶきに紛れて、水の刃を放とうとするが詠唱中に急に音が消えてしまう。クラリスが魔力操作でソフィアの口元の大気の振動を止めたのだ。
「大気の刃よ、全てを切り……ガァボァ!」
その隙にクラリスが大気の刃で切り裂こうとするが、ソフィアに操られた水しぶきがクラリスの口の中に入る。
「水の檻よ、敵を閉じ込めよ
クラリスが溺れている隙に、距離をとって唱えたソフィアの魔法で、竜巻によって巻き上げられていた水がクラリスに集まっていく。
通常の数倍の大きさがある水の檻に押しつぶされ、クラリスの結界が破壊された。
「勝負あり。勝者、ソフィア!」
ハンクの宣言と同時に魔法を解くソフィア。
「参りました」
クラリスが素直に負けを認めるほど、気合の入った魔法だった。
「いえ、紙一重でした」
ソフィアもクラリスの実力を素直に認めている。仲間とはこういう関係じゃないとね。
「同じ治癒使いとして、優勝してくださいね!」
あの人見知りだったクラリスが、負けたにも関わらず相手を応援する姿に、レベルだけではなく考え方も大きく成長してくれたと、兄のノアが密かに感激していた。
「さて、本日の試合はこの2試合で終了だ。明日は準決勝になる。1回戦目はキリバス対ノア。2回戦目はミスラ対ソフィアだな。明日も楽しませてくれ!」
これで、クラン”ホープ”の上位4人が決定した。残ったのが前衛1人と後衛3人で、意外にも魔法使いが優勢に戦いを進めている。
今日はこの後には試合がないので、お昼ご飯を食べた後にベンとソニアのところに行くことにした。
「あ、黒ローブさんこんにちは!」
『ベン&ソニア マート』に入るとすぐにベンが声をかけてきた。ソニアもすぐに奥から出てきたので、あいさつをする。
「ちょうど、黒ローブさんに相談があったのです」
ベンはそう言って、現状を報告してくれた。どうやら、この2日間で貧民街の病人という病人が訪ねてきて、病人・けが人はあらかた治し尽くしたらしい。そこで、これからは値段をきちんと決めて売りに出したいと考えていたところに、都合良く黒ローブが現れたというわけだ。
「値段は前にもおっしゃっていた通り、相場の100分の1でいいと思うのですが、やはり転売されると困るので、私達の目の前で使用するという条件を付けたいと思っているのですが、いかがでしょう?」
ベンはきちんと先のことも考えていたようだし、なかなかいい案だと思ったので、当面それでやってみることにした。
動けないほどの重病人がいた場合は、ベンが家まで見届けに行くことにするそうだ。それならばと、アスカが従業員を雇ってはどうかと提案する。これからは売り上げも出るだろうし、1~2人くらい雇う余裕がでてくるだろう。ベンやソニアにも仕事に困っている人に心当たりがあるようで、声をかけてみると言っていた。
さらにここの薬の噂を聞きつけた、商人や冒険者などがちらほら現れるようになってきたらしい。さすがに貴族が直接貧民街に来ることはないが、そのうち召使いや雇われた冒険者達が来ることになるだろう。今はまだ大事に至っていないが、商品の価値を考えると、力づくで奪おうとする者も現れるかもしれない。
これは護衛を置くべきか? いや、思い切ってレコビッチさんを頼ってみよう。アスカに行かせるわけにはいかないから、ベンに行ってもらうか。レコビッチさんならお金の匂いを嗅ぎつけて、絶対協力してくれるはず。
その辺りについて、ベンとソニアと打ち合わせをして、ベンをレコビッチ商会に送り込んだ。
~side ベン~
「すいません。レコビッチさんに取り次いでほしいのですが……」
黒ローブさんに言われてレコビッチ商会に来てみたものの、まずは建物の大きさに圧倒されてしまった。しばらく入り口の前で固まってしまっていたのだが、それだとここまで来た意味がなくなってしまう。勇気を振りしぼって、入り口にいる警護らしき人に話しかけた。
「失礼ですが、会長はこの時間に人と会う約束はしていないはずですね。事前に約束していないと会長と会うことはできませんが、一応私が用件をお伺いしましょう」
黒ローブさんに聞いてはいたけど、レコビッチさんに会うのはそう簡単ではないみたいだ。警護の人も、言葉遣いは丁寧だけど警戒している雰囲気が伝わってくる。ちょっと怖い……
「えーと、これを見てほしくて持ってきました。レコビッチ商会で取り扱っていただけないかと思いまして……」
警護の人は、僕が差し出したポーションのビンを危険な物じゃないか一通り確かめた後、レコビッチさんの判断を仰ぐことにしてくれたようで、別の人物を呼び出しポーションを運ばせてくれた。
おかげでしばらくは警護の人と二人っきりだ。
きまずい……
しばらく待つと先ほど呼ばれた人が戻ってきて、何やら警護の人に耳打ちをした。
「会長が会ってくださるそうなのだが、危険な物を持っていないか調べさせてもらうぞ」
どうやら黒ローブさんの言った通り、レコビッチさんがポーションに興味を持ってくれたようだ。まずは第一関門を突破したぞ。しかし、ここからが本番だ。何とかレコビッチ商会に後ろ盾になってもらえるように説得しなくては……
僕は従業員らしき女性に着いていった先で、一際大きな扉の前に立つように指示される。そして、その女性が扉をノックをすると中から低いお腹にズンとくる声が聞こえてきた。
「入りなさい」
女性が扉を開け、中に入るように促してくる。
(えっ、僕ひとりで入るの? 一緒に入ってくれないの?)
僕の心の叫びをよそに、女性は無情にも僕ひとりを部屋に残し扉を閉めてしまった。
(って、中にも警護の人がいるのか)
「君の名前は?」
「べ、ベンと申します」
初めて見るレコビッチ商会の会長は人当たりのよさそうな顔をしているが、その存在感は凄まじく、それほど大きくないはずなのに雰囲気に圧倒されてしまった。
「それでベンとやら、このポーションはどこで手に入れたものだ? 儂のところでもポーションは扱っておるが、こいつはそんじょそこらのポーションとはレベルが違う。ここ王都の錬金術師でもこれを作れる者などいないはずじゃ」
うう、顔は笑っているけど目が据わっている。このおじいさん、もの凄く怖いんですけど……でも、ここで怯んでいては僕にチャンスをくれた黒ローブさんに申し訳がない。覚悟を決めて頑張らねば。
「え、えっと、その、あの、実は、私は最近Sランクに昇格しました冒険者の方と知り合いになりまして、その方が作ってくださった物を貧民街で販売しております。ですが今後のことを考えたときに、レコビッチさんにお願いしたいことがありまして……」
そこから僕は、今まで僕とソニアがやってきたこと、今後の心配事とそのためにレコビッチ商会に後ろ盾になってもらいたいことを話した。もちろん、後ろ盾になってくれるのであれば、ポーションの一部をレコビッチ商会で取り扱ってもらって構わないことも伝えた。
レコビッチさんは、Sランク冒険者の存在を出した辺りから急に態度が変わり、食い入るように僕の話を聞いてくれた。そして、いくつか確認したいことを質問され、その全てに答えることができたとき、レコビッチさんは『ベン&ソニア マート』の名前はそのままに、僕等の店をレコビッチ商会の系列店として扱ってくれることになった。
さらにレコビッチさんのところから人材を派遣してくれて、トラブルにも対応してくれるそうだ。
僕はレコビッチさんとがっちり握手をして、この商談を成功で終えることができた。
(ふう、心臓に悪かったけど何とか上手くいってよかった。早く帰ってソニアに報告しよう!)
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