第69話 ベン&ソニア マート

 この2日間はチックの森で採集した素材で、回復薬ポーションや毒、麻痺、石化などの治療薬を作って過ごした。

 そうしているうちに、ベンとソニアとの約束の日を迎えたので、とりあえず回復薬ポーションを200本、各種治療薬を100本ずつ持っていく。





「おはようございます。黒ローブさん」


 名前を教えてないので仕方がないが、黒ローブさんって変な呼び方だよね。


「おはようございます。ベンさん」


 アスカはそんなことは気にせず、丁寧に挨拶を返す。


 ベンの後ろには、簡単な作りではあるが十分薬品の販売と保管ができそうな建物が建っていた。入り口の上に付いている看板には『黒ローブ薬品販売所』と書かれている。


(後で替えてもらおうか……)


(うん……)


 中に入ると薬品を並べる大きなガラスケースが置いてあり、前の世界でいうケーキ屋さんのような感じになっていた。

 早速そこにアスカが持ってきた薬品を並べていく。展示用に並べたもの以外は、奥にある保管ボックスにしまった。この保管ボックスには、空間拡張と時間停止と盗難防止用に結界を付与しておく。結界は、ベンとソニアとアスカの魔力にだけ反応するようにしておいた。


 ベンはこの4日間、販売所の建築に関わり、建物ができてからは、内装を整備してきた。ソニアは貧民街に住む人達の把握に努めてきたようだ。貧民街以外の者がなりすまして買いに来るのを防ぐためだそうだ。ソニアの情報とベンの鑑定があれば、そうそう騙されたりはしないだろう。


 アスカも初日ということで、店の奥で様子を見ることにしたようだ。黒ローブ姿だから、めっちゃ怪しいけど。


 お店は開店と同時に人がなだれ込み、大混雑となった。それはそうだろう、普通に買おうとすればただの回復薬ポーションでさえ、1万ルークはする。これが中回復薬ミドルポーションになれば50万ルーク、治療薬も石化治療薬アンチペトリなら200万ルークとかなり高額になる。それらが全て、1日の稼ぎの10分の1の値段で買えるのだから、混まないわけがない。


かなり曖昧な値段設定なので、簡単にズルできそうな気もするが、もともと人助けが目的なので気にしないことにした。貧民街のみんなが健康になったら、改めて値段を見直すことにしよう。

 しかし、どのお客さんもズルをしているようには見えず、必死にためたのであろう、ボロボロのお金を握りしめて薬を買いに来ていた。


「ありがとう、本当にありがとう!」


 みんな、涙を流しながらベンとソニアにお礼を言って嬉しそうに帰って行く。


 お昼時になり、ようやく人が減ってきて、一段落いちだんらくした頃、1人の男性がやって来た。その男性はキョロキョロと何かを探しているようだったが、見つからなかったのか、がっかりと肩を落として出て行こうとしていた。


「何かお探しですか?」


 その男性に気がついたソニアが声をかける。


「実は、探してる薬がありまして、もの凄く高い薬なので諦めていたのですが、もしここにあるなら私にも買えるのではないかと思いまして……」


 どうやらその男性が探している薬は呪い治療薬アンチカースのようだった。呪い治療薬アンチカースは1本5000万ルークはする超高級薬品で、貴重なブルック草とA級魔物の血と心臓を材料に、錬金Lv4で作成することができる。その男性も、手には汗と血が混じった、わずかばかりのお金を握っていた。


「在庫を確認してきますので、少々お待ちください」


 そう言って、ソニアが奥にいるアスカの元にやってくる。


「黒ローブさん、呪いを治す薬を買いに来たお客さんがいるのですが、呪い治療薬アンチカースはさすがにお持ちではないですか?」


 ソニアも今日のために薬品について勉強したようで、名前や効果、大体の相場までわかるようになっていた。だからこそ、ダメ元で聞いてみたようだが……


「あ、ごめんなさい。必要になるとは思っていなかったので、作ってこなかっただけです。欲しい方がいるなら、すぐ作りますね」


 そう言って黒ローブのアスカは機材と材料を取り出し、さっさと作り始める。ものの5分で5000万ルークの薬が出来上がるのを見て、ソニアはなんとも言えない不思議な顔をしていた。

 5000万ルークの価値がある品を自分が売る。しかし、その値段はたったの50ルーク。お金の感覚が麻痺して、物の価値がよくわからなくなっているようだ。

 わかっているのは、お客さんが泣くほど喜んでくれていること、自分がその役に少しでも立てていること、そしてそれらの全てを、黒いローブを着た可愛い声の持ち主が与えてくれていること。


「おぉ、おぉぉ!」


 薬を受け取った男性は、家に帰るまでの時間も待ちきれなかったようで、その場で薬を飲み干した。その途端に呪い状態が治療されたようで、明らかに動きに躍動感が現れる。


「これで冒険者に戻れる! ありがとう。この恩は一生忘れない。俺がまた稼げるようになったら、必ずお礼に来るからな!」


 男性はソニアの手を握りしめてお礼を言い、スキップしながらお店を出て行った。


 その後もたくさんのお客さんが来て、薬を買い求めていった。売り上げはたかが知れてるけど、たくさんの感謝をもらって、心は満たされている感じだった。

 ベンとソニアも忙しく働いたおかげで、疲れてはいたが、同じように心が満たされたようで、笑顔で会話も弾んでいる。

 初めて来店するお客さんには、このサービス価格で提供するが、転売されると困るので2回目以降のお客さんは、自分達で使うことが確認できれば、相場の100分の1の値段で売ることにした。

 あとはこのお店の噂を聞きつけた、貧民街以外の住人に利用されないように気をつけてもらう。在庫がなくなったら、ミーシャに注文してもらうようにして、あとは全てベンとソニアに任せることにした。


 いや、1つやることが残っていた。看板を『ベン&ソニア マート』にしてもらわなければ……

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